第百四十九話 貴方が、私に、くれたもの
劇場での『失点』はあったものの、その後のディアはなんとか立ち直し――立ち直し? 相変わらずルディの前で甘えて見せる時は顔を真っ赤にしてたり、『あ、る、るるるるルルルル』と壊れたてのラジオみたいな吃音を見せていたりしたが……まあ、概ね『悪くない』デートではあったのだ。
「……はぁ」
レストランで食事をし、服屋では『この棚の生地、こっから此処まで全部』みたいな感じの悪い成金ムーブをかましたエドガーに、クレアがドン引きしたり、『それじゃ……この宝石でアクセサリーをお願いします。そうですね、指輪、首飾り、イヤリングと……ティアラも行けるかな? どう思う、クレア?』なんて、赤ちゃんの頭ほど有りそうな希少なダイヤモンドを原石ごと買おうとしてこれまたドン引きされる事件が起こったりしたが……まあ、概ね成功と言えるだろう。だって云うのに、クリスティーナの顔は優れない。
「……何やってるんでしょうね、私」
『今日はクララのフォローを全力でする!!』と決めてはいたのだ。ディアが巧く甘える事が出来、ルディがディアを意識することがあれば、ルディに国王への道も開ける。そうなれば、他国の国王に、跡取りではない第一王女が嫁ぐのはそんなに珍しい事ではない。だからこそ、これが自身の幸せに取って最善手であると、信じて疑わなかったのだ。疑わなかったのだが。
「……クるものがありますね、これは」
別に、初めて見た訳ではないのだ。ディアが、口の端にソースを付けたルディに『もう、仕方ないですね』と口元を拭ってあげるシーンを見るのも、『これ、半分こしない?』と屋台で買った焼き串をディアに『あーん』をしてあげるルディも、『ルディ、ルディ! これ、可愛いと思いませんか!!』『はいはい。それじゃ……今日のデートのお礼で買ってあげようか』とルディがディアにプレゼントをする姿をみるのも、決して、決して初めてではない。初めてでは無いが。
「……酷い女ですね、私は」
でも今までの『それ』は、ディアが『エディの婚約者』として、何時かなる『義理の兄』に甘えている姿だったのだ。ディアの気持ちがどうであろうと、結局の所『ルディを奪うライバル』には成り得ないと、心の何処かで油断と――慢心があったのだ。もっと言えば、そんなディアを羨ましいと思いつつ、奥底のクリスティーナの一番『汚い』部分で『まあ、どれだけ甘えてもクラウディアは敵になりませんから』という醜い優越感があったのだ。
「……ルディをシェア、ですか」
良いアイデアだと思ったのだ、掛け値なしで。クリスティーナはディアの事も、政治を抜きにすれば大好きだし、そんな大好きなディアとルディのお嫁さんになれるのであれば、それは良い方法だと、本当に思って、思っていたのに。
「……」
チラリと視線を送れば、エドガーがクレアを一生懸命口説いている姿が見える。クレアの方からチラチラとこちらに救いを求める視線が来るが……残念、今日はエドガーの味方である。にっこり笑ってその視線をスルーし、クリスティーナは小さくため息を吐く。
「……本当に……呆れるくらい、小さい人間です」
嫉妬したのだ。
素直に甘えるディアのその姿に、本当に嫉妬したのだ。あれだけ大好きで、大事で、絶対に誰にも譲りたくないと思ったルディを、シェアしても良いとさえ思った、大好きで、大事なディアに、明確に、これ以上ない程にはっきりくっきり、嫉妬してしまったのだ。『なんとかしなさい』とか『もっと頑張って甘えろ』とか、そんな偉そうな事を言っていたくせに、本当に、本当に、嫉妬してしまったのだ、クリスティーナは。そんな、自身の器の小ささと前言を軽く翻す底の浅さ、何よりも惨めな自分がイヤになり、思わず消えてしまいそうになって。
「――なに黄昏てるの、クリス?」
そんなクリスの隣に座って、おひさまみたいな屈託のない笑顔を浮かべて見せるのは、ルディで。
「……黄昏てなんていませんよ」
そんなルディに、クリスティーナは綺麗な笑顔を見せて見せる。腐っても王族、どれだけ自身のメンタルが不調であっても、それを表に出す事はしない。そういう訓練を受けているのだから、それが出来て当然で。
「……それより宜しいので? クララの面倒を見てあげないと」
「クララの面倒って……」
「だって、クララはエディにフラれて傷心――ではないですね。でも、立場は不安定ですよ?」
「エディにフラれたくらいで揺らぐ家じゃないでしょう、メルウェーズ家は」
「……まあ、そうですけど……でもね、ルディ? そうは言ってもクララも女の子です。公衆の面前で……まあ、あんまり気にしないでしょうけど……で、ですが、え、ええっと……」
一転、困り顔を浮かべて見せるクリスティーナに、可笑しそうにルディが噴き出す。
「まあ、僕も最初はディアが傷付いてるのかな、って思ってたけど……なんかディア、本当にあんまり気にして無さそうだしさ?」
「……まあ」
「だから……まあ、ディアの事は少し置いておいて、さ?」
はい、と。
「……え? な、なんですか、これは!?」
ポンと手の上に置かれたのは綺麗にラッピングされた、長方形の長細い箱。その箱を驚いた表情で見つめるクリスティーナに、ルディは悪戯が成功した様な笑顔を浮かべて。
「――プレゼント、かな? 今日のデートのお礼に、さ?」




