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平凡王子は今日も密かに悪役令嬢の『ざまぁ』を志す……けど、愛がヘビー級の悪役令嬢に溺愛されている平凡王子はもう、まな板の上の鯉状態ですが、なにか?  作者: 綜奈 勝馬


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第百五十六話 危険物取扱主任者(物理


「……なあ」


「なんだ?」


「……すげー……地味じゃね?」


 技術開発部、部室。本来は一人――まあ、最近二名新人部員が増えたのであるが、デフォルトは一人で作業することの多いエルマーの城に来客が独り。クラウスだ。


「……お前は技術開発部にどんなイメージを持っていたんだ」


 およそ二時間、図面に向かって考え込みながら線を引いては消してを繰り返していたエルマーが少しだけ呆れた様に顔を上にあげる。その視線の先には、エルマー同様呆れた表情を浮かべているクラウスの顔があった。


「……なんだ、その顔は?」


「いや……やっぱお前、すげーなって。だって俺が此処に来て二時間、二時間だぞ? 二時間お前、図面ににらめっこって……すげー集中力だな?」


「……二時間も経っていたか。申し訳ないな、それは」


 丁寧に頭を下げて――そして、少しだけ驚いた様に表情を驚愕のそれに変える。そんな表情の変化に敏感に気付いたクラウスが眉をピクリと跳ね上げさせる。


「……なんだよ、その顔」


「いや……」


 一息。



「――お前、二時間黙って座っている事が出来るんだな?」



「……どんな印象だよ、お前の中の俺って!」


 今度こそ完全に呆れた顔でため息を吐くクラウスだが、これはエルマーが正しい。エルマーの姿をみる度に『おっす、エルマー。相変わらず青っ白い顔してんな!! うし、走りに行くか!!』なんて、幼子の方がもうちょっと落ち着きがある態度を取るクラウスだ。似ているモノを上げるとするのであれば。


「……マグロの様な男、か?」


 動いてないと死んじゃうイメージだ。そんなエルマーの言葉に、クラウスは大きくため息を吐いた。


「あのな? 俺だって一応、伯爵家の次男坊なの。TPOを弁えるくらいは普通に出来るわ!」


「なら、俺の前でもそうしろ。何時だってお前はトレーニング、トレーニングと体を動かす事に余念がないでは無いか」


「ま、体動かしている方が好きだしな」


「やっぱりマグロじゃないか」


 軽く苦笑を浮かべてエルマーは椅子から立ち上がると、体をうん、と一つ伸ばす。ボキボキという音がエルマーの背中から聞こえて、クラウスが眉を顰める。


「……すげー音」


「設計の作業段階ではどうしてもな。猫背にもなるし、見栄えも悪いし、目にもあまり良くはないが……まあ、必要経費みたいなものだ。コーヒーでも飲むか?」


「あんの?」


「殆ど此処で生活している様なものだしな。コーヒーくらいは常備してある」


 歩いて食器棚まで行くと、エルマーは小さなコンロ――エルマーの発明品であるそれで湯を沸かす。そんな姿に、興味深げに視線をエルマーの手元のコンロに移すクラウス。


「……すげーよな、それ。ルディの部屋でも見た事あるけど……一瞬で火が付くんだもんな?」


「これもルディのアイデアだ。可燃性のガスを詰めたボンベと、火種を用意して火をつける事が出来る。便利だぞ?」


「だよな~。訓練で野営とかもするけどよ? やっぱ温かい飯をくいてーなって思うもん」


「火を起こせば良いのではないか?」


「野営だぞ? 焚火みたいな目立つことしてたら、直ぐに敵に見つかるじゃねーか」


 クラウスの言葉になるほどとばかりにエルマーは頷く。言われてみれば当たり前だが、そんな事すらエルマーは『知らない』。感心し、関心を持ったエルマーの表情の変化に気付かず、クラウスは言葉を続ける。


「これってさ? 軍に配備できねーかな? 近衛だけじゃなく、ラージナルの全軍にって意味だけど……」


「ふむ」


「戦場で食事ってのは士気の高揚に一役買うからな。腹が減っては戦はできねーって言うだろう?」


「一理あるな。だがお前は実戦経験が無いんじゃなかったか?」


「実戦経験はないけど、心構えの話は良く聞くからな。それにまあ……俺だって暖かい飯、食いてーし」


 カラカラと笑いながら――それでも期待の籠った目をするクラウス。そんなクラウスに、エルマーは笑って首を振った。



「無理だな」



 横に。そんなエルマーに、クラウスが食ってかかる。


「なんでだよ!」


「可燃性のガスの取り扱いが難しい。戦場になんて持ってて見ろ? 下手すると『ボカン』だぞ?」


「……」


「……なんだ?」


「いや……そんな危険物、よく王子であるルディの部屋に置いてるな?」


 下手すりゃボカンの可燃性のガスがある自室なんてイヤすぎる。そんなクラウスの感想に、エルマーは黙って首を左右に振った。




「――メアリ嬢だぞ?」




「……ああ」


「そもそも、発想が逆なんだ。よく考えて見ろ? ルディの侍女、メアリ嬢だぞ? ルディの為ならなんでもすると言っても過言ではない、メアリ嬢だぞ? 『ルディ様にいつでも温かい紅茶を飲んで貰いたいので、取り扱いを教えて下さい』といってきてな?」


「……」


「……一回教えただけで、取り扱いを完璧に覚えた。むしろ、今では誰よりも取り扱いに詳しいかも知れない。だからまあ……」


 ちょっとだけ、顔を絶望に染めて。



「――此処とルディの部屋が、一番安全なんだ……」



 殆どこの国で最上位のポジションにいるルディの自室が、危険物保管庫になっている事実に驚いて良いのか納得していいのかクラウスは悩んだ後、『やっぱりメアリさん、やべー』という感想に落ち着いた。



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