第百三十四話 絨毯爆撃!
クリスティーナの言葉に、ざわざわとしていた玄関がピタッとその音を止める。その落差に、面白そうにクリスティーナが嗤った。
「――あらあら? どうされたのですか、皆さん? なんでしたか? 調子に乗っている、でしたか? クレアちゃんが調子に乗っているのですか? あははは! 面白い冗談ですね?」
ぐるりと首を回して。
「――私からお願いしたんですよ? クレアちゃんに『あだ名』を付けて下さいって。クレアちゃんは私のお願いに応えてくれて、素敵なあだ名を付けて下さったのに……折角、お友達になったのに」
口の端を釣り上げて。
「――これでクレアちゃんが私の事を、『クリスちゃん』と呼んでくれなくなったら、どう責任を取ってくれるのですか? ねえ……貴方?」
視線の先を一人の女子生徒に固定。笑っているのに、否、嗤っているからこそ、目が哂っていないクリスティーナのその視線に、不幸にも生贄にされたその女生徒は『ひぅ』と声にならない声を喉から漏らした。
「先ほどの『調子に乗っている』という発言は、貴方が言ったのですか?」
「い、言っていません!! 私は何も言っていないです!! 私は――」
「あら? でも、脱衣所でクレアちゃんの悪口を言っていたんですよね? なんでしたっけ……ああ、『クラウディア様からエドワード殿下を略奪するなんて、お里が知れる』……でしたっけ? しかも楽しそうに……全く、お里が知れるのはどちらでしょうか?」
「――っ!? な、なんで――」
「ああ、そういえば彼女の隣の貴方、貴方は談話室でクレアちゃんが入って来たら直ぐに出て行ったらしいですね? まあ……クレアちゃんのせいでは無いですが、確かにクレアちゃんとどう接して良いか分からないのは分かりますが……でもね? くすくす笑いながら、『あんな子と一緒だったら、息が詰まりますわ。本当に、はしたない』と捨て台詞を残して出ていくのはどうかと思いますが? そもそも、面と向かって相手を叩けないなら……ああ、そうですね。面と向かって言う度胸も無いから、陰口っていう『はしたない』行為をするんですよね? それなら仕方無いですね~」
そう言って、クスクスと笑って視線をクレアに向けるクリスティーナ。そんなクリスティーナの視線を受け、クレアは呆然とした表情で。
「…………え? 私、寮でそんなボロクソに言われてたんです!? いや、無視はされてましたし、悪評くらいはしゃーないかって思ってたんですけど、流石にボロクソ過ぎませんかねぇ!?」
後、驚愕。残念ながらクレア、自身に向けられる悪評にそこまで興味がある訳ではないのである。というか、『楽しい寮生活』なんて完全に諦めているものだから、寮生の言葉なんて全く気にしていなかったのである。クレアは、であるが。
「……寮生活、やりにくくなるんですが……!」
別に自分の悪評が広がるのは今更諦めてはいる。いるがしかし、流石に寮生の陰口を真正面から聞いたら、クレアだってあんまり面白くはないのである。憮然とした表情を浮かべるクレアに、クリスティーナが苦笑を浮かべて見せる。
「あらあら、ごめんなさい。でもね、クレアちゃん? どうせ今更でしょう? この後皆さんが、『クレア様、仲良くしましょう!』と言ってきて、貴方は心の底から皆様と友好な関係を築けると思っているのですか?」
「……いえ、そんな夢想はしていませんが。でも、もしかしたら、此処から良好な関係が――」
「幻想です」
「――……築ける、かも?」
「間違えました、妄想です」
「…………ア、ハイ」
「ともかく、どうせ仲良く出来る訳なんて無いんですよ。なら、クレアちゃんが少しでも暮らしやすくなるようにした方が……『膿』は全部出してしまった方が、良いかと思いまして。なに、本当に暮らしにくくなったなら、寮を出て私とシェアハウスでもしましょう? 私は王女ですし、ルディと過ごすために王城滞在を希望しましたが……まあ、それぐらいのお金はありますので。勿論、お金を払って下さいと言いませんが……それは、クレアちゃんが気にしますね? 寮費と同じだけの金銭で良いですよ」
「なんか急展開になっているんですけど!? しぇ、シェアハウス!?」
「私、ちょっと憧れてたんですよね~。お友達と一緒にお泊り会とかして見たかったんです! クレアちゃんと一緒に暮らしたら、毎日お泊り会じゃないですか!! パジャマパーティー、しましょうよ!!」
本当に楽しそうにそう言って笑った後、クリスティーナは再び視線を寮生に向ける。口元には薄ら笑いを浮かべて。
「――ああ、その為にはクレアちゃんが過ごしにくくなった方が良いんですよね? いい機会ですし、徹底的にやっちゃいましょうか? そもそも、私も腹立たしいと思っていたんですよね? 私の大事なお友達であるクレアちゃんが、謂われない迫害を受けるのが。そうですね。それじゃ、そこの……ああ、そうそう、赤毛の貴方。貴方は――クララ? なんですか、この手は」
愉しそうに喋りかけたクリスティーナが、不満そうに自身の肩に視線をやった後、そこに手を置くディアを睨む。そんなクリスティーナの視線に、ディアはため息を吐く。
「……やり過ぎです、クララ」
ディアの言葉に、玄関前の空間に弛緩した空気が流れる。なまじ、先程まで断罪一直線のムードだった為、ディアのこの言葉は非常に大きな安心感をもたらして。
「……へぇ。意外ですね、クララ。貴方、博愛精神とかあったのですか? 好きな物以外はどうでも良いと思っていたんですが?」
睨みつける様なクリスティーナの視線。その視線を受け、ディアはため息を一つ。
「博愛精神? そんなもの、ある訳無いでしょう。まあ、誰彼構わず不幸になれとは言いませんし、世界平和を願う程度の理性はありますが」
一息。
「――私だって、自身の『大事な人』を馬鹿にされて黙っているほど、理性的な人間では無いんですよ?」
「……ああ、自分の分も残しておけという事ですか?」
クリスティーナの言葉に、素晴らしい笑顔を浮かべて。
「――その通りです。よくわかっているじゃないですか、クリス。流石、幼馴染ですね? だから、クリス? ちょっと黙っててください。これからは――」
――私のターンです、と。
寮生の顔が一様に絶望に染まったのは、言うまでも無いだろう。




