第百四十六話 ガラパゴス文化
ラージナル王国という王国が元々諸侯貴族の一つに過ぎなかったラージナル家が群雄割拠の、血で血を洗う戦国時代を勝ち抜いた末に建国した王国では有る事は先にも述べた。その過程において近隣諸侯――この時はまだ爵位なんて気の利いたもんは存在せず、『何処何処の親分』程度の豪族であったが――を王国の『貴族』として取り入れ、そして元々ラージナル家に仕える家人達によって成立した国家である。いわば『豪族時代以来の譜代』と『外様』によって構成された国家だ。これは別にスモロア王国に置いてもさして変わりは無いのであるが、中央集権化に巧く成功したスモロア王国は、ラージナル王国ほどに出自の色を問う事はしない。まあ、今のディアとルディの関係に象徴される様に過渡期ではあるのであるが。
「――え? 今日の演劇って……『魔法少女プリティリズ4 ~そして、伝説になる王女様~』なんですか?」
王都唯一の劇場、王立劇場の前の興行看板の前でクリスティーナは立ち尽くす。まさか、まさかの演目に目も点になるというものだ。
「知らなかったのですか? プリティリズ、今ラージナルでは有名な演目なのですよ? 私も興味があったのですが……見る機会があまりなくて。今度貴賓席を用意して貰おうと思っていた所なんです! 良かったです!」
そんなクリスティーナに、ディアが何でもない様にそう言って見せる。そこはかとなく『キラキラ』した目をするディアに、クリスティーナが大きくため息を吐く。
「……これだからラージナル人は……」
衣食住足りて礼節を知る、ではないが、『娯楽』とはそもそも自身の生活基盤が安定してからこそ、初めて楽しめるものである。明日の食事に事欠く様な状況では演劇なんて楽しめるものでもなく――まあ、何が言いたいかと言うと。
「そうですね!! 私も楽しみです!! 私、初代プリティリズの小説版、持っているんです!! いや~、楽しみですね!! 今度レークス領に帰ったら自慢しよう!!」
国家の成立過程でドンパチやり過ぎたせいで、ラージナル王国では芸術分野の素養が花開く事が無かった。国の中枢である王都で、文化の象徴とも言えるであろう『劇場』が一個しかないことが、その証左でもあろう。
ようやく国が安定し始めた時、時のラージナル国王はちょっと焦った。なんせ血塗れで勝ち取った王朝が、周辺諸国から『野蛮人』と、下に見られているのである。舐められたらヤるの精神のラージナル王国ではあるが、流石に国内のドンパチで充分疲弊もしているし……何より、『うわ、あいつ、マジだせー』と言われて拳骨繰り出したら、恥の上塗りもいいとこだ。だからこそ、周辺諸国に馬鹿にされない様に田舎者と侮られない様に、『文化を早回し』で成長させようとして。
「……ルディが国王になった暁には、このラージナルの文化をなんとかして下さい。別に馬鹿にするつもりはありませんし、プリティリズも面白くないとは言いません。言いませんが……十五を越えた男女で見る演劇では無いでしょう!?」
切った貼ったの世界で生きて来たラージナル貴族である。そもそもの文化的素養が低く、そんな貴族階級にウケたのは『哲学!』とか『人生!』みたいな、頭を使ってみる作品ではなく、ド派手で分かりやすい……例えば『魔法ドーン!』『悪をバーン!』『ヒロインきゅーん!!』みたいな単純な演劇が受けたのである。そんなラージナル貴族が子供に同じ演劇を見せ、そしてその子供が大人になり、子供に同じような演劇を見せて行く文化の継承が行われた結果。
「そ、そう言われても……お、面白いよ、プリティリズ?」
「知っています!! プリティリズも、機動戦隊ラージナリアンも、宇宙超人ラージナルマンも面白いのは知っています!! 知っていますよ!! 知っていますけど!?」
一息、呼吸を入れて。
「――明らかに子供向けの演劇でしょう、これ!! 好きだったのって七歳くらいまでですよ、私!? なんでこう、ラージナル人は『大きな子供』が多いんですかっ!!」
――ガラパゴス化しちゃったのである、ラージナル文化。




