第百三十六話 高位貴族の嗜み……では、絶対にない。
「なにを……」
「……」
「……」
「…………何を、考えているんですかっ! クララちゃん! クリスちゃん!! ねぇ、なんで? なんであんなに煽る必要があるんですか!! 見ました、あの玄関前!? お通夜の会場みたいになってたじゃないですか!! え? 誰か亡くなったんですかぁ!? ああ、お亡くなりになりましたねぇ、社会的に!! アリーシャ先輩、顔真っ青で震えていましたよ!?」
絨毯爆撃になって死屍累々となった玄関前から、二階の自室に二人の手を引っ張って上がってベッドに『ぺい!』と放り投げたクレアは二人に『正座!!』と声を掛けてそのまま口角に泡を飛ばす。
「だってぇ……」
「だってぇ、じゃありません、クリスちゃん!! そもそも貴方、他国のお姫様でしょう!? 何考えてるんですか!! 国際問題になったらどーするんですか!!」
「く、クレアちゃん? その、お、落ち着いて――」
「貴方もですよ、クララちゃん!! 何私は関係ないみたいな顔してるんですか!? っていうかむしろクララちゃんの方が酷いでしょう!! なんですか、『アンタ、誰?』って!!」
ふぅふぅと肩で息をするクレア。そんなクレアに、クリスティーナとディアは顔を見合わせて小さく息を吐く。
「そ、その……すみませんでした」
「え、ええ……その、誠に申し訳ありませんでした」
しゅんとした表情で頭を下げるクリスティーナとディアが頭を下げる。そんな二人に、少しだけ『うっ』と息を呑んでクレアは気まずそうに頬を掻く。
「ま、まあ……私の為に怒ってくれたんでしょうし? その、そこまで怒る事ではない、と言いますか……ただ、その……なんでしょう? 流石にあそこまで――」
「あ、違います」
「――言われたら、私も……はい? ち、違う? あ、あれ? 私の為に怒ってくれたんじゃないですか? っていうか、クリスちゃん、言ってませんでした? 暮らしやすくしてあげるとかなんとか……」
混乱するクレア。そんなクレアに、クリスティーナが親指をぐっと上げて。
「――私が腹が立ったのでやりました!」
「理由が酷い!? は、腹が立ったからやったって、何考えてるんですか、クリスちゃん!! 私、暮らしにくくなっちゃうじゃないですか!!」
「あ、それは大丈夫です。ちゃんと王都に小さな家も用意してますし、そこに住めば良いじゃないですか」
「私の人生、簡単に決めすぎじゃないですかねぇ!!」
クレアの絶叫が室内に響く。そんなクレアに、クリスティーナがきょとんとした顔をして首を捻る。
「簡単に決めてませんよ? ただ……あんまり今のこの寮の状況が良い住環境とは言えないと思いまして……」
「……うぐぅ」
まあ、仰る通りである。クレア自身は気付いていなかったが、それでも陰口叩かれながら生活するのはあんまり宜しくはないだろう。
「……っていうか、なんで私が悪口言われているの知っているんですか、クリスちゃん? 言われてる張本人の私ですら気付かなったのに……」
クレアの言葉に、クリスティーナはにっこり笑って。
「――企業秘密です」
語尾にハートマークを飛ばしそうな勢いでウインクをしながら、人差し指を口元に当てるクリスティーナ。そんなクリスティーナを見て、『王族、こえぇ……』とクレアが思っていたりするのだが……種を明かせば、クリスティーナの侍女たちの尽力の賜物である。侍女さん達、この大好きなお姫様に出来た初めてのお友達の為に、使える権力やらなんやかんや使って調べるだけ調べたのである。僅か数日で……と、思うかも知れないだろうが、覚えているだろうか? クリスティーナの御遊学に付き従う為に、熾烈な選抜レースを勝ち抜いた強者たちなのだ。面構えが違う。
「……にしても……私が腹が立ったからって……え? クララちゃんもですか?」
「はい」
にこやかな笑みを浮かべるディアに、クレアが盛大なため息を吐いて見せる。そんなクレアに可笑しそうに笑みを浮かべ、ディアは言葉を継ぐ。
「ですが……逆に聞きます、クレアちゃん。私たちが、貴方の現状を可哀想と思って……『同情』して、あのような行為をしたとしたら、どう思いますか? 嬉しい――のは嬉しいかも知れませんが……」
「……まあ、あんまり気持ちよくないかも知れないですね」
クレアとてプライドはある。友達と思っている二人に、『庇護』されるだけでは、それは『友達』とは言えないだろう。
「そもそもクレアちゃん、あまり今の状況を気にしていないでしょう?」
「んなことは無いですよ? 出来ればもうちょっとオハナシとか出来れば良いかなとは思いますよ。まあ……そんなに不便はしてませんけど。前も言った通り、共同生活だし、良い事ばっかりじゃないのかなとも思いますし」
「でしょう? だからこれは」
単純に我儘です、と。
「……貴方が、私の、私たちの友人である貴方が、決して良好な生活を送っていない。貴方が馬鹿にされている。それが、『友人』として、許せなかったのですよ。私も、クリスも」
ディアの言葉に、クレアが息を呑む。やがて、その呑んでいた息をゆるゆると吐きだす。
「……ありがとう、ございます」
「あら? 私の、私たちの我儘ですよ? お礼を言われる筋はありませんよ?」
「……それでもですよ。ありがとうございます」
「まあ、クレアちゃんがそう言うなら、受け取っておきましょう。はい、どういたしまして」
そう言ってにこやかに笑うディアに、クレアも苦笑を浮かべながら大きなため息を吐く。
「でも……暮らしにくくはなるでしょうね~。どうしましょう? 本当にクリスちゃんの用意したお家に御厄介になりましょうか? じゃないと私、今以上に――」
「まあ、大丈夫でしょう」
「――腫れ物……大丈夫?」
ええ、とディアは頷き。
「先程『私の為』と言っていたアリーシャ様……というより、リースマン伯爵家ですかね? リースマン伯爵は我が家に喧嘩を売る危険性を充分承知していますから。私が後ろ盾だと分かった以上、下手な真似はしないと思いますが……」
そう言って、少しだけ申し訳無さそうに下を向き上目遣いをして見せるディア。
「そ、その、これはクレアちゃんのプライドを傷つけるかもしれませんが……で、でも、私も許せなかったのです! だ、だから、私の、我が家の後ろ盾があると知れば――」
「ああ、それはどっちでも良いんですけど……ちょっと聞きたいことがあるんですが」
「――無茶な……聞きたいこと? なんです?」
首を捻るディアに、クレアも同様に首を捻り。
「……なんでアリーシャ様の家名と爵位、知っているんです? さっき、『アンタ、誰?』とか言ってませんでしたっけ?」
そんなクレアに、きょとんとした顔を見せた後、面白そうに笑って。
「――高位貴族の名前と顔くらい、把握するのは王都の貴族の礼儀みたいなものですよ、クレアちゃん。知らないふりをしたのは」
その方が、ダメージ大きいでしょう? と。
「貴族の嗜みですよ。高位貴族から、『貴方なんか認識すらしてませんよ?』と言われると、相手は傷付きますからね~。悪くない手です」
ディアの言葉に、『うんうん』と頷くクリスティーナの二人に視線を行ったり来たりさせて、ポツリとクレアは。
「……こえぇ……」
愉しそうに笑って煽り性能高い事言っているディアと頷いているクリスティーナに、もう一度クレアは体を震わせた。




