第百三十九話 エディなんて、敵じゃない。
「……援護射撃って……」
「勿論、僕とクレアのだよ?」
エドガーのその言葉に、ルディの口から盛大なため息が漏れる。
「……本気で言ってる、エドガー?」
「本気に決まってるじゃん。なんでこんな事で冗談言うのさ?」
おかしなルディ、と笑うエドガー。そんなエドガーに、ルディは少しだけ訝し気な――それでいて、申し訳無さそうな顔を浮かべて見せる。
「クレアは男爵令嬢だよ? それを踏まえて……本気?」
ルディの言葉はエドガーの心の琴線にふれたか、イヤそうな顔を浮かべてまるで睨むようにルディを見つめるエドガー。冷たいその視線に、思わずルディの背中に冷や汗が流れる。
「……君がそれを言うの、ルディ?」
「言うさ。むしろ、僕だから……かな?」
現代日本の小市民として生きて来て、『公平』とか『平等』を基礎として生きて来たルディに、『身分差』という概念は希薄なモノだ。それでも、流石に『王族』と『男爵令嬢』の身分差が非常に大きいのは分かる。彼だってまた、王族だから。
「現実問題、クレアとエドガーの間で身分差は大きい。だからこそ、もう一回聞くよ、エドガー? 本当に、本気なの?」
「……どういう意味さ?」
「つまみ食い程度でクレアに手を出すのはちょっとね、って事」
王族と男爵令嬢。この二者での婚姻がなるのは現実的に非常に難しい。難しいがしかし、それは『正式』には難しいという事だ。古今東西、『正妃』と『寵妃』が違った例なんか枚挙に暇が無いし――もっと言えば、『お手付き』になった城の侍女の話だって、売るほどあるのである。
「クレアはレークス領の跡取り娘だよ?」
だからこそ、ルディはエドガーの『不義理』を許さない。それはエドガーの友人としてであり。
「――そんなクレアに、悪評が流れる様な事態は避けて欲しいな、とは思う」
「どういう立ち位置の話さ? ルディ、クレアのお父さんかなんかだっけ?」
「クレアの友人だよ、僕は」
クレアの友人として、でもある。
「……降参」
射貫くようなルディの視線と言葉に、両手を挙げて降参の意を示すエドガー。そんなエドガーに、少しだけ釣り上げていた眉を元に戻してルディは語りかける。
「……実際問題、どうなのさ? エドガーがクレアに『お熱』なのは……まあ、学校での様子見ればわからないでもないけど……」
「……殆ど一目惚れ、かな? クレアは可憐な少女だし、魅力的だ。その魅力にはエディも、クラウディアも……最近ではウチのクリスもメロメロだよ。クラウスやアインツだって分かったものじゃないし……聞いた? 『あの』エルマーも、クレアに情熱的なプロポーズ紛いの事をしたって。学園の中庭で」
「……分かりみが深い」
なんせクレア、ディアとクリスという、わく王世界でも高位な階級の人々を次々と『堕とし』ているのである。撃墜王クレアだ。
「そんな彼女に惹かれてしまうのも無理が無いと思わないかい? むしろルディ、君は凄いね? 男性陣で一番、クレアと仲が良いのは君なのに……クレアの魅力に惹かれないのかい?」
「あー……」
ルディに、クレアに惹かれるという感情はない。そら、『美少女だな~』とは思わないでもないが、ルディ的には完全に『画面の向こう側』の人の印象だ。アイドルとか、女優を見つめる心情に近いと言えば近い。
「……まあ、アレだよ。近付けば近づく程、魅力は分かりにくいって言うしね。最初の出逢い方も出逢い方だし……惹かれるっていうよりは……」
どういう感情が一番近いかと言われると。
「…………同情?」
これである。自分の弟の不祥事まがいの事態のせいでもあるし、幸せになって欲しいな~とは確実に思っているが。
「同情、ね」
「……なにさ?」
「いや……その同情が何時か愛おしさに変わらないか不安だなって。ルディ、モテモテだし」
「……エドガー、そんなキャラだっけ――ああ、キャラ変したって言ってたか」
「キャラ変と言われるとちょっとだけど……まあ、あんまり色んなものに遠慮するのは止めようかな、ってね? だから、欲しいモノは欲しいって言おうかなとは思ってるよ?」
ふんわり笑うエドガー。今まで通りの柔和な、それでいて芯のあるその笑顔に、ルディも相好を崩す。
「男子三日、ってやつか。イイ笑顔じゃない、エドガー」
「ありがと」
「でも、それなら僕なんか警戒しなくて良いんじゃない? むしろ、もっと警戒する相手がいるんじゃない? 例えば」
エディとか、と。
「……は」
そんなルディの言葉に、エドガーが表情を一変させる。今までの柔和な笑顔とは違った、冷たさを孕んだ、まるで軽蔑するかのような顔と声音で。
「――止めてよ、ルディ。エディなんて……敵じゃないからね」
嫌そうに、そんな厳しい言葉を放った。




