第百四十四話 私と居る時は
ふぐふぐ鳴き続けるディア。『誤解です、誤解です』と叫ぶクリスティーナ。『今日も美しいね、クレア!』と口説くエドガー。『おい、なんとかしろよ! 助けろよ!』と厳しい視線を向けてくるクレアというカオスな状況をどーにかこーにか収めたのが出逢ってから十分ほど経っての事。
「……疲れた」
「そ、その……ご、ご迷惑をお掛けしました。お、お疲れ様です、ルディ」
道の縁石ブロックに腰かけて疲労困憊、俯くルディに遠慮がちに『ははは』と笑い、ディアが持っていた木のカップを差し出す。中には良く冷えた果汁百パーセントのオレンジジュースが入っており、ルディはそれを一気に飲み干す。
「……ふぅ。ありがと、ディア」
「いえ、お礼を言われる事では……私たちのせいですし」
ルディからカップを受け取ったディアはそのカップを持って屋台――こちらもクリスティーナの護衛であるマックス君(28)がやっている屋台に返し、もう一度ルディの側へ。
「……お隣に座っても?」
「どうぞ」
しばしルディの前で視線を右往左往させて言い辛そうにモジモジしていたディアが、意を決した様にそう告げる。その言葉に微笑を浮かべ、ルディが自身の座っていた縁石ブロックから少しだけ右に腰をずらすと、ディアは嬉しそうにその空いたスペースに腰を降ろした。彼我の距離はほんの数センチ、その近さに、ルディの心臓はドクンと一つ。
「そういえば、ディアとこうやって遊びに行くの初めてだね~」
跳ねない。まあ、さっきは不覚にもドキッとしたが、『ディアはエディの事が好きなんだよ!!』と完全に思い込んでいるルディ的にはドキドキはしない。そもそも幼馴染、スキンシップは多かったし……これはディアの頑張りの一つであり、そして失敗でもあるのだが、ディアの方からのスキンシップが、そもそも多かったのである。ほっぺに付いたソースをハンカチで拭ってあげたりしてたし、元々の距離感は近いのだ、この二人。
「……そうですね」
普段通りのルディに若干『むっ』としながら、それでもにこやかに笑って見せるディア。ドキドキさせられなかったのは悔しいが、まあそれでも愛しい殿方とのデートだ。ディアだって嬉しいし、出来れば『むす』っとした顔でデートなんてしたくない。
「……まあこれからです、ね」
「ん? なんか言った、ディア?」
「いいえ。今日、『これから』が楽しみだな、と」
二重の意味で。デートも勿論、ルディを『堕とす』のだ。出来るかどうかはともかくだし、出来る可能性は低いも、明るい未来に想像を巡らせるのは楽しいものだから。
「そうだね。あ! そうだ、ディア。ごめんね?」
「? 何に対する謝罪ですか、ルディ?」
「今日の……そうだね、『デート』。君たちが企画してくれたんでしょ? 本当は僕たち男性陣がデートプランとか考えるべきだったんだろうけど……準備もしてくれたみたいだし」
本当に申し訳無さそうに頭を下げるルディに、ディアはきょとん顔を浮かべる。それも数瞬、今度はコロコロと笑って見せる。
「ふふふ、おかしなルディですね。誘ったのはこちらですし……それに、貴方は王子ですよ? スケジュール管理をする方ではなく、される方では?」
「ま、そうだけどさ? 僕たちは男だし……やっぱ、デートの準備は男がしてこそ、って感じしない?」
この辺りの感覚は、現代日本に生まれたルディと、生粋のラージナルっ子であるディアで分かり合えるものではない。分かり合えるものでは無いが。
「ふふふ……それでは、『次』に、期待しましょうか」
それでも大好きな男性が、『何かを頑張って私の為にしてくれる』という行為が嬉しいのは、洋の東西は言うに及ばず、異世界においても問わないのである。
「次、ね~……中々難しいかもだけど。っていうかクリス、やり過ぎじゃない? アンネさんまで使って……後でお説教だね、これは」
腕を組んで『うん』と頷いて見せるルディ。そんなルディに、ディアは苦笑を浮かべて見せる。
「ダメですよ、ルディ。そんな事したら、クリス、喜んでしまいますもの。どうせルディの事です。『もう……ダメだよ、クリス』なんて優しい怒り方でしょうし」
「……苦手なんだよね、厳しく怒るの」
苦笑を浮かべるルディに、ディアは優しくその頬に自身の右手を添えて。
「――それに……ダメですよ、ルディ? 折角、隣に私が居るのに、クリスの、『他の女性の話』なんて……しちゃ、ヤ、です」
あっけに取られるルディにもう一度微笑むと、ディアは添えていた右手をルディのおでこに持っていき、『ぺちん』とデコピンをして見せる。
「いて!」
「ふふふ! オシオキでーす。私というものがありながら、クリスの話をしたことのね。いいですか、ルディ? これはグループデートです。私だってグループの一員でしょう? なら、私の事を」
いっぱい、楽しませてくださいね? と。
「……はい」
降参、と言わんばかりに両手を挙げるルディに微笑を浮かべ、『それでは行きましょう』と背を向けて。
「――――イイ感じじゃないですか、これぇ!!」
ルディに聞こえない程度の小声で絶叫、という器用な事をしてディアは拳をぎゅっと握りしめた。さあ、デートはこれからだ。




