第百三十一話 クラウスの思い
「…………は?」
クラウスの言葉に本日二度目の鳩鉄砲顔を浮かべるエルマー。が、それも一瞬、捲し立てる様に口角に泡を飛ばす。
「な、何を言っている!! クラウス、お前は近衛騎士になるために努力をしていたのではないのか!? あの、クレイジーとしか言えない鍛錬は、その為にしていたのではないのか!? なんだ!? お前、もしかして被虐趣味でもあるのか!?」
「あー……まあ、近衛騎士……というより、軍人やアスリートみたいな『体がなんぼ』の職業なんて、ある程度ドMじゃねーと出来ねー職業ではあるかもしんねーけど……そういう意味じゃなくて」
苦笑を浮かべながら、クラウスは少しだけ照れくさそうに頬を掻く。
「その……なんだ? 俺、この国が結構好きなんだよな」
「……それは俺もだ」
「なにがあったからってワケじゃねーよ? ワケじゃねーけど……ルディが居て、エディが居て、アインツが居て……クラウディアもそうだし、お前もだ。家族もそうだしな。そういう……何て言うのかな? そいつら、守ってやりてーなって」
「……」
「まあ、これは俺の家が軍人の家系だからってのもあるんだろうけどよ? 国防意識っつうか……そういうのが人一倍強いのかもしれねーけどよ?」
「……なるほど、そういう事か」
クラウスの言葉に、エルマーは納得した様に頷く。そんなエルマーに、クラウスが笑いかけた。
「分かるか?」
「要は、お前が『近衛騎士』になるためにしてきた努力というのは目的ではなく、手段だという話だろう?」
「ああ、そんな感じ。国を守りたいから近衛騎士になりたかっただけで、別に国を守れるんなら近衛騎士である必要はない、って感じかな?」
そう言って笑みを強くして。
「近衛騎士って言うのは国王陛下や王族に侍る存在だろ? だからなんつうか……守れる『量』って言ったらいいのか? 守れる量は少ないだろう?」
「その通りだな」
近くで衛るから『近衛』なのだ。王のそばにいない近衛など、もはや近衛でもなんでもない。
「名前こそ第二近衛みたいになっているけど、別にルディかエディの側に居る必要も無さそうだろう? 新兵器の開発をして、運用するなんて」
「そうだな。確かにお前の言う通り、ルディやエディの側に居る必要はない」
「それに……やっぱりあるんだよな。近衛騎士は騎士っつうくらいだからやっぱ、剣を持って戦う事になるだろう? でもな~。やっぱ剣一本じゃ守れる量にも限界があるし。その点、お前の作った……」
「蒸気機関か? 俺が単独で作ったわけじゃないが」
「その辺はどっちでも良いよ。お前にとっては重要かもしれねーけど、俺にはあんまり関係ないからな。ともかく、その蒸気機関ってのを……そうだな、馬車かなんかにくっつけて走れば、とんでもなく速いスピードで、とんでもなく沢山の人間を乗せて、とんでもなく遠くまで行ける様になるんだろう?」
「理論上はそうだな」
「それ、ものすげーぞ? 戦場の常識が一発でひっくり返るぞ?」
「……そんなものなのか?」
いまいちピンと来ていないエルマーに、クラウスは大真面目で頷いて見せる。
「ああ。数は力だからな。幾ら個人の武勇が凄かったとしても……一人の英雄よりも、一万人の凡夫の方が強いのが戦場ってもんだ。幾ら強い人間でも、運が悪けりゃ簡単に死んじまうしな。分かるか? 駿馬は一人の英雄を戦場に送るだろうが、蒸気機関は万の凡夫を戦場に送ることが出来るんだ」
クラウスの言葉に、エルマーが少しだけイヤそうな顔を浮かべる。
「……万もいる凡夫なら、一人や二人減っても問題ない、か?」
「そうは言ってねーけど……」
エルマーの言葉に苦笑を浮かべ、その後真面目な表情を浮かべて見せた。
「……ただまあ、お前に嫌われる事も承知で言うけどよ? 軍人の、それも上の方となるとある程度『数字』で見る必要もある。戦死の数が、相手より少なければ勝ちな所もあるしな、戦争って」
まあ、戦闘目標にもよるけどよ、と補足を入れて。
「……だからこそ、お前の考えた『飛行機』は凄い。そんなの、軍事の常識がひっくり返るどころの話じゃねーよ。それはもう」
――『革命』だ、と。
「……革命、ね」
「んだよ? 不満か?」
「貴族など体制側の人間だろう? そんな貴族令息である俺が革命家とは皮肉な話だな、とな」
「なに言ってんだよ。これは『イイ』革命だ。なんせ、空だぞ、空? どんな武器だって、空飛んでるもんに攻撃なんて出来ねーんだぞ? 偵察だって攻撃だってやりたい放題だ。それはつまり、仲間の、ラージナルの民を守る事が出来るって事だぞ?」
「……そういう考え方もあるか」
「そう! だからな、エルマー?」
お前は、イイ革命家で、最高の発明家だな! と無邪気に笑うクラフトの言葉にエルマーも笑顔を返して。
――彼らはまだ知らないのだ。この『飛行機』という『兵器』が、果たして戦場にどの様な革命を齎し、そしてその結果がどういう事になるのかを。




