第百五十五話 それは、国内の問題
「……そろそろなんとかしろ、アベル」
執務室で仕事をしているラージナル王国国王であるアベルにそう声を掛けるのは、こちらもラージナル王国宰相であるブルーノ・ハインヒマンだ。そんなブルーノの声掛けに、アベルは疲れた様に目を揉んでため息を吐く。
「……分かっている。なんとか良い解決策を見つけたい所なんだが……」
落としどころが中々難しい。そんなアベルの返答を予想していたのか、ブルーノもそっと息を吐く。
「難しいのは分かるが、早急に解決策を見つける必要がある」
「だから、分かっているって。アルベルト、めっちゃ怒っているし、これ以上ヘソを曲げられても――」
「ああ、そうじゃない」
「――こま……え? そうじゃない?」
何言ってんだコイツ、という表情を向けるアベル。そんなアベルにブルーノは肩を竦めて口を開いた。
「まあ、何時までもアルベルトにヘソを曲げられたら敵わんのは敵わんがな。だが、それは所詮……まあ、『所詮』だ。アルベルトがクラウディア嬢を溺愛しているからにすぎん。要は親子の感情の問題で、王国としての勘定の問題ではない」
否。
「無かった、が正確だな」
「無かった?」
首を捻るアベルに、ブルーノは黙って一枚の書類を差し出す。黙ってその書類を受け取ると、アベルはもう一度首を捻る。
「……なにこれ?」
「相場表だ。七日前と今日の相場、比べて見ろ」
言われるがまま、アベルはその書類に視線を落とす。小麦、卵、木材……多種多様な品目があり、その品目すべての数字が。
「……上がっている?」
その相場の全ての数字が、七日前に比べて一割程度値上がりしているのである。慌てた様に視線をブルーノに向けると、ブルーノも疲れた様にため息を一つ吐いて見せる。
「……王家とメルウェーズ家の『盟約』違反だ。しかも、王家側から、一方的に。諸侯貴族の動揺は著しい。国を二分する戦いになるかも知れないと思っている」
「……」
「……まあ、諸侯貴族だってそこまで馬鹿じゃない。勿論、直ぐにドンパチするとは思ってないだろう。だが、備えあれば憂いなし、というだろう?」
「……買占めか?」
「正確には備蓄だがな。小麦にしても大麦にしても今年は豊作だった。にも拘わらず、一割の値上がりだぞ? 殆ど異常事態だ」
「……やばいじゃないか。手は――」
「勿論、打っている。備蓄していた小麦と大麦を市場へ放出して、価格の値上がりを抑える様にしている」
「……早いな。一週間だろう、値上がりしてから」
「こういうのは初動が大事だ。充分な量の商品が市場に流通していると云うのが分かれば人心は安定する。民衆が気付くよりも早く――『あれ? なんか一瞬高かったけど、もう戻ったのか』と思わせなければ、今度は民衆による買い占めが起こるぞ? そうなれば市場は大混乱だ。王都だって無事じゃない」
「……それ、本当にヤバいやつじゃないか」
「……本当に、やばいんだよ。アルベルトが言っていただろう? 『俺が阿呆のフリをしているうちになんとかしろ』と。アルベルトの阿呆のフリも、長くは持たんかも知れんな」
大きく息を吐きブルーノもアベル同様に目を揉む。今はまだ多少の物価の値上がりで済んでいるが、この問題が解決しない限りは値段はどんどんと吊り上がっていく……という事はまあ無いだろうが、少なくとも国内の不和は解消はしない。
「……元々、諸侯貴族の寄せ集めみたいな国だ。中央集権だって進んじゃない。地方領主の不満は、そのまま国内の内乱のタネになる。だからこそ、クラウディア嬢がカギだったのに……エドワード殿下は!!」
知らず知らず、自身の声が大きくなっていった所でブルーノは『はっ』と気づいた様に慌ててアベルに頭を下げる。
「……すまん。失言だった」
「……いいさ。お前、ここ数日でめっきり老けた気がするしな」
諸侯貴族との折衝に、メルウェーズ家……というよりアルベルトのご機嫌伺い、加えて通常の内政に、物価高に対する対応である。ここ数日、ブルーノはお家に帰っていないのだ。そら、老けもする。
「……まあ、そういう訳で正直今、この国はちょっと難しい局面に来ている。さっさとアベル、お前が決断をしないと国全体が二つに割れる。いや……むしろ綺麗に二つに割れた方が幸せかもしれん。このまま、この状態が維持されるとするならば」
国自体が、吹っ飛ぶぞ? と。
ブルーノの言葉に大きなため息を吐きながら、アベルは疲れた様に一つ、頷いて見せた。




