第百五十二話 安全管理は必要です。
ディアの残念な発言を聞いて『ちょっと……お花を摘んでまいります』と、ディアの首根っこを掴んでずるずると路地裏にクリスティーナが連れて行くなんてイベントを挟みつつ、ルディ御一行はレストランで夕食を取ることになった。湯気の立った料理が所狭しと並べられたテーブルからは食欲をそそる香りが漂っており、ルディも思わず喉がなるというものだ。いうもの、なのだが。
「……ねえ、クリス?」
「なんですか、ルディ?」
「いや……此処のレストランのシェフってさ? 王城の料理長にそっくりだったんだけど? あれ? 料理長って双子だったっけ?」
到着早々、挨拶に来たコックさん、ルディには物凄く見覚えのある、恰幅の良い白髭の料理人だった。首を捻るルディに、クリスティーナはにっこり笑って。
「ええ。勿論、王城の料理長ですよ?」
「…………は?」
「ルディの――まあ、憚りながら私やお兄様の口に入るものです。このレストランの味が良いのは聞いていますが……流石に、ルディに食べさせれる物は出せませんので」
「……味、良いんでしょ?」
「主に安全面ですね。王族の口に入る以上、身元のしっかりした人間のものでないといけませんから」
道理ではある。ルディやエドガー、クリスティーナは王族だし、誰が作ったか分からない料理なんて食べさせられる訳がない。訳が無い、のだが。
「……んじゃレストランじゃなくて王城で夕食で良くない? わざわざレストラン貸し切って王城の料理食べるってちょっと意味が分からないんだけど……」
こういう事である。そんなルディに、クリスティーナは『ちっちっち』と人差し指を左右に振って見せる。
「……分かってませんね、ルディ? 良いですか? 楽しい観劇、素敵なプレゼントとくれば、後は雰囲気の良いレストランで食事と相場が決まっています」
「何処の相場さ?」
「主にデート界隈の。まあ、王城での食事も悪くは無いですよ? 無いですけど……」
視線をちらりとクレアに向けた後、心持言い難そうに、それでもはっきりと。
「……ルディと王城で食事、となると……私たちはともかく、クレアちゃんが……」
「……ああ」
ルディが食事をとる以上、それ相応の格式のある部屋で取る必要がある。まあ、ルディ個人で食事をとる場合は自室で軽くすます、なんてこともあったりはするが、流石にスモロア王族兄妹や、メルウェーズ家の一人娘をもてなす以上、『相応の格』の部屋を使う必要があり。
「……クレアは入れないか」
「ええ。非常に残念ですが」
こういうことだ。ルディから、『下賜』する以上、それを受ける方にも同様に『格』がいるのである。
「……そんな顔をしないでください、ルディ。それがどうしてもイヤならば、貴方が国王になって変えてしまって下さい。勿論、私も全力でルディのそんな改革の支援を行わせて頂きますので」
嫋やかに笑んで見せるクリスティーナに、ルディも苦笑を浮かべて見せる。
「まあ、それは『おいおい』って事で。どうなるか分からないしね」
「そうですね。急いては事を仕損じると言いますし……今日の所は『これ』で満足しておきます」
嬉しそうにそう言ってクリスティーナは自分の首元できらりと光る、シンプルながら品のあるネックレスをそっと指先で撫でる。言わずもがな、ルディのプレゼントだ。
「……似合っていますか?」
「自画自賛みたいでちょっとだけど……物凄く、似合ってるよ。本来なら既製品なんて王女であるクリスに送るべきじゃないのかも知れないけど……」
「いいえ。私はとても嬉しかったですから、問題ありません。プレゼント自体もですし……ルディの気持ちも」
「そっか。そりゃ……良かった」
「ええ。ですが……済みません、私は『我儘姫』ですので」
『次』は、私だけの為のプレゼントを贈って頂けませんか? と。
「貴方に愛されていると、そう信じられるプレゼントを……お願い出来ませんか?」
「愛しているって……」
「あら? 愛して下さらないの?」
「……ノーコメント」
「ふふふ! まあ、今はイイです。先程も言いましたけど、急いては仕損じますしね。それでは冷める前に頂くとしましょう!」
「うん。そうだね。そうだけど……」
今まで意図的に逸らしていた。逸らしていたが、流石にこれ以上目を背ける事は出来ないと、ルディは視線を『そこ』に向けて。
「……ディアも一緒に食べない? その……そんな所で正座なんかしていないでさ?」
ほっぺに『私は空気も読めないバカ女です』と墨で黒々と書かれ、半泣きで正座をするディアにルディが優しく声を掛ける。そんなルディに、ぱぁーっとディアの顔が綻び……そして、その視線の先で般若の形相を浮かべるクリスティーナに気付いて視線を下に落とす。
「……いえ……私もこう、色々とご迷惑というか……まあ、流石にクリスに申し訳が立ちませんので……甘んじてこの恥辱を受け入れます」
唇から血が出るんじゃないかという程にぎゅっと唇を結んでそういうディアに、ルディはぽつりと。
「……いや、滅茶苦茶食べにくいんだけど……」
『ふぉー! 美味しい!! エドガー君、これ、ほっぺたが落ちるくらい美味しいですよ!?』『良かったね、クレア。ほら、こっちもお食べ』なんてやっているクレアとエドガーに『お前らもフォローしろよ!』という視線を向けながら、こっそりルディはため息を吐いた。




