第百五十七話 その手の中にある、『兵器』
エルマーの煤けた背中にポンっと手を置いて首を左右に振った後、クラウスは視線をエルマーの手元のコンロに目を向ける。
「……にしても、勿体ないよな?」
「ん? 何がだ?」
「いや、この……可燃性のガス? なんかもうちょっと利用価値がありそうだけどな? だってこれ、今の所お前とルディに温かい飲み物を提供することにしか使われてないんだろ?」
「まあ、それだけが主用途では無いが……確かに現状、利用頻度が高いのはその二つになるな」
残念な事だが、と肩を落としながら、コーヒーのカップを受け取りクラウスはそれを一口。
「この……可燃性のガスを入れる……器? 容器?」
「『ボンベ』の事か?」
「ボンベって言うのか? ともかくそのボンベをもうちょっと改良すれば良いんじゃねーかと思うんだよな? そういうの、出来ねーの?」
「密閉性が難しいのと、気温の問題だな。涼しい部屋で安置されていれば問題は無いが……特に密閉性が、な? 輸送は基本、馬車になるだろう?」
「まあな」
「王都程、整備された道であれば問題が無いだろうが、基本は馬車が通れる程度の整備だ。当然揺れるし、このボンベの中のガスを漏らさない程の密閉性の容器となると……」
「……難しい、か」
クラウスの言葉にこくりと頷くエルマー。そんなエルマーに、クラウスは笑顔を浮かべて見せる。
「んじゃよ? 逆に『ボカン』とすることは簡単なのか?」
「……ボカンとすること?」
「ああ。例えばこのボンベに……こう、小さな着火装置を付けて」
そう言ってボンベに手を伸ばすクラウスに、エルマーが大声で怒鳴る。
「触るな!! 下手な取り扱いをしたら爆発すると言っているだろう!! この研究室が吹っ飛ぶぞ!! 良いか? 此処には設計図も成果物もあるんだ!! これが吹き飛んだら国家の損失だぞ!?」
何時にない大声のエルマーに、びくっと体を震わせるクラウス。その後、気まずそうに苦笑を浮かべて見せた。
「わ、わりぃ……」
「全く……先ほども言ったが、取り扱いが難しいんだ。それこそ、今の様に火を使っている時にガスに引火してみろ。本当に研究室が吹っ飛ぶぞ?」
「……肝に命じます」
しゅんとするクラウス。が、それも一瞬、エルマーに笑顔を向ける。
「じゃ、じゃあさ!! 俺にも取り扱い、教えてくれよ!!」
「クラウスにか?」
その言葉に力強く頷くクラウス。そんなクラウスを奇異な物を見る目で見ながら、エルマーが口を開いた。
「……なんだ? そんなにこの発明に惹かれるものがあるのか? まあ、確かに便利なものではあるだろうし、野営の際にあれば便利な類のものではあるが……取り扱いを覚えたいと思う程に、お前にとっては魅力的なものか? このコンロが」
確かに便利なものではある。あるがしかし、取り扱いの難しいものでもあるのだ。当然、生半可な気持ちで扱って良いものではないし、使う以上は『安全講習』を手抜きするつもりはエルマーにはない。エルマーだって幼馴染がガス爆発で天に召されて……なんて嫌なのだ。そんなエルマーに、クラウスは苦笑を浮かべて右手を左右に振って見せる。
「わりぃが、別にコンロには然程興味はねーよ。ああ、それは嘘か。コンロにも興味はあるかな? なんせ、野営で温かい飯が食えるなんて最高だからな」
「そんなに冷たいのか? 戦場の飯とは」
「あー……まあ、そうは言っても俺なんかはさ? まだまだ見習いだから戦場には出た事もねーけど……先輩方の話だと、『心が冷える』らしい」
「『心が冷える』?」
はて? と首を傾げるエルマーに、クラウスは苦笑を浮かべて見せる。
「これも受け売りだけどよ? 『いつ、接敵するかもわからない緊張感の中で、温かみのない、冷えた堅い飯を食うのは本当にキツイ。体だけじゃなくて心も冷える』ってさ」
「……ああ」
「まあ、戦場特有の空気ってやつじゃね? 俺にはまだまだ分かんねーけど……でもまあ、なんとなくは分かるかな? ただの野営でも外には獣の類は居るし、やっぱり緊張はするからな。だからまあ、飯ぐらいは温かくて美味い飯を食いたいってもんよ」
「その気持ちは分からんではないな。医は食からとも言うし、心の健康は体の健康にもつながるか」
「ま、そういう事。だからコンロにも興味はある。あるけど……」
そう言ってクラウスはエルマーの手元のボンベを指差して。
「――そのボンベ、取り扱いが難しくて『ボカン』となるんだろう? だったら」
それ、敵の陣地に投げ込んで爆発させたら――強くね? と。
「『心が冷える』のが戦場なら、そんな戦場を無くす兵器を――亡くす兵器を作れるんじゃね? 戦場だけじゃね。その大本になる『戦争』を……それを行う、『軍隊』を」
『亡くす』兵器が、と。
薄っすらと微笑みすら浮かべて、クラウスはそう小さく呟いた。




