第百五十九話 いくぞ! 林間学校!!(王道イベント
『わく王』というゲームは、物すごーく頑張って見ると、一応『学園乙女ゲーム』である。なもんで、様々なイベントがある。
「……忘れ物は無いですか、ルディ様?」
リュックサックの中身を確認していたルディの背中に、メアリが声を掛ける。そんなメアリにイイ笑顔を浮かべ、ルディは親指を『ぐっ!』と立てて見せる。
「勿論! ちゃんと準備も終わったよ」
そう言ってリュックサックを――これから二泊三日で行う新入生林間学校の準備物が入ったリュックサックをポンっと叩く。このイベントは、学園に入ったばかりの新入生同士の親睦を深めて、三年間の学園生活を過ごす上での良き友人を作りながら、貴族という地位に甘えるのではなく、自立した生活を送る為……という名目だが、まあ乙女ゲームのイベントだ。そら、男女の仲を深めるのが主目的であることは言うまでもない。言うまでもないのだが、残念ながらこのゲームは『わく王』なのである。最初っからヒロインの好感度がカンストしているクソゲー、クレアが立つだけで、クレアが歩くだけ、クレアが喋るだけで、でんでん太鼓なみに軽い太鼓持ちの攻略対象たちが、クレアをヨイショし続けるという簡単なお仕事が完成するクソイベントだったりする。まさにクレア無双である。
「……残念です。私も付いて行きたかったのですが……」
「ダメだよ。この林間学校は、侍女や執事の同行は禁止なんだからさ? メアリはお留守番ね」
心持しょんぼりとした顔を見せるメアリに、ルディは苦笑をして見せる。『自立した生活を送る』というお題目が掲げられている以上、当然一人旅になるのである。
「ですが……あの林間学校で自立なんて出来ますか?」
「あの林間学校って……」
「そうではありませんか。宿舎は殆どホテル並みの待遇ですし、ランチもディナーも出ます。個室ですし、必要ならコンシェルジュのサービスを受ける事も出来るのですよ? 正直、私の実家よりも待遇が良かったのですが。しかも今年はルディ様にエディ様、それにクリスティーナ様やエドガー様と王族の方が四人と、最大貴族のクラウディア様もおられますし……過去最高のサービスでは無いでしょうか?」
「……まあ、うん。その辺は僕もちょっと思うところが無いとは言わないけど……」
自立を促す、とは言った所で貴族令息、令嬢の集まりな学園なのだ。平民もいるにはいるが、それでも平民でも上級国民といえる大店の商会の息子や娘ばっかりなのだ。本当の意味で『自立』なんて、二泊三日の合宿じゃ絶対無理だし、下手に怪我なんかされたら溜まったもんじゃない。必然的に、メアリの言った通りに『最高級ホテル並み』の待遇を受ける事になるのである。精々、朝の目覚めと身だしなみ、それに風呂に入るくらいの最低限の身の回りの仕事をすることで『自立』とするしか無いのである。
「……私も行きましたが、流石に『アレ』では自立も何もありませんし」
「まあ、卒業生のメアリが言うならそうかも知れないけど……まあ、僕的にはちょっと楽しみでもあるからさ? そんなに言わないでよ?」
『ね?』と笑みを浮かべて見せるルディに、メアリは少しだけ不満そうに、そしていっぱいの『寂しい』の感情を浮かべてルディの服の端をちょんと摘まんで見せる。
「でも……メアリは寂しいです、ルディ様」
「……メアリ」
「私が、皆様と同い年なら一緒に行けるのにと、ここ数日なんど悩んだか分かりませんし……皆さん、お綺麗な方ばかりです。もし、ルディ様がどこかのご令嬢に懸想されたらと思うと」
メアリは、不安でなりません、と。
「……」
「……あ! も、申し訳ありません!! 侍女の身でこの様な身勝手な……ひ、平にご容赦を!!」
摘まんでいた袖を離し、慌てた様に距離を取るメアリ。そんなメアリに、ルディは苦笑を浮かべて見せる。
「……そんなに不安かな?」
「そ、その様な事は……で、ですが……」
あの『告白』以来、ルディに対するメアリの態度は一変した。否、一変は言い過ぎだが……こう、さっきの袖をちょんと摘まむとか、急に背中にぴとっと引っ付くとか、今見たいに『寂しい』とか……まあ、ちょこちょこルディに『甘える』様になったのである。メアリ、攻め攻めモードといった所か。
「……そんなに心配しなくても大丈夫だよ? 僕はほら、『平凡王子』だからね? そんなに皆に好かれる様な事は無いって」
「……そんな事は御座いません、と言いたい所ですが……」
「そんな事あるでしょう?」
ルディの言葉に、メアリは曖昧に頷いて見せる。
「本来ならば『貴方といえども、貴方自身を卑下するのは……私の愛した人を馬鹿にするのは許しません』と言いたい所ですが、今回ばかりはそのルディ様の悪癖を利用させて頂きましょう。ええ、そうです。ルディ様がそんなにモテる訳がありません。ですからルディ様? ルディ様に話しかけたり、気をひこうとする泥棒猫に勘違いをしてはいけませんよ? その女狐どもは、ルディ様の肩書しか見ていません。ルディ様が廃嫡され、仮に平民に身を窶そうとも付いて行く様な女は」
このメアリしかいませんので、と。
「……ありがと、って言っておく」
華の様な笑顔を浮かべるメアリに、ルディも笑顔を返す。どんな立場になっても側を離れないというメアリの言葉は、それだけでルディには嬉しいのだ。
「お礼を言われる様な事では御座いません。私は今、ルディ様を小馬鹿にした様なものに御座います」
そう言ってクスクスと笑った後、メアリは頬を軽く染めてルディに上目遣いを送る。
「で、ですが……お礼を言って頂けるのであれば、それは行動で示して下さいませ。具体的にはほら、三日も逢えなくて寂しい思いをする哀れなメイドを、こう、きつくハグ! とか!!」
熱にうなされた様な表情でそんな事を言うメアリの言葉に、ルディは笑顔をひっこめて。
「えー……ヤだよ。メアリ、僕にくっつくと直ぐに涎と鼻血出すじゃん。僕の背中、最近真っ赤に染まる回数多いんだよ? こないだなんか王城付きの侍女さん、悲鳴上げてたんだからね?」
どこまでいってもメアリはメアリなのである。




