第百四十三話 クリスティーナ、完膚なきまでに叩き潰す
「ま、待って下さい!!」
『私達、姉妹ですね~』なんてにこやかな笑顔を浮かべるクリスティーナに『待った』の声が掛かる。それは当然、クリスティーナににこやかに笑い掛けられて引き攣った笑顔を浮かべているクレア。
「ず、ずるいですよ、クリス!! クレアちゃんと姉妹なんて……そ、そんなのズルいです!!」
では、なく。
「そ、そんなのってない――って、なんですか、貴方!! なんでそんな勝ち誇った顔をしているんですかぁ!!」
クレアにべったりくっついて、『勝った! 風呂入ってくる!!』と言わんばかりのニヤニヤしたクリスティーナに、ディアが大声で叫ぶ。そんなディアの声に『何事か?』と民衆の視線が集まった。
「はしたないですよ、クララ。そんな大声を上げて」
「そ、それは申し訳――ではなく! 貴方、クレアちゃんを独り占めにする気ですか!?」
ディアの言葉に、クリスティーナは余裕綽綽の笑みを浮かべて見せる。そこに、少しの優越感を乗せて。
「いえいえ。そんな事は言ってません。クレアちゃんは皆のクレアちゃんです。別に独り占めにする気は毛頭ありません」
ですが、と。
「――ただの『オトモダチ』と義理とはいえ『姉妹』……さて、どちらの方が結びつきは強いですかねぇ~!」
クリスティーナ、煽る。クリスティーナ的にはクレアと姉妹になるなんて僥倖、降って沸いた幸福であるのだが……
「……そんなにクララちゃんを煽らないでくださいよ、クリスちゃん」
「申し訳ありません。ですが……私もちょっと、『いらっ』と来ていましたので」
クリスティーナの脳裏に、散々ヘタレた癖にルディがちょっと興味を持った素振りをしたら、まるで鬼の首を取った様に意気揚々と高笑いをぶちかましたディアの姿が浮かんでいた。色々協力をした身ではあるし、まあクリスティーナにとっても都合の良い展開ではあるも、それで割り切れないのが人情ってもんだ。クレアにそう言って微笑んだ後、クリスティーナはにこやかな笑みを浮かべて。
「まあ、良いじゃないですか、クララ。別にクレアちゃん――クレアお姉ちゃんと赤の他人だとしても、優しいクレアお姉ちゃんはクララの事を見捨てませんから」
もう一煽り。思わずディアがポケットからハンカチを取り出して『きぃー!』と叫びそうになったところで。
「――そうです!!」
ディアの脳裏に電流が走る。冴えた灰色の細胞であるところのディアの脳裏に浮かびあがったその解は。
「――クレアちゃん!! エドワード殿下と結婚しましょう!! 私とルディが結婚した暁には、クレアちゃんは私の『妹』になります!!」
結構酷い解だった。これには流石のクレアの顔も引き攣るというものだ。そんなクレアの表情の変化に気付かないディアは、嬉しそうにその未来予想図を語りだす。
「そーですよ!! エドガーは王太子で、次期国王確実!! ですが、エドワード殿下はどうせ廃嫡される身!! 言ってみればただの王族! クレアちゃんだってそっちの方が良いハズです!!」
ディアの妄想は止まらない。自身のこの『名案』に、一人酔う。
「そーです、そーです!! そもそもエドワード殿下なら『どうとでも』操縦出来ますし? クレアちゃんを泣かす様な事があればせっか――じゃなかった、お説教も出来ますし!! そもそもエドガーの元に嫁いだら、クレアちゃんがスモロアに行っちゃうじゃないですか!! クレアちゃんだって嫌ですよね! 住み慣れたラージナル王国を出るのは!! だとすれば、これはもうエドワード殿下一択と言っても過言では無いのでは!?」
「いや、過言ですよ、クララちゃん」
「なんでですか!! 私と姉妹、イヤなんですか!?」
ディアの咆哮に、引き攣ったままの顔でクリスティーナを見やる。その視線は『おい、お前のせいだぞ? なんとかしろ』と言っている様で、クリスティーナは小さくため息を吐いた。
「クララ……何を言っているのですか、貴方は。そもそもクレアちゃんの意思は何処にあるのですか、それ?」
「貴方、さっきまでの自分の言動覚えてますか!?」
自分の事を棚に上げてそういうクリスティーナに、『がるる!』とかみつくディア。そんなディアに、クリスティーナは素知らぬ顔で言葉を継ぐ。
「なにを言っているのですか。私は『こうなったら良いな』という希望を述べたまでです。そのためにお兄様は努力をして――というと語弊がありますが、クレアちゃんに『気に入って貰おう』とするんです。それを、他ならぬクレアちゃんが大好きな妹である私は応援する。おかしいですか?」
「う、うぐぅ……」
「それなのに貴方は……なんですか、エディならどうとでもなるって。そんなのクレアちゃんの事を思っていない、ただの自分勝手な我儘じゃないですか?」
クリスティーナとディアの言っている事は表面的には大差ないが、根本的な所で大きく違う。クリスティーナは『お兄様と巧く行ってくれれば私と義姉妹!』であるのに対して、ディアの言っている事は『クレアちゃんを妹にするためにエディを宛がう!』だからである。一応、ディアの名誉のために言っておくが本当にディアの性根が腐って――まあ、曲がってはいるが、性根の悪い奴ではない。普段のディアならこんな事は言わないが、アレだ。クリスティーナが煽るからイケないのだ。
「……そもそも」
意気消沈し、ずーんと沈んだ影を見せるディア。流石に不憫になったのか、『もうその辺で……』というクレアの視線を受けて、クリスティーナは『分かっています』とばかりに頷いて。
「――私だってルディと結婚する気満々ですよ? そうすればクレアちゃんが妹になる訳で……別に貴方だけ優位に立つ訳じゃ無くありません?」
「クリスちゃーん!? 誰が止めを刺せって言ったんですか!?」
「あら? 完膚無きまでに叩きのめせの視線じゃなかったので?」
「違いますよ!! く、クララちゃん! しっかり!! なんかクララちゃん、影が薄くなってますけど!! 背中が煤けてるどころの話じゃないんですけどぉー!!」
ディアは灰になったのだ。まあ、直ぐに復活するが。




