第百三十八話 援護射撃は相互に行いましょう。
にっこりと笑うエドガーと、自室で見つめあう。何を言っているのかよく分からない様なそんな状況で、ルディは少しだけ『たらり』と冷や汗を流す。
「ええっと……今、なんて言った? エドガー?」
断っておくが、別にルディもエドガーと会いたくない訳ではない。幼馴染として、同じ王子として、双子同士として、そして……なにより、どちらも『じゃない方』であるエドガーとルディには通じるものがあるのだ。何がって? 優秀じゃない方が、だ。
「だから、デートに行こうよ? なんか予定があったかな?」
何度も言うようだが、ルディとしても別にエドガーと会いたくない訳ではないのだ。少なくとも、旧交を暖めたいのは暖めたいのだ。こんな、世迷言を言わないエドガーと。
「……頭打った、エドガー? いや、エドガーが『そういう』趣味なら別に何にも言わないけど……ごめん、僕、ノーマルなんだ」
ルディは前世で訓練されたオタク――という程オタクではないが社会人として、時勢には敏感なのである。今は多様性の時代、皆違って、皆良いのだ。
「……僕も別に男色を否定するつもりはないよ? するつもりはないけど、流石にルディとデートは御免かな。そうじゃなくて……グループデートだよ、グループデート。僕とルディの男性チームと、クレア、クリス、クラウディアのククク三姉妹とのグループデート。王都を散策と洒落こんでみない?」
「未確認ワードが出て来た。なに、ククク三姉妹って」
「クレア、クリス、クラウディアのユニット名だって。友達らしいよ、あの三人」
「また頭の悪そうなネーミング……にしても、グループデートって……」
一息。
「……やっぱり頭打った、エドガー? なにその、地雷臭のするグループデート。流石にそれはちょっと怖いんだけど」
本人たちは全然気にしてはいないが……ディアとクレアは端から見れば、エディを取り合う『ライバル関係』なのだ。加えて、流石のルディも気付く程に、クリスティーナはルディに『押せ押せ』だ。
「君たち目立つのにさ? そんなグループで街を仲良く散策なんて……」
何を言われるか分かったもんじゃない。プラス。
「……そもそも、エドガーもクリスも僕も、一応王族だよ? まあ、僕はともかく……君なんか王太子じゃん。そんな王太子が供回りも連れずに、幾ら王都と言えどもデートに行くのは……ちょっと難しいんじゃない?」
ルディも勿論、エドガーやクリスも王族だ。加えて、ディアだって公爵令嬢であり、ピカピカのお姫様なのだ。護衛も連れず、街をぶらっと散策、なんてことは出来ないのだ。幾ら、王都が安全な方の街と言えども、である。そんなルディの疑問――忠告に、エドガーが肩を竦めて見せる。
「そこらへん、ウチの優秀な妹が対策してないと思う? 昨日の夜から街中に配置しているよ。僕とクリスの護衛プラス、侍女たちを。正直、僕を狙うならこの王城内がシンプルに狙いやすいよ、今?」
「……そんな情報はいらないんですけど……にしてもそれじゃ、アンネさん大活躍だね?」
難しい顔をするルディ。そんなルディに、エドガーが心持落ち着いた声音で声を掛けた。
「……心配しないでもアンネも納得済みだよ。そりゃ、昔はクリスも我儘放題のお姫様だったろうけど……今はちゃんと分別の付く子だから。それに、これはアンネの発案でもあるし」
「アンネさんの?」
「『折角ラージナルまで来たのです。王都でデートの一つもしなくてどうしますか! このアンネ、万難を排してクリスティーナ様のデートをお守りします!!』ってまあ、張り切っちゃって……『そういえばエドガー殿下も『イイ人』が出来たとお聞きしましたし、どうでしょう? ついでに気になるあの子、誘っちゃいません?』って事で、僕も便乗させて貰った次第」
「……次第ですか」
にっこり笑うエドガーに、大きくため息を吐くルディ。そんなルディに、ますます笑みを深めるエドガーを、ルディが小さく睨みつける。
「……趣味悪いね、エドガー」
「趣味が悪いんじゃなくて。底意地が悪いだけだよ。ほら、ルディ? どーする? 折角アンネが、可愛い可愛いお姫様の為に段取りしてくれたデートだよ? アンネも、他の侍女も、護衛の皆も優秀だ。文字通り、万難を排して僕たちを守ってくれる。どうかな? こんなグループデート、行かないって選択肢……あるかな?」
「……無いよ」
ルディの言葉を聞いてエドガーはしてやったりと言った顔でにやりと笑う。『優しい』ルディの事だ。アンネとも既知な事もある。
「……無いよ。アンネさん、本当にクリスの事大好きだもんね? そら、張り切って準備しただろうし……はぁ。行くよ。アンネさんがっかりさせるのも申し訳ないし……まあ、暇だしね」
「勿論、ルディの予定も把握済みだよ?」
「……ホント、底意地が悪いよ、エドガー」
ジト目を向けるルディに、エドガーは快活に笑う。幼いころ、『そんな我儘ばっかり言ってたら駄目だよ?』と、クリスに注意した時からずっと、側で見て来たアンネの事はルディも気に掛けていたのを、エドガーも当然知っているのだ。
「まあ、ホラ? そこはちょっとくらいは僕も妹の援護射撃をしないとね?」
「……叶うかどうかは分かんないよ? 少なくとも、可能性は低い」
「……まあ、そうかも知れないけど……そこらへんは妹の努力次第かな。というか、分かってる、ルディ? これはグループデートだよ、グループデート。君たちもそうだけど……」
もう一度、にっこりと笑って。
「――僕の援護射撃もしてくれないかな~って。どうかな?」




