第百六十二話 行きの馬車の中の光景 女子編
エルマーが男子専用馬車で背中に『ずーん』として空気を背負っていた同時刻、女子専用馬車は異常な盛り上がりを見せていた。
「そ、それで、ユリア様!! え、エルマー様とは……ど、どうなんでしょうか?」
鼻息荒く詰め寄るディアに『まあまあ』と言いながら、それでも頬を赤く染めて、恋する乙女そのものの表情でユリアはにっこりと微笑む。
「……控えめに言って……さいっこーだし!!」
その後、ぐっと親指を立てて見せる。そんな姿に、こちらも鼻息荒くクリスティーナが詰め寄る。
「そ、それはどの様な感じでしょうか!? よ、良ければご教示願えれば……」
「ご教示って程でも……ああ、そういえばお久しぶりだし、殿下。テンアゲ?」
「てん……あげ? 良く意味は分かりませんが、とりあえず私は元気です。ユリア様も御変わりありませんか?」
「お変わりありまくりだし! だって……」
ほうっと、イロっぽいため息を吐いて流し目を、一つ。
「……ようやく、エルマー様に……想いを伝える事が出来たんだもん」
「「――っ!!」」
声に鳴らない黄色い悲鳴がディアとクリスティーナの喉で鳴る。そんな二人に、『てへへ』と照れた様に頭を掻いて、ユリアは言葉を継いだ。
「クリスティーナ殿下の質問に答えると……まあ、順調かな~ってかんじぃー。こないだもエルマー様、ウチの実家に泊まってくれたし? まあ……結婚まで秒読みかな~って」
「け、結婚!!」
「びょ、秒読み!?」
ユリアの言葉にディアとクリスティーナの目が爛々と輝く。と、何かに気付いたかの様にディアが人差し指を顎に当てる。
「ですが……エルマー様、その様に……社交的というか、積極的なお方だったでしょうか? その様なイメージは無いのですが……」
仰る通りである。ディアの中のエルマーは、根暗で陰湿。社交的とは真逆の性格であり、社交界にいるより、一人で設計やら開発やらをしているイメージだ。そんなエルマーが、ユリアの家に泊まりに行くようなアクティブな行動を起こすとはとても思えない。
「クララ! 失礼でしょう!?」
そんなディアの言葉に、慌てた様にクリスティーナから叱責の声が飛ぶ。まあディアの言葉を意訳すると、『お前のカレシ、陰キャでボッチじゃん? んな、泊まりに行くような勇気、あったっけ?』と言外に――まあ、『ヘタレ認定』している様な言葉だからだ。ちなみに、さっきのディアの言葉で此処まで理解が及ぶということは、クリスティーナの認識もディアとそう変わらないということだ。流石、幼馴染。
「し、失礼って!! そ、そうではありません、ユリア様!! 私が言っているのは、エルマー様は冷静で思慮深い方という意味です!! で、ですので、そんなエルマー様が、婚約もなっていない女性の家に泊まるなど……」
ヘタレも言い換えれば『冷静で思慮深い』になる。モノは言いようだ。そんなディアの言葉に、ユリアが苦笑を浮かべて見せる。
「まあ……確かにエルマー様、そんなに積極的な方じゃないしね~。でもね、でもね? エルマー様だって、ちゃんとすれば格好いいんだよ? ねえ、クレアっち?」
ユリアにそう言われて、クレアも首肯する。
「そうですね~。っていうか、エルマー先輩って……なんていうか、ヘタレなんですか? そんな風には見えないって言うか……どっちかっていうとエドワード殿下とかエドガー君なみにガンガン行こうぜ! のタイプかと思いましたけど……あ、勿論お二人よりこう、優しいというか、包容力はある気がしたんですけど……」
ディアの言葉に首を捻るクレアだが、残念、クレアが見たのは確変状態のエルマーなのである。平常時のエルマーは、紛う事なきヘタレでド陰キャなのだ。
「まあ、クレアっちは知らないだろうけど……エルマー様、やっぱり設計とか開発とか好きな人だからさ? 人付き合いは得意とかじゃないんだ。だから、去年も林間学校欠席したし。『別に友人なんかいらない』って。私がどんなに誘っても行ってくれなかったら……私もエルマー様がいないと寂しいから欠席したんだ、去年」
そう言って少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべる。が、それも一瞬、ユリアの顔に花の咲いた様な笑顔が浮かぶ。
「で、も!! そのお陰で今年、一緒に行くことが出来たし!! いや~、去年の私、ファインプレイっしょ!! エルマー様と行くために欠席しといて良かった~」
心の底から『嬉しい』を体現するユリアに、ディアとクリスティーナの顔にも笑顔が浮かぶ。人の幸せは――自分たちも幸せ状態な今では、喜べるものだ。
「それは……良かったですね、ユリア様」
「ええ、本当に。それにしても……エルマー様も、存外ユリア様に心酔しているのですか? 去年不参加だった行事に、わざわざユリア様と参加するとは……」
「ふふふ! だって、愛しているからね!!」
「あらあら。ご馳走様です」
ユリアのブイサインに苦笑を浮かべるディアとクリスティーナだが……彼女たちは真実を知らない。エルマーはクスリ盛られて、拉致されての強制参加であることを。そして、ユリアの言い方もズルい。『愛しているから』とは言っているが、主語は言っていないのだから。まあ、アレだ。ユリアからの愛情は溢れて溢れて困っちゃうくらいだから、嘘では無いのが救いと言えば救いか。
「それではユリア様も今日は楽しみだったのではないですか?」
「うん! 今日は本当に楽しみにしてたし!!」
クリスティーナの言葉にイイ笑顔を浮かべて見せるユリア。そんなユリアに、ディアもクリスティーナも笑顔を浮かべて。
「――ようやく、エルマー様も私の気持ちに気付いてくれたし。今日と明日は、エルマー様も一人部屋で、邪魔するものは誰も居ないし。なら……攻めるしかないし? クリスティーナ様、クラウディア様? 私が来年、ママになっていたら一緒に祝福してくれるし?」
「「――その話、詳しく! 具体的にどういう作戦なので? 成功率は如何ほどでしょうか!?」」
ユリアは、押し倒されるのも良いが押し倒すのもまた、良し派なのである。取り合えずエルマーとルディは全力で逃げて!!




