第百三十話 盛大な、勘違い
ニコニコ笑顔でそういうクラウスに、エルマーは少しだけ呆気にとられた顔をして見せる。そんなエルマーの表情に『ん?』と言いたげな表情を浮かべたクラウスはそのまま口を開いた。
「どうした? んな鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔して」
「あ、ああ。すまない、そんな顔をしてたか? いや……その……少しばかり意外で」
「意外? なにが? ああ、あれか? 俺が飛行機とか……ともかく、そういう開発とか発明に興味がねーと思ったのか?」
「それも、まあ……あるが……」
少しだけ、言い淀む。こんな事を言っても良いのか、そう思いながら、それでもエルマーは言葉を続ける。
「……言い方は悪いが、これでお前は『本流』から外れたという事だぞ? それに関して思う事はないのか、とな」
今度はクラウスの番。先程のエルマー同様、鳩鉄砲の顔になるクラウスに、『ああ、俺もこんな顔をしていたのか』とトンチンカンな感想を抱くエルマー。そんなエルマーに少しばかり冷静さを取り戻したか、クラウスが苦笑を浮かべて見せる。
「……何がおかしい?」
「いや……まさか、おめーからそんな事聞くとはな。そういうの興味ねーのかと思ってたからさ」
「俺自身は興味ない。正直、家だって継がなくて良いなら継がない方が良いからな。ずっと研究と発明が出来ればそれで構わん」
「泣くぞ、お前の父上」
「知っているから、言わない。まあ、俺の話は良い。それよりもお前の話だ。さっき言った通り、俺は発明と研究が出来れば問題ない。逆を言えば、幾ら家の為とはいえ、それが出来ない生活なんてまっぴら御免だ。分かるか?」
「まあ……なんとなくは、分かるかな」
首を捻りながらそういうクラウスに、エルマーは小さくため息を吐く。
「……お前が、その……なんだ。近衛騎士になるために、必死に体を鍛えていたのは知っている。正直、俺を付き合わせるなとは思ったが……それでも、お前が必死に『近衛騎士』たらんとしていた事は知っている」
「……」
「だから……その、なんだ? お前のその『鍛錬』は俺にとっての『研究』や『発明』と同義というか……それを奪われて、悔しくないのか、とな」
エルマーにとっての『研究』と『発明』が生き甲斐であるのであれば、クラウスにとって近衛騎士として積んで来た鍛錬はまさしく生き甲斐であろう。
「……無論、体力が要らないとはいらないし、剣技もないよりはあった方が良いだろう。だがな? 俺がこれから開発する『飛行機』には……」
少しだけ、言い淀み。
「――そこまでの武は必要ないんだ」
言ってみればこれは、今までのクラウスのしている事の否定だ。当たり前と言えば当たり前、アスリートとパイロットでは求められる素質や才能は違うに決まっている。前者が今までクラウスの求めて来た道であり、それであるのであれば、この『左遷』ははっきり言ってクラウスにとっては生き甲斐を奪われた様なものであると、エルマーはそう思っているのだ。そんなエルマーの言葉に、クラウスはきょとんとした顔をして見せる。それは別に、エルマーの言っている意味が分からないから、ではなく。
「……なに? お前、俺の心配してくれてんのか?」
「……どういう意味だ?」
「いや……俺、てっきりお前には嫌われていると思っていたから……まさか、そんな優しい言葉を掛けて貰えるとは思って無くて……うわ、俺、ちょっと感動してるかも」
ニマニマと笑顔を――揶揄っているのではなく、本当に嬉しそうなクラウスにエルマーは盛大にため息を吐く。
「……嫌われていると思っている相手に、あんな絡み方はするな、鬱陶しい。まあ……俺は別にお前の事を嫌いだと思っている訳ではない。まあ、苦手だとは思っているが」
「いや、それ嫌いなヤツじゃね?」
「いいや。お前のその、鍛錬に対して一本真剣に励む姿は好ましいとは思っている。方向性は真逆だが、俺のしている事に近いと思っている」
発明と鍛錬。方向性は違えど、『何かに真剣に打ち込んでいる』姿勢は等しい。だからこそ、声が大きく無理矢理走らせようとするクラウスの事は苦手であるが、それでも嫌いではないのだ。そういう意味では次期宰相足らんと努力を続けるアインツの事だって、兄に追いつけ追い越せとやってきてついに兄を追い抜いたエディの事だって好意的にとらえているのだ、エルマーは。ただ、壊滅的に陰キャの素養が大きすぎて仲良くは出来ないだけである。
「……だからこそ、勿体ないとも思うし……本当に国家の事を考えるのであれば、ルディやエディと近しいお前が近衛に残った方が良いとも、そう思う。お前の兄上の事はそこまで詳しくは知らんが……お前程、ルディやエディと良好な関係を築けるとは思えんしな」
「まあ……俺ら、幼馴染だしな。そこそこ仲は良いと思っているし」
「だろう? ならば、どうだ? もしお前が望むのであれば、俺から父上に話をしても良いぞ? 巧く行くかどうかの保証は出来かねるが、それでもなにもしないよりは――」
「ストップ」
言い募るエルマーをクラウスは手で制して。
「お前の言ってるくれてることは嬉しいんだけど……」
そう言って、クラウスはニカっと笑って。
「――俺、別にどーしても近衛に居たいってワケじゃねーんだわ。わりぃな、エルマー」




