第百三十三話 襲来、オトモダチ!
窓の下からにこやかに手を振るクリスティーナの姿を視認した後のクレアの行動は早かった。蹴破る様に扉を押し開けると、二階の自室から階段を駆け下りる。
「く、クリスちゃん!? クララちゃんも、一体どうしたんですか、こんな所で!?」
玄関で遠巻きにディアとクリスティーナを見守っていた先輩、同級生の中から『ざわっ』という音が聴こえてくる。なんといってもこの国で一番の大貴族であるメルウェーズ家の令嬢と、他国とは言え本物のプリンセスである二人を『愛称呼び』なのだ。そら、こんな感じにもなる。
「ほら、折角の休日でしょう? 少し、クレアちゃんと遊ぼうかと思いまして。クララも入れて三人でどうでしょうか?」
にこっと笑ってそういうクリスティーナに、クレア、開いた口が塞がらない。
「いえ……遊ぶって……ま、まあ問題は無いんですが……その……」
ちらっと視線をディアに向けるクレア。そんなクレアに、小さくため息と、そして諦観の念を込めた笑顔を浮かべてディアは微笑んでみせる。
「……私はクレアちゃんの御迷惑になると止めたのですが……」
「なにを言っているのですか、クララ。貴方だって止めてたの最初だけじゃないですか。ずっとそわそわしてた癖に、いざ寮の前に来ると『スン』とした表情をして見せて……なんていうか、あざといっていうか……」
呆れた様なクリスティーナの視線を受け、ディアは慌てて左右に手をわちゃわちゃと振って見せる。
「そ、それは言わない約束じゃないですか、クリス!! ち、違うんです、クレアちゃん!! あ、ち、違わないんですけど……その、ちょっと……だ、だいぶ楽しみにしてましたけど!! し、仕方ないじゃないですか!! ど、同年代の友達と遊ぶなんて……は、初めてなんですから!!」
頬を真っ赤に染めてそういうディア。その姿に『あー……かわええな~』みたいな的外れの感想を抱きながら――それでもクレアは首を傾げる。
「……でも、クリスちゃんとクララちゃんって幼馴染じゃなかったですかね? それなら、二人で遊んだりとかは……」
「……」
「……」
「……え? なんです、その間。私、なんか不味い事言いました?」
気まずそうに視線を逸らす二人に、思わず『やべーこと聞いたか!?』と思うクレア。そんなクレアに、クリスティーナが苦笑を浮かべて首を左右に振って見せる。
「あー……いえ、クレアちゃん。そんな事は無いですよ? 確かに私たちは幼馴染ですし、お友達と言えばお友達なのでしょうが……」
「どちらかと言えば『オトモダチ』な印象が強いですからね、私たちの場合。まあ、仲が悪い訳でも無いですし……今は『仲間』とも言えるとは思っていますが……」
「お互い、どうしても『立場』がありますので。友人付き合いはしていきたいと思っていますが……」
断っておくが、二人の仲は決して悪くない。悪くはないがしかし、他国で、しかも王妃候補と王女様なのである。国同士の関係もあり、やっぱりどうしたって胸襟を開いて――まあ、『ルディファンクラブ』では胸襟どころか腹の内まで見せていたのではあるが……ともかく、中々『ただの仲良し』とは成れないのだ。
「……ほへぇ……やっぱり公爵令嬢とお姫様なら大変ですね~」
そんな間の抜けた感想を述べるクレアを、クリスティーナは優しい視線で見守る。
「……だから、感謝していますよ、クレアちゃん?」
「はい? か、感謝? 私、クリスちゃんに感謝される事、しましたかね?」
クリスティーナとディアの立場は違う。片や王女、片や王妃候補だ。
「――貴方のお陰で、私はもっとクララと仲良く出来そうです」
否、立場が『違った』のだ。確かに昔は敵対こそしないも、潜在的には完全な味方になり得ない『国同士』の両トップという地位だったかもしれないが、今は、どうだ? クレアの出現により、ディアの婚約話はご破算、ルディと結婚の目が出てきている。という事は、つまり。
「……本当に、ありがとうございます」
アインツに宣言した通り、ルディと自身の婚姻がなれば、クリスティーナはラージナルの女として、ラージナルに骨を埋める気満々なのだ。そして、それはディアにしたって同じこと。同じ男を愛し、同じ男の妻とならんとする二人だ。協力するのは吝かでは無いし……多少の衝突があるのは想定内ではあるが、絶対に破綻はしないと胸を張って言える程度の信頼はお互いにある。皆仲良くが大好きなルディの事だ、二人が喧嘩するより、二人が――三人だが、三人が仲良くしている方が嬉しいに決まっているのだから。
「わ、私がなにかしたか分かりませんですけど、お、お礼は受け取ります!! 受け取りますから、そんな頭を下げないでください、クリスちゃん!!」
丁寧に腰を折るクリスティーナの姿に、慌ててクレアが駆け寄ってその頭を上げさせる。
「……私が何をしたのか分かりませんけど……でも、それがクリスちゃんの為になったのなら良かったです!! お礼をされる覚えが無いのがなんとも言えませんが……」
「まあ、正確にはクレアちゃんが何かをしたわけではないのですけど……ともかく、クレアちゃんのお陰で私たちは楽しく暮らせて行けそうなので」
そう言って、笑顔を浮かべるクリスティーナ。そんなクリスティーナの言葉に、クレアも笑顔を浮かべかけて。
「…………調子に乗っておられるのかしら? 『クリスちゃん』など……無礼な」
その顔が『ひくっ』と引き攣る。そんなクレアの表情の変化にも、クリスティーナは相変わらず笑顔を浮かべたままで。
「――――なので、そんな恩人のクレアちゃんの生活環境があまり良くないのは……如何なものかと思いまして。ちょっと『遊び』に来てみました」
笑ってない目で、怖い事を言いだした。




