第百五十四話 ブレない女、メアリ
鏡から視線を外し、にっこりと笑うルディを呆けた顔で見つめるメアリ。やがてその視線をゆっくりと鏡に戻し、その頭の見慣れない髪飾りにそっと右手を当てて。
「っ!? い、いけません、ルディ様!? こ、この様な過分な物を頂戴する訳には!!」
慌てて自身の髪飾りを取ろうと――それでも無理に引っ張って壊す訳にも行かず、震える手でアンネは自身の髪飾りを外そうとする。そんなメアリの手を、ルディが優しく包み込む。
「はい、だめー。そもそもメアリ? 一度メアリの髪に付けたもの、誰かに上げられると思う? 悪いけどそれはもう、メアリ以外のものにはならないよ?」
ルディはオミソとは言え、バリバリの王族であり――というか、基本的に貴族階級で所謂『お古』というものはない。まあ、家宝とか、母親が嫁入りの時に付けて来たアクセサリー、みたいなものはともかく、誰かのプレゼントの『中古品』などは基本的に存在しないのである。それを必要とするのは貴族階級ではなく平民階級のものだからだ。
「で、ですが!! こ、これは……流石に過分と申しましょうか……」
当たり前と言えば当たり前だが、メアリはこのルディのプレゼント、無茶苦茶嬉しい。無茶苦茶嬉しいが、しかし、だ。
「このようなものを……私が頂戴する訳には……」
「大丈夫。ディアにも、クリスにもあげているから」
「!! そ、それは今日の話ですか!?」
「うん」
「ま、ますます頂戴する訳には行きません!! そ、その様な畏れ多い!!」
メアリ的には何時かルディの奥さんになる気満々である。満々であるが、あくまで『側妃』、まあ、最悪『愛妾』でもいっか、くらいの気持ちでいるのだ。これはメアリがルディに愛されている自信が……まあ、あんまり無いが、それでも自身がルディにとって好ましい人間である意識はメアリにだってある。あるがしかし、そこには厳然たる身分差があるのだ。他国とは言え王族のクリスティーナ、自国最大の貴族であるディアとの間には大きな隔たりがある。貴族の結婚とはそれ即ち、政治だからだ。
「せめて後日、いえ……数年後でしょう!!」
貴族からのアクセサリーのプレゼントは、そこに少なからず求愛の意味を込める。まあヤラシイ話ではあるが、『決して安くねーアクセサリー買って来たんだぞ? 分かってるよな?』の意思の表れなのだ。それを、クリスティーナとディアに送った同日に、同じようにメアリに渡しているのは。
「……ルディ様が差別や区別をしないのは存じ上げております。存じ上げておりますが」
身分の上下はあれど、愛情の上下はないという、意思表示。
「メアリにはいつもお世話になっているからさ? そのお礼……と、言う事にしておいてくれないかな?」
「他の誰かに面白おかしく言われるかもしれないじゃないですか!! それは流石にクリスティーナ様やクラウディア様の沽券にかかわります!!」
意思表示の様に、見える。見えてしまうのである。
「クリスティーナ様もクラウディア様も喜んでいらっしゃったでしょう?」
「……まあ、うん」
「きっと、明日から毎日着けられることでしょう。クラウディア様はともかく……クリスティーナ様は、確実に」
「……」
「そして……」
それはきっと、私も、と、心の中でだけそう呟き、メアリはそっと優しい手つきで髪飾りに触れる。
「……ルディ様から頂いた髪飾りが、嬉しくて嬉しくて仕方ありません。ですから……私はきっと、毎日この髪飾りを付けるでしょう。そして、私がこの髪飾りを大事にすればするほど、髪飾りは目立ちます。きっと、噂になるでしょう。『誰から貰ったのか』と」
その時、嘘を付きとおす自信はメアリにはない。言葉ではどういえても、きっとルディを目で追ってしまうだろう。伏魔殿たる王城で、その視線の意味に気付く人間は、きっと多いし。
「……いやしくも私は、ルディ様との仲を邪推して貰いたいと……そうも、思うんです」
もう、隠すのは無しだ。
「――それくらい……私は、ルディ様をお慕いしております」
好きな男から、アクセサリーを貰った。それだけで天にも昇る気持ちなのに、他の二人と差を付けないと、そう言ってくれている。事実はともかく、現象だけ見ればそうで、ルディの性格を考えると、その想像はきっと当たっていて、だから、だから。
「もう……きっと、誤魔化せなくなってしまいます」
メアリの言葉に、ルディも少しばかり困った顔を浮かべて見せる。ルディは決して鈍い方ではないし、バカでもない。
「あー……まあ、うん。その……ありがとうって言っておく」
「……はい」
「……僕の方から、『嫁に来ない』とか言ったこともあるし……その、なんだろう? その時もそんな悪い反応じゃなかったから……好かれているのかな~とは思っていた。正直、そこまで……慕ってって言って貰えるほどかは……まあ、思ってなかったというか……」
「……ルディ様のお手を煩わせる事は致しません。もし、私が不要と……私の好意が迷惑だと仰るのであれば、直ぐに暇を出して頂いて構いません」
ですが、と。
「少しでも、迷惑ではないと、私の好意を少しでも嬉しいと言って下さるのであれば……私をルディ様のお側に置いて頂けませんか……?」
懇願するようなメアリの声音と上目遣い。一瞬、虚を突かれた様な表情を浮かべるも、直ぐにその表情を苦笑に変える。
「……迷惑、だなんて思わないよ。有難いし……ずっとそばにいて欲しいよ」
「……はい」
「……メアリの気持ちは嬉しいし……そうだね、もうちょっと待ってくれないかな? 今は王城内も色々あるし……そういうのが全て片付いたら」
きっと、その『答え』を出すから、と。
「……待っててくれる?」
ルディの言葉に、見惚れる様な笑顔を浮かべて。
「……十年、待ちました。何年でも待てますよ」
メアリの美しい笑顔に、ルディも笑顔を返して。
「――――それはそれとして、ルディ様? 『我慢』出来なくなったら、何時でも仰って下さいね?」
「…………はい?」
「いえ、流石にクラウディア様やクリスティーナ様を『お手付き』にするのは不味いでしょう? あちらは高位貴族に王族ですし。ですが、私なら? 男爵令嬢でルディ様付の侍女、ちょっと『味見』程度に手を出してくれても、私は全然ウェルカムですので!!」
鼻息荒く詰め寄ってくるメアリに困惑しながら、ルディはちょっとだけ思う。
やっぱり暇、出した方が良かったかな~なんて、絶対にするハズの無い事を。




