第百三十七話 貴族とは、メンツ商売と見つけたり
「それで……結局、クララちゃんとクリスちゃんは何をしに来たんですか? 私と遊ぶために来たんですか? それとも……」
私のいじめを止めに来たんですか、と口に出しかけてその言葉をクレアは止める。ベッドの上に座る――正座ではない、座る二人にそれを聞くのはちょっと申し訳ないというか、失礼というか、そんな感情を抱きながら曖昧な笑みを浮かべる。そんなクレアを知ってか知らずか、クリスティーナは口を開く。
「遊びに来ました。何か用事がありますか、クレアちゃん?」
「特に用事はありませんし、遊ぶのは全然良いんですけど……何します? 鬼ごっこでもしますか?」
首を捻りながらそういうクレアに、ぴしっとクリスティーナとディアが動きを止める。『こいつ、マジで言ってんのか?』と言わんばかりの視線を向けた後、『ああ』と何かに気付いた様にクリスティーナが手をポンっと叩く。
「……そうでしたね。クレアちゃん、地元では暗くなるまでお外で遊んでいたんですものね」
「ええ。私、鬼ごっことか得意ですよ? まあ、正確にはかくれんぼの方が得意ですが……流石にかくれんぼでは私が強すぎるでしょうし……三人でするものでも無いですしね」
一切煽る風ではなくそういうクレア。そんなクレアに優しい――孫を見るお祖母ちゃんの様な目でクリスティーナとディアは見つめる。なんか『ほっこり』するのだ。
「……そうですね。ですが、流石に私もこの年で鬼ごっこやかくれんぼは少し、ですね」
「クリスの言う通りです、クレアちゃん。クレアちゃんのその天真爛漫な所は好ましいと思いますが……私たちは貴族令嬢ですよ? 少しくらいは貴族令嬢らしい遊びをしましょう」
「貴族令嬢らしい遊び、ですか?」
「ええ。クレアちゃん、前に私に言ってたでしょう? 貴族令嬢としての行儀作法を学びたいって」
「あ……は、はい!! 教わりたいです!!」
ディアの言葉に、クレアが嬉しそうに頷く。
「デビュタントも二か月後にありますしね? クレアちゃんも少しくらいは貴族令嬢としての振舞いを身に着けた方が良いでしょう。まあ、『遊び』という括りに入るかどうかは微妙ですが……」
「……そうですね。まあ、それも良いかも知れません。じゃあ、早速行きますか?」
ディアの言葉に頷いてベッドの上から立ち上がるクリスティーナ。そんなクリスティーナに、クレアは首を傾げる。
「行くって……何処にです?」
クレアの質問にクリスティーナはにっこりと笑顔を浮かべて。
「勿論、談話室です」
「…………は?」
「流石に全員は集まっていないでしょうが……何人かはいるでしょう? 良い機会ですので、どっちが『上』かはっきりさせておきましょう。そうすれば寮内でのクレアちゃんの地位も盤石になりますし」
「ちょ、ちょっと!? は? な、何を言っているんですか、クリスちゃん!? 談話室でどっちが上かはっきりさせるって!? アレだけやってまだやると!?」
「当然です。貴族界隈、舐められたら終わりのメンツ商売です。どちらが上で、どちらが下か、格付けはしっかりさせておかないといけませんよ? これだって立派な『貴族の振舞い』ですよ?」
笑顔で『クレア~、死体蹴りしようぜ~』と国民的アニメの坊主の野球少年みたいな事を言いだすクリスティーナに、クレア、ドン引きである。
「ちょ、さ、流石にそれは……」
「そうですよね、クリス。流石にそれはダメです」
焦ったクレアに救いの手を差し向けるディア。そんなディアを、『地獄で仏を見た!』と言わんばかりの顔をクレアは浮かべて。
「――既に格付けは終わったじゃないですか。どうせやるなら、デビュタントの時にしましょう。ギャラリーは多い方が良いでしょう?」
「こえぇよっ!!」
クレアの絶叫が響く。怖い。マジで怖いよ、この高位貴族コンビ。そんな感想が頭に浮かぶクレアの少しだけ震えた体を苦笑で見つめ、クリスティーナは口を開いた。
「……まあ、クレアちゃんの好みじゃなさそうですので、今日の所は止めておきましょうか。ですがクレアちゃん? デビュタントでは覚悟をして下さい。これは別に脅している訳じゃなく……貴族社会で生きていく以上、『舐められて』はいけません。まあ、貴族社会に限った事ではないでしょうが」
その声に、『こえぇよ!』と再び口を開こうとして――クリスティーナの顔から苦笑が抜け落ち、真剣な表情になっている事を見てクレアはきゅっと唇を噛みしめて。
「……はい。正直、私にはあまり向いているとは思いませんが……頑張ります」
クレアの表情に、クリスティーナは満足げに頷く。
「……はい、よくできました。望む、望まないはともかく、クレアちゃんは貴族令嬢です。しかも、婿入り必至の――跡取り娘なのでしょう? なのであれば、貴方が舐められるという事はレークス領が舐められるという事であり、ひいては領民が舐められるという事です。優しい貴方には酷な事でしょうが」
舐められて、侮られて、バカにされた領地は。
「食い荒らされます。イヤでしょう? 領民にそんな生活を強いるのは」
「……はい」
「……まあ、厳しいお話は此処まで! それじゃクレアちゃん? 本当に行きましょうか!」
パンっと手を打って話題を変えるクリスティーナ。そんな姿に、クレアは首を捻る。
「ええっと……談話室じゃないんですよね? じゃあ、何処に行くんです?」
「クレアちゃん、デビュタントに着るドレスとかアクセサリー、持っていますか?」
「……へ? ど、ドレスですか? お母様のお古のドレスですけど、一応……」
「クレアちゃん。やはり社交界には流行り廃りがあります。クレアちゃんのお母様のドレスを馬鹿にするわけではありませんし、大事にするべきですが……それでも、やはり……」
クリスティーナの言葉にも、別段クレアは腹を立てない。型落ちのドレスであるのは充分分かっていたことだ。頷いたクレアに、クリスティーナは言葉を継ぐ。
「クレアちゃんが『タダの』男爵令嬢ならそれで良いかも知れません。デビュタントですし、高位貴族以外では使いまわしのドレスも多いでしょう。ですが、今のクレアちゃんは学園で一番と言ってもいいほど注目を集めています。ですので、そんなクレアちゃんがお古のドレスでは」
舐められます、と。
「――なので、クレアちゃん? ドレスとアクセサリーは早急に買う必要があります。ですから、今から街に買い物に行きましょう。ああ、心配しないでください」
そう言ってクリスティーナはにこやかに笑って。
「『財布』は確保しておりますので。クレアちゃんには否定されてしまいましたが……私もお兄様、大好きなので。少しくらいの援護射撃は……お目溢し願いますわ」
ちらっと舌を出して、クリスティーナはそんな事を宣った。




