第百五十一話 残念、これはわく王です。
ルディの突然の告白に、クリスティーナの目が点になる。なんせ、あのルディなのだ。メアリから『全てを諦めた様な』と評されたルディのその言葉なのだ。
「……良い事だと思います。ですが、なぜ?」
「なぜ、とは?」
「今までのルディの考え方とは百八十度違います。目立たず、騒がず、いつでも後ろでそっと見守る……それがルディでは無かったのですか? ああ、勘違いしないでください。諦めないルディは非常に魅力的だと思います」
手放しで喜びたい、そんな気持ちと。
「……一体、何に影響されたのでしょうか?」
そんなルディの心境の変化に対する、少しの『嫉妬』
「……誰が、貴方を変えたのでしょうか……?」
それを、『ルディの変化』を齎したのが、自分以外の誰かという、その事実がクリスティーナを苦しめる。その位置には自分が居たかったと、心根が歌いだす。そんなクリスティーナの視線にルディは苦笑を浮かべて。
「強いて言うなら状況と……それに、皆かな?」
「……」
「メアリにも言われたよ。もっと欲しがって良いって。エドガーも言ってた。僕は変わるって。エディのはちょっと褒められた事じゃないけど……まあ、一歩進んだ」
後退かな? と少しだけ笑み。
「……ユリア先輩もエルマー先輩への気持ちを口に出した。エルマー先輩も、それを受けて前に進もうとしている。ああ、そうだ。知ってる? クラウス、第二近衛騎士団の団長候補になったんだって。アインツはアインツで、僕を国王にしようと画策しているし……まあ、そうやって皆成長している。それぞれ、前に進もうとしているんだ」
笑みを、もう一度苦笑に変えて。
「……僕だけだから。何にも成長していないのは」
今までのルディは――言い方は悪いが、『スカして』いたのだ。自分の能力が足りないことに言い訳をし、保護者ぶって後ろから見守り――
「……それでは私もそうですね。いくつになっても『ルディ、ルディ』とまるで成長していないです」
クリスティーナの言葉に、ルディは驚いた様な顔を浮かべた後、それを微笑に変える。
「まさか。クリスが一番成長しているじゃん」
「私が?」
「感じ悪いの百も承知で言うけどさ? 昔のクリス、もっと我儘だったじゃん。それが今では、みんながクリスを支えようとするほどに好かれている。その……そうだね、その『努力』は何のためにしたの?」
「……ルディに好かれるために」
「でしょう?」
一息。
「……努力していないのは、僕だけだからさ?」
後ろから見守り――見守った『フリ』をしながら、成長を諦めて、そして『努力』を裏切り続けて来たのだ。
「……もしかしたら国王にならなくちゃいけないかも知れない。どうなるか分からないけど……その選択肢もない訳じゃなくなった。一度、エディとは話をしなくちゃいけないだろうけど……ともかく、そういう選択肢も出てきちゃったからさ?」
「……そう、ですね」
「なら……此処で停滞は出来ないよ。僕だってこの国は好きだしね。少しでもこの国を良い国に出来るように、その為の努力をしなくちゃいけないし、そうなると……そうだね、色々手に入れる為に、ちょっとは『我儘』になってみようかなって」
クリスティーナの手の上にある箱に少しだけ手を這わせて。
「……だから、これは僕の決意表明みたいなものかな? プレゼントって言ってる癖に何言ってるんだって思うかも知れないけど……今まで『僕を好き』で居てくれたクリスに、少しは報いたいと思ってさ? ごめん、当然ディアに言われたのもあるんだけど……」
これは、僕の本音だから、と。
「……嬉しい、です」
目元に浮かんだ涙をそっと拭う。自身もルディに少しでも影響を与えられていたことに、そしてそれ以上に。
「やっと……ルディが、私たちの『輪』に入ってくれました」
ただ、見守って貰うだけではなく、共に歩む。それが出来る事が、クリスティーナには堪らなく嬉しくて、そして。
「……そ、それにしてもルディも大胆ですね。ネックレスを贈るなんて……知っていますか、プレゼントには意味があるって。ネックレスは『首輪』、つまり『お前を独占する』って意味なんですよ? も、もしかしてルディ、私を独占したいのですかぁ? もう! 早く言って下さいよ! そんなの、ルディならいつでもウェルカムですから!!」
後、なんだか恥ずかしくなる。思えばルディからのプレゼントなど――まあ、お互い王族であり、誕生日や何かの記念日にはプレゼントを贈り合ったりはしていたが……これは、ちょっと違うだろう、とクリスティーナは脳内で突っ込む。勿論、今までのルディだって真剣に選んでくれただろうことは否定はしないが、そういうプレゼントとは一線を画すのだ。少なくともクリスティーナの中では。
「す、素直に言ってくれたら宜しいのに!! 良いですよ!! 何時でも独占してくださいな!!」
そんな照れ隠しを込めたクリスティーナの言葉に、ルディは一瞬驚いた顔を浮かべて――そして、『にやり』とその笑みを意地の悪い笑みに変える。
「……ああ、そっか。それじゃクリス、クリスティーナ? そのネックレス、返してくれる?」
「い、イヤです!! すみません、ちょっと変な事を言ってしまいました!! 絶対に返しません!!」
ルディの変化に、慌てて手元のネックレスの箱を抱きしめる。そんなクリスティーナに、ますます笑みを深めて。
「そう。それじゃ、クリスはどうするの? そのネックレス?」
「……え? そ、それは……ありがたく、着けさせて貰いますけど……」
「ふーん。そのネックレス、着けるんだ。クリスが自分で言った、『貴方を独占したい』っていう意味を持ったネックレスを?」
「っ!!」
「それって、さ?」
僕に独占されたいって事で良いのかな、と。
「……いじわる」
「いじわる、かな?」
「いじわる、です。知っている癖に、私の気持ちなんて」
熱を持った頬に潤んだ瞳のまま、震える手で綺麗なラッピングを丁寧に解く。シンプルで、それでも高級感のあるネックレスをルディに差し出して。
「着けて、頂けませんか?」
「……」
「『独占したい』という意味を持つネックレスを、他ならぬルディ、貴方の手で。それで分かって貰えませんか? 私が、貴方にどうされたいか。貴方の事をどう思っているか。独占したいという意味のネックレスを、貴方の手自ら着けて頂く、その意味を」
理解、してくださいませんかぁ、と。
潤んだ瞳で上目遣い。扇情的なその姿に、思わずルディの喉がごくりとなる。そのまま、クリスティーナの手からそのネックレスを手に取って。
「――ああ!? ルディ、クリス!! み、見て下さい!! あそこ!! 『『薄い、平たい、エリカ様』あみぐるみ、好評発売中!!』らしいです!! 買いましょう!! これは今日の記念に買って帰りましょう!!」
雰囲気をぶち壊すディアの大声に、クリスティーナは思う。
――あいつ、絶対後で一発ぶん殴る、と。




