第百五十話 ルディの決意
自身の手元に置かれた『それ』をポカンとした顔で見つめるクリスティーナ。が、それも一瞬、慌てた様に手をわちゃわちゃ――出来ないので、体全体を左右に振って混乱をアピールして見せる。そんなクリスティーナの行動に、ルディが小さく喉を鳴らす。
「なにさ、それ? どうしたの、そんな動きして」
「ど、どうしたのではありません! こ、コレ!? これ、なんですか!!」
「プレゼントだって。可愛いネックレスがあったからさ? 今日のデートのお礼にと思って買ってみたんだけど……」
いらなかった? と首を傾げるルディに、首よもげよとばかりに全力で左右に振るクリスティーナ。
「い、いります!! い、いりますけど……」
言外に『なんで?』と言わんばかりのクリスティーナの表情に、愉快そうな表情を苦笑に変えるルディ。
「言ったでしょ? 今日のデートのお礼。クリスが色々と段取りしてくれたんでしょう?」
「それは……しましたけど……」
確かに、した。アンネを手足の如く使い、自身の使える権限をフル活用して今日のデートをプロデュースしたのは間違いなくクリスティーナである。クリスティーナであるが。
「……お礼、ですか?」
それはもう、完全に私利私欲である。まあ、エドガーやディアの為という側面もあるが、最終的な帰結は『自身の幸福』にあるのは間違いないのだ。少なくとも、ルディとクレアにはお礼をされる様な事はしていない。そう思い首を捻るクリスティーナに、ルディは苦笑の色を強くして、少しだけ気まずそうに頬を掻く。
「ええっと……自分でこんな事言うのはアレだけど……」
「はい」
「その……えっとさ? クリスは、その……ありがたい話、その……ぼ、僕の事、す、好きだよね……?」
照れくさそうに、『ははは』と笑ってそういうルディ。そんなルディに、クリスティーナはゆっくりと首を振る。
「――いいえ?」
「…………へ?」
横に。まさか『いいえ』の返事が返ってくると思って無かったルディの顔が『かぁー』っと真っ赤に染まる。
「……へ? え? あ、ああ、そ、そうだったんだ。うん、そうだよね! ごめんね、クリス。気持ちの悪い勘違いを――」
「好き? 有り得ません。好きなんて簡単な単語でこの感情を表せる訳が無いでしょう? 私のルディに対する想いを舐めないで頂きたいですわ。大好き、愛している、らぶゆー、貴方の子供を身籠りたい、出来れば貴方からおしたお――」
「ストップ!! 色々と出ちゃダメな単語が出ている!!」
ここ、天下の往来である。主に、クリスティーナの評判がヤバくなる様な単語群の数々に、ルディが思わず大声を上げる。そんなルディの姿に素直に口を噤むクリスティーナにため息を一つ。
「その……まあ、なんだ、ありがとう。色々恥かかなくて済んだよ」
「私がルディの事を大好きであり、愛している事など自明の理ではないですか。貴方に初めて逢ったあの日から、私はずっとルディ一筋ですよ?」
「あー……うん、ありがとう」
「お礼を言われる事ではありませんが……どういたしまして」
それで、それがなんでプレゼントに繋がるんですか? と言外に問うて見せるクリスティーナに、ルディは苦笑の色を強くする。
「その……ディアにさ?」
「クララ?」
「ディアに言われたんだよ。『誰かを好きでいる事、居続けることは……とても、労力を使う事です』って」
「……」
「『クリスがルディに懸想しているのは知っているでしょう? 幼いころからずっと、ルディに想いを寄せ続けて……それを知らんぷりするのは如何なものでしょう』って」
「それは……で、でも! それは私の勝手で! ルディが責任を感じることで――」
「ストップ」
言い掛けるクリスティーナの言葉を遮る様にして、ルディは言葉を重ねる。
「……正直さ? クリスの事は可愛い女の子だと思っている。そんなクリスに、『好きだ』って言って貰えるのは……その、有難い」
「そこは嬉しいと言って欲しい所ですか? というか良いですよ? もうこのまま、私をお嫁さんに貰ってくれても?」
「……ごめん、そこまではちょっと」
苦笑を一つ。
「……でも、本当に有難いとは思っていて……そして、そんなクリスが側に居てくれるって……凄い、幸せな事だと思ったんだ」
「……そう、ですか」
その時、クリスティーナの胸に去来したのは『嬉しい』の感情だ。そりゃ、そうだ。苦節十年弱、ようやくルディが自身の想いに対して一つの答えを示してくれているのである。嬉しくない訳がない。
「……でも、なぜ急に?」
嬉しくない訳がないが、なぜ急に、という気持ちも無い訳でもない。まあ、どっちにしろ嬉しいのは嬉しいのだが。
「……エディが婚約破棄をしちゃったからさ? 今まで通りには行かないかなって……まあ、最後まで足掻くつもりではあるけど」
少しだけ遠くを、まるで眩しい物を見つめる様に目を細めて。
「――色々、『諦める』のは……もう、止めようかなって」




