第百五十八話 良いも悪いもリモーーじゃなかった、運用次第
クラウスの言葉に、エルマーはしばし黙る。急なクラウスの兵器開発の話に驚いたから。
「……ふむ。良いのか? クラウス、近衛はお前のアイデンティティーではないのか? 失職したいのか?」
驚いたから、ではない。まあ、驚いたのは驚いたのだが、そっちではないのだ。そんなエルマーに、クラウスは苦笑を浮かべて見せる。
「前に言わなかったか? 別に俺は近衛に居たいわけじゃねー。誰かを――大事な人を守れればそれで良いって?」
「……ああ。言ってたな、確かに」
「『戦って勝つ』ってのも一つの『守る』方法なんだろうけどよ? そもそも『戦わない』、『歯向かってこさせない』ってのも一つの守る方法だと思うんだよな、俺」
「……」
クラウスの言葉にエルマーはしばし瞑目。
「一理あるな」
「だろ?」
目を開けて頷いたエルマーに、クラウスは嬉しそうに笑う。
「クラウスの言う通り、抑止力としての軍事力は確かに必要だろう。相手が歯向かって来ないというのは防衛としては最強に近いのかも知れんな。俺は軍事の専門家では無いし、詳しい事は分からんが……」
エルマーの言葉に首肯を一つ。
「軍事力ってのは何も相手を攻め込むだけじゃねー。相手に攻め込ませない為にも、一定の力はどうしたっているからな。『皆仲良く』が理想だろうけど、んなもん夢物語だしな。だからまあ……なんだ? 『攻められない』為にも力は必要だ」
いじめっ子がなぜ、いじめられっ子にならないのかは、単純にいじめっ子が『強い』からだ。純粋なフィジカルだけではなく、権力や立ち回り、大人受けなど、ともかくどこかの部分で『強い』から、いじめられる事は無いのである。この力が無くなれば、いじめっ子がいじめられっ子に回る事なんて枚挙に暇がない。ある程度、『力』というものは必要なのである。良いか悪いかは別にして。
「……ふむ。なるほど、少し考えてみても良いかも知れんな」
「俺が言っといてなんだけど……良いのか?」
顎を手で触りながらそういうエルマーに、少しばかり驚いた様にクラウスが声を出す。そんなクラウスに、エルマーはジト目を向けた。
「なんだ? お前が言い出した事だろう? 冗談だったのか?」
「いや、そうじゃねーけど……なんだ? そういう兵器開発とか、お前あんまり好きじゃないかと思ってたから。技術者って嫌うんじゃないのか? そういう……『人殺し』の兵器を作るの」
クラウスの言葉に、エルマーは苦笑を浮かべて見せる。
「まあ、あまり好ましくないと思う人間は多いかも知れんな。だが、技術は使い方の話だ。極端な話、包丁だって――」
「違うって」
エルマーの言葉を、クラウスは遮って。
「包丁だって人を殺す道具にはなるけど、包丁職人に罪は無いって話だろ? でも、今回の俺の『アイデア』は、どう言い繕っても『人殺し』の道具の提案だぞ?」
クラウスの言葉に、エルマーはため息を持って応える。
「個人的には俺の発明がどう使われようと知った事ではない。さっきの話では無いが、包丁職人ではなく刀剣職人だってそうだろう? 人を傷つける道具を作る人間すべてが、人を傷つける事と同義か?」
「そりゃ……違うけど」
「そういう事だ。そして、武器とは人を傷つけるだけのものではなく、人を『守る』ものでもあるはずだ。いみじくもお前が言ったんだぞ、クラウス?」
「……」
「それに……私は現実主義者だからな。私の発明がいつか兵器転用されるであろうことも……まあ、好む好まざるに関わらず、あるとは思っていたからな。自分でやるか、人様がやるかの違いにすぎん」
「……そういうもんか?」
「正直、理解は遠いがな。それでも……まあ、ある程度は納得は出来る。それに、アレだ。下手に兵器転用されるよりも、こちらである程度グリップを握っていた方が良いとの考えもあるんだ」
そう言ってエルマーは書いていた図面をポンポンと叩く。
「……ルディの『発想』は殆ど常軌を逸していると言っても過言ではない。兵器転用をし出したら、それこそ何処までも行くぞ?」
「……そうなの?」
「お前もイヤだろう? 掌サイズ……とは言わんが、人間一人分の大きさで王都を丸々吹っ飛ばすような新兵器なんて」
「……」
「……人間は欲深いからな。新兵器の開発が出来れば、次、次とどんどん技術戦争に突入するだろう。ならば、発案者……は、ルディか。発明者の一人として、発明品に鈴をつけるのも」
まあ、俺の仕事だろう、と。
「それに、クラウスのアイデア自体は良いしな。敵陣を吹っ飛ばすほどの威力までもっていけるのであれば、土木工事などにも転用できるだろう。工事技術は格段に進歩する。まあ、ようは」
運用次第だ、と。
「お前の言った案に関しては取り込んで行こうと思う。まあ……流石に優先順位は低くなるがな。それでも我慢しろ、美味い飯の為に」
そう言ってエルマーは薄く笑って見せた。




