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平凡王子は今日も密かに悪役令嬢の『ざまぁ』を志す……けど、愛がヘビー級の悪役令嬢に溺愛されている平凡王子はもう、まな板の上の鯉状態ですが、なにか?  作者: 綜奈 勝馬


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第百六十一話 行きの馬車の中の光景 男子編


「……」


「……」


「……ねえ、二人とも? 仲良くしようよ? 喧嘩なんかせずにさ?」


 林間学校に向かう馬車の中で、睨みあう二人――エディとエドガーに、ため息交じりでそう言って見せるルディ。そんなルディの言葉に、二人して睨み合いを解いてルディに視線を向ける。


「でも、ルディ!」


「だって、兄上!!」


「っ!!」


「っ!!」


「……いや、終わんないから。ねえ、本当に勘弁してくれない? 楽しい林間学校にしようよ?」


 八人乗りの大型の馬車の中。林間学校の会場たる『王家の森』まで約三時間の旅程だ。流石にこんな雰囲気で三時間は勘弁願いたい。そう思い、視線をアインツに向けるルディ。


「……ねえ? アインツからもなんとか言ってくれない? 流石にイヤでしょ、アインツも。こんなに拗れに拗れ切った中で林間学校に行くの」


 ルディの声に、落としていた本から視線をあげてエディとエドガーの二人に向ける。それも数瞬、諦めた様に首を左右に振って見せる。


「無理。諦めろ」


「いや、判断が早い」


「エディとエドガーの間で何があったかは知らん。知らんが……まあ、痴情の縺れだろう? エディは入学式のアレだろうし、エドガーは……まあ、教室でのクレアへの執着をみればわかる。そんなものに首を突っ込んでも良い事にならん」


「いや、そりゃ馬に蹴られる類の話かも知れないけど……」


「私は馬になど蹴られたくない。エディとエドガーが仲良くなれれば、それに越したことは無かろうが……知っているか、ルディ?」


「なにを?」


「この国でもスモロアでも、男性の権利なんてあってないようなものだ。男性のシェアは認められているが、女性のシェアは認められていない。一人の女性を取り合うなんて、そうなればもう、どっちが勝つかの戦争にしかならんさ。仲良くクレアをシェア出来ないのだからな」


「……そりゃ……まあ」


「俺は男女同権大賛成だな。もう少し、男性の権利を上げてくれても罰は当たるまい」


「なにその暴論」


 アインツの言葉に、ルディが絶望した様な顔を浮かべて見せる。そんなルディに、少しだけ呆れた様にアインツは視線をクラウスに飛ばして。



「そもそもだな? あの二人の痴情の縺れなんてどうでも良い話だ。見ろ、あの絶望した表情を浮かべるエルマー殿を。むしろあっちをどうにかしてくれ、ルディ。空気の悪さの八割くらいはあっちのせいだぞ?」



 否、クラウスの隣で、頭を抱えて俯いているエルマーに視線を送る。そんなエルマーの姿に、ルディが盛大にため息を一つ。


「……エルマー先輩?」


 エルマーの隣まで席を移し、ルディは声を掛ける。そんなルディの声に、エルマーが緩慢な動作で顔を上げて見せる。その顔には絶望の色しか浮かんでいない。


「……ええっと……」


 言いたいことは色々ある。色々あるが。




「…………なんでいるの、エルマー先輩?」




 これだ。本来、この林間学校は新入生限定のオリエンテーション、学年が一つ上のエルマーの参加資格は無い筈である。にもかかわらず、当たり前の様に馬車に乗り込み、そのまま頭を抱えるエルマーに振れちゃダメな感じがバリバリして、ルディもちょっと現実から視線を逸らしていたのだが。


「……なんで、だろうな?」


「……」


「……昨日は、実家に帰っていたんだ。自分の部屋のベッドで、しっかり寝ていた筈なんだ。今日も朝から部室で製図に勤しむ、その予定だったんだ。その予定の筈、だったんだが……」


 一息。




「目を覚ましたら眼前に、『おはよ、エルマー様!! 今日から林間学校だね!!』と、イイ笑顔のユリア嬢の笑顔があってな? バーデン家の馬車で学校に連れて行かれ、『エルマー様はあっちの男子用の馬車ね? 離れ離れは寂しいけど……林間学校ではずっと一緒に居られるね!!』と……」




「…………拉致じゃん。っていうか、エルマー先輩、流石にそれ、途中で起きない? どんだけぐっすり――」


「……昨日の夕食を食べたあたりから、少し意識が朦朧としているんだ。そういえば、昨日の夕食はバーデン家から頂いた鴨をローストした料理が出たが……」


「……盛られてんじゃん、クスリ」


「……やはり、そう思うか?」


 絶望に染まったエルマーが、諦観の籠った眼差しをルディに向ける。


「……まあ、俺は去年、この行事に参加していない。二年生でも一年時に参加していない人間は、希望すれば参加が出来ない訳ではないんだ。なので、俺が此処にいる事自体はまあ、おかしくないと言えばおかしくない」


「え? そうなんですか?」


「……まあ、普通は参加しないがな。誰が楽しくて、後輩の行事に参加などするか。肩身が狭すぎるだろう」


「……まあ」


 完全に無い訳では無いが、普通は前年に欠席したからと言って翌年に参加をすることはない。言ってみれば、自分の代の修学旅行に参加できなかったから次の代の修学旅行に参加するみたいなもんだ。気まずさマックスだろう。


「……ちなみになんですけど、エルマー先輩? 学園まで来てこっそり帰ろうとかは思って無かったんですか? 幾らユリア先輩とはいえ、流石にエルマー先輩の足取りすべてを終えるとは思えないんですけど」


 そんなルディの言葉に、エルマーは頷く。


「まあな。正直、バレずに帰る事も出来たと思うが……でもな? ユリア嬢、物凄く良い笑顔だったんだぞ? 本当に、心の底から楽しそうな笑顔だったんだ」


 エルマーの少しばかり照れくさそうな笑みに、ルディも『あれ?』と思う。と、同時に頬がニヤニヤとしてくるのを止める術が無かった。


「……あれ? あれあれ~? エルマー先輩、なんだかんだ言いながら、もしかして、ユリア先輩が悲しむから参加しちゃったクチですか~? なーんだ、心配して損しましたよ~。もう、エルマー先輩? 恥ずかしくても、男のツンデレは需要が――」





「――そんなに楽しそうにしていたんだぞ? それをもし、俺が『不参加』なんかしてみろ? どうなるか……分からないか、ルディ?」





「――マジですみませんでした」



 絶望した瞳のまま、顔だけ笑顔を浮かべるという器用な事をするエルマーに、ルディは心の底から頭を下げた。




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