第百二十五話 クリスの怒号と、ディアの涙。時々、メアリの毒舌
「こ……の……ポンコツ公爵令嬢が!!」
主不在のメアリの部屋にて、クリスティーナの怒号が響く。そんなクリスティーナに怒号が言わせることになった当の本人ディアは、その怒号に体をびくっと震わせながら、涙目上目遣いでクリスティーナを見つめる。
「だ、だってぇ……」
「なにが『だってぇ』ですか! そもそもそんな舌足らずな喋り方をしない!! 貴方、自分の顔を鏡で見た事ありますか!? 悪魔と勝負しても勝ちそうな底意地の悪い顔をしている癖に、何を可愛い子ぶってるんですか! 脳が腐ります!! はーん!?」
一応、断っておくが別にディアは底意地の悪い顔をしている訳ではない。底意地が悪いのはエディに対する辛辣な態度だけだ。ディアの顔は整っているし、目はちょっと釣り目に近いから『可愛い』よりは『綺麗』に分類される、くーるびゅーてぃーさんなのだ。
「う、ううう……そんなにイジメなくてもいいじゃないですか、クリス」
「イジメてません!! これは正当な怒りです!! そもそも貴方ね!? なんですか!ルブロションドサヴォワとか、ルーローハンとか、ルーテフィスクって!! どっから出て来たんですか、それ!! 私、逆にちょっと感動しちゃったんですけど!? よくもまあ、『ル』の付く食べ物あれだけ出てきましたね!!」
「……ルディの事を考えていたら、今度は『ル』の付く言葉に興味を持ち……街中で『ル』を見かける度に、ルディの事を思い出し……気が付いたら」
「怖いっ!! 流石に私もそこまでじゃないですよ!? 見て下さいよ、これ!! 鳥肌立ったじゃないですか!!」
レベルの高いヤンのデレである、ディア。ある意味、才能の一種とも言えなくもないが。
「……ともかく!! 流石にアレではルディの関心も引けないでしょう……もう少し、作戦を練らなければなりません……ああ、もう!! 本当に面倒くさいですね、貴方は!!」
額を抑えながら、『やれやれ』と言わんばかりに頭を左右に振るクリスティーナ。そんなクリスティーナに、身を縮こまらせていたディアがおそるおそる声を掛ける。
「そ、その……く、クリス?」
「なんですか!! 今、私は忙しいんです!! 他ならぬ貴方の尻拭いでね!!」
「ひぅ!! そ、その……」
ごめんなさい、と。
「……ご、ごめいわくおかけして……ひくぅ……ご、ごめんばざい……わ、わだしが……な、なざけなぐでぇ……ご、ごめんばざい……」
「……クラウディア」
顔を両手で覆って、地べたにぺたんと女の子座りをしてしゃくり上げるディア。そんなディアの姿に、少しだけ息を詰まらせた後、苦笑を浮かべてクリスティーナはディアの隣に腰を降ろす。
「……ほら、泣かないの……『クララ』」
「……ぐりすぅ……ご、ごめ――」
「謝罪はもういいです。そうですね……貴方、ずっとルディの事が大好きだったんですものね。ごめんなさい、クララ。私も怒りすぎましたね」
ディアはずっと、ずっと、出逢った時からずっと、ルディの事が大好きだった。幼いころは『この人のお嫁さんになるんだ!』と期待に胸を膨らませ、長じてからはその弟のお嫁さんになると知った時の絶望、そして、それを受け入れた諦観、その後の婚約破棄と、目の前に現れた絶大な希望。感情はもう、ジェットコースターだ。
「ほ、本当にルディの事が大好きなんです……だ、大好きで、大好きで、やっと、やっと、ルディのお嫁さんになる事が出来るって、そう、そう思って……でも、こ、怖くて……る、るでぃに拒否されたら……『ディアの事なんて好きじゃないよ』なんて言われたら……」
「……そうですね。クララはずっとルディの事が大好きで……でも、それが絶対に手に入らないもので……今は、それが手元にあるのですものね。仕方ないかも知れませんね」
有るのが難しいから、有難いなのだ。元々手元になかったものが、手に入るかも知れないと感じる幸せと、それを失うかもしれない恐怖。その両方の感情に振り回されたディアのあの態度は……まあ、情状酌量の余地はある。
「……さあ、クララ? 泣くのは終いですよ? これからは未来の事を考えましょう!! 大丈夫! ちゃんと私も手伝ってあげますから!!」
「……宜しいのですか?」
涙を流しながらクリスティーナを見つめるディア。そんなディアの目元を優しく人差し指の腹で拭い、クリスティーナは殊更に笑顔を浮かべて見せる。
「何を言っているのです!! 私と貴方、それにメアリさんの三人でルディのお嫁さんになるって決めたじゃないですか!! さあ、泣きやんで? そんなぶちゃいくな顔ではルディに嫌われてしまいますよ!」
茶目っ気たっぷりにそういうクリスティーナに、きょとんとした表情を浮かべた後、ディアの表情に笑顔が浮かぶ。
「それは……イヤですね。ルディに嫌われたら生きていけません」
「そうでしょう? さあ、それなら早く泣き止んで――」
どーん、と。
メアリの部屋のドアが大きな音を立てて不意に、開けられる。そんな大きな音に、少しだけ驚いた表情を見せた後、その顔に呆れを浮かべさせてクリスティーナがため息を吐いた。
「……ノックをお願いします、メアリさん。貴方も淑女でしょう?」
「これは失礼。ですが、クリスティーナ様? 此処は私の自室ですが」
クリスティーナの苦言に、いつもの無表情でメアリはそう返して。
「……メアリさん? なんで貴方、そんなに笑顔なんですか?」
否。
メアリの顔には、何時になく大輪の笑顔の華が咲いていた。そんなメアリに訝し気に首を傾げるクリスティーナとディアに、笑顔をそのままでメアリは。
「――――朗報です、皆様。ルディ様、意外にチョロいです」
そんな事を、のたまった。




