第百三十二話 突撃! 隣のクレアさん!!
エルマーとクラウスが二人で話をしていた丁度その頃、クレアは自室でぼーっとしながら手紙を読んでいた。差出人はレークス領に住んでいるリーナだ。
「……ほうほう! ついにジム、リーナに告白をしましたか!! いや~、長かったですね~。やれば出来るじゃないですか、ジム!!」
リーナの手紙に、クレアはにこやかな、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべて見せる。この、少しだけ年上の幼馴染二人は、お互いに好き合っている癖にどちらも奥手の為に中々進展しなかったのだ。そんなちょっと情けない兄、姉の様な二人の恋の成就は、ずっとヤキモキさせられて来たクレア的には我がことの様に嬉しい。
「……『全てクレアお嬢様のお陰です。聞きました、ジムにアドバイスして下さったって』って……え、えへへ~。ま、まあ? ジムが頑張った結果ですしね~。私のアドバイスも役に立ったかもしれませんが……う、うん! でも、やっぱり私のアドバイスのお陰ですよね!! どうしましょう、これから私、レークス領で恋のキューピッドって呼ばれちゃうかも知れません……!!」
……すぐ調子に乗る。だがまあ、今回はクレアの貢献は中々大きいのだ。多少、調子に乗るぐらいは大目に見てあげて欲しい。それくらい……まあ、ジムとリーナは進展しなかったのだから。
「……それにしてもジムとリーナ、ですか……結婚式、楽しみですね~。綺麗だろうな、リーナ!」
普通の貴族領では考えられない事ではあるが、殆ど村長の親玉程度の規模のレークス領では、領主であるレークス男爵自らが、自身の領民の結婚式に招待される事が往々にしてある。宮廷貴族とは違い、諸侯貴族の多くは土豪の親玉みたいな人物が、そのまま王家から爵位を賜り、統治の正当性を得た事が多い事が遠因にあるからだ。『領民』と言えど何代か遡ればその貴族の家で仕えていた家人であったりするパターンが多いからである。まあ、その中でも最小クラスに小さいレークス領であるから、というのも多分にあるが。
「ジムとリーナ……」
手紙を胸に抱き、クレアは瞳をそっと閉じる。何時でもガキ大将のジムと、そんなジムをフォローしながら年少者の面倒見ていたリーナ。お似合いの二人の姿が瞼の裏に浮かぶ。
「……本当に良かったですね、二人とも」
クレアの中に一抹の寂しさと――不安が訪れる。これは勿論、ジムとリーナが結婚したことにより、なんだか少しだけ遠くに行ったと感じたから、ではない。単純に、幼いころから面倒を見てくれて、領地の中で最も仲の良かった男の子――『嫁の貰い手無かったら、俺の所に来るか?』と言ってくれたジムが初恋の男の子だったから。
「…………どうしましょう」
ジムが初恋の男の子だったからでは、ない。いや、まあ小さい時から面倒を見てくれた、自分よりちょっと年上の、頼りがいのある男の子。憧れ以上の、『いいな』と思った事が無いとはクレアも言わない。言わないがしかし、明らかにリーナに意識をチラチラ向けていたジムと、こちらも明らかにジムを意識していたリーナを、マジで幼いころから見ているのである。そんな淡い憧れはすぐになくなったし、何なら応援までしていたのだから。だから、クレアが何を考えているかというと。
「……私、婿取りとか出来るんでしょうか……?」
これだ。アレである。周りが幸せになったら祝福はするんだけど、それはそれとして自分が独り身であることに一抹の寂しさと不安を覚える、あの感情である。結婚式に行って盛大にお祝いをした後、引き出物を持って一人暮らしの自分のマンションの部屋の鍵を開けた時、なんか物凄く物悲しくなっちゃう、例のアレだ。
「い、いや、まだ大丈夫!! まだまだ、私は負けてませんよ! きっとここから、素敵な王子様とかが私を救い出してくれるはず――ああ! だ、ダメです!! 手紙、握りつぶしちゃいましたぁ!?」
ぐぐぐっと手を握った表紙に折角の手紙に皺がよる。慌ててそれを両手で丁寧に伸ばしていると、『ジムが王都に修行に出るって行ってますので、お嬢様も仲良くしてやって下さい』という文面が視線に入った。
「……これは」
目から脳に抜ける情報に、クレアはしばしの間考え込むようにその文面を見つめ、はっと何かに気付いたかのように頭を左右に振る。
「だ、ダメですよ、クレア! 流石に私にもプライドって云うものがあります!! それはやっちゃダメな奴です!!」
……別に『ジムが独りでこっちに来る……そうだ! ねと――』とかクレアは思った訳では無い事は、クレアの名誉のために補足しておく。クレアが思ったのは。
「――誰か男の子紹介してくださいとか言ったら……絶対にジムに馬鹿にされます……!!」
学園の中でのクレアの婿取りは成功しないだろう事はクレアも薄々感づいている。だから、外部に目を向けるというのはあながち間違った判断ではないのだが……流石に、兄同様に懐いていた幼馴染に『男の子、紹介してくださいよ~』とはクレアも中々言い辛い。クレアにもプライドがあるのだ。
……ちなみにだが、小さいとは云えどもクレアは一応貴族令嬢であり、幾らなんでもジムの友人の『平民』との結婚は現実的に中々難しいのであるが……その常識がまるっと抜け落ちているあたり、クレアも相当追いつめられているのである。そこまで考えて、はぁと小さくため息を吐いた所で、寮の玄関が騒がしい事にクレアは気付いた。
「? なんか玄関が騒がしい気がしますが……?」
基本、おとなしい貴族令嬢が暮らしているこの学園寮で、こんなに騒がしくなることは――クレアが知る限り、クレアがお風呂場から出て来た時に、脱衣所で談笑していた淑女が悲鳴を上げて逃げ惑った時くらいしか記憶にない。首を傾げながら窓の外から玄関を覗くと。
「――あ! クレアちゃん! 遊びに来させていただきました! お部屋に上がらせて頂いても良いですかぁ!」
「…………へ?」
眼下でにこやかな笑みを浮かべるクリスティーナと、なんだかちょっとだけ疲れた表情を浮かべるディアの姿があった。




