第百二十四話 チョロインーーじゃなかった、チョーロー
「……なんだったの、結局?」
結論。ダメでした。
「…………ルディ様。それ以上は言わないで上げてください。クラウディア様も……頑張ったのです」
首を捻るルディに、そっと目を伏せながらメアリはそう応える。そう、やっぱりというか、想像通りというか、記すまでもないというか……結局、ディアの告白が成功することは無かった。
「ルブロションドサヴォワとか、ルーローハンとか、ルーテフィスクとか……ディアの好きな物はいっぱい教えて貰ったけど……なに? 僕に奢れってこと?」
「……そういう意味ではありませんよ、ルディ様。ただ……クラウディア様は告白したかったのでしょう」
「好きな物を?」
「……当たらずとも遠からずかと」
「そっか。でも、僕も幼馴染として長い付き合いだけど……知らなかったよ、ディアの好きな物。王城に来た時もなんでも食べてたし……まあ、ディアも公爵令嬢だしね」
貴族や王族は特に高位になればなるほど、『好き』や『嫌い』を顔に出す事は好ましいとされていない。礼儀な事も当然あるが。
「……ルディ様の一言で王城の料理人の首が飛びますからね。クラウディア様もルディ様程では無いにしろ、やはり影響力の強いお方ですから」
ルディの、或いはディアの不興をかった料理、なんて評判が付いたら料理人としては当然終わりだし、下手したら首が飛ぶのだ。社会的に、ではない。物理的にである。そういう環境から、ルディもディアも必要以上に自身の好みを出す事を厭う性格になっており。
「……だからこそ、というのもありますが」
「? なにが?」
「好意を素直に表せない、という事ですよ、ルディ様」
まあ、だからこそルディに対する好意を素直に出す事が出来ない、というのもある。勿論、性格的な事もあるが、理由の二パーセントくらいはこの、『好き嫌いを表に出す事を厭う』という、一種の教育からなっていたりするのだ。まあ、だからと言って情状酌量の余地は全くないが。二パーだし。
「まあ、僕たちはそうだからね。でも、そういう意味じゃ今日は実りがあったかもね。ディアの好きなもの、いっぱい知れたし。今度食べに行こうかな? ルブロションドサヴォワとか、ルーテフィスクは初めて聞いたし、ちょっと興味も沸いてきたよ。ディアも喜ぶだろうし」
「……流石にそれは死体蹴りでは?」
「死体蹴り? なんの話?」
「いえ……なんでも」
『ほら、ディア! ディアの好きな物、沢山集めたよ!!』なんてルディ様に振舞われたら、クラウディア様はきっと泣いちゃうんじゃないだろうか、とメアリは思う。流石に死体蹴りが酷いし……ルディにその認識が無いのも問題である。ただただディアが情けないだけの話だし。
「それにしても……ディアも博識だよね~。辛うじてルーローハンくらいは聞いた事あったけど……ルッセカットもルブロションドサヴォワもルーテフィスクも聞いたこと無かったしさ」
「……そうですね」
「にしても……よく考えたらディアの好きなものって全部『ル』から始まるんだね? あれかな? 『ル』の付くものが好きなのかな?」
「……くぅ……今此処に、クラウディア様が居れば……!」
ニアミス。非常に惜しいニアミスである。ルディにしては珍しく冴えている思考であるが、当のルディはそんな自分の思考を簡単に笑い飛ばす。
「なーんてね。流石に『ル』が付く食べ物が好きとかないか。どんな縛りプレイだよって話だし」
「……そうですね。そんな事、ある筈がありませんよ」
別にディアは『ル』の付く食べ物が好きな訳では無いし、『ル』が付けば誰でも良い訳でも当然ない。そんな思考になりながら、ディアが少しだけ可哀想になって来たと、メアリは目を伏せる。
「……そうですね。そんなこと……ある筈が、ありませんよ」
同時、メアリはどうしようもなく悲しくなる。だって、ルディなのだ。ルドルフ・ラージナルなのだ。この、なんでもかんでも諦めた様な少年は、果たしてディアの、クラウディア・メルウェーズという一人の少女の好意を受けて、どういう反応をするのだろうか。
「……」
寒くも無いのに、体が震える感覚。もしかしたら、この少年は、一人の少女の真摯な思いを聞いても、なんの感情も動かさないのかも知れない。いつも通り、『ははは』と笑って、『ありがとう』と言って、それだけなのかも知れない。それが有り得るかも知れない『事実』と、そうであればそこから進むことの無いであろう自身の『未来』が。
「……怖い」
怖いのだ、メアリは。ルディが可哀想という気持ちも、ディアが可哀想という気持ちも勿論ある。あるがしかし、この少年の常を見ていると、自身の想いを受け入れてくれることはないのじゃないだろうかと、そう想像することが。
「……堪らなく、怖いです」
ルディに見られないよう、青くなった顔を下げるメアリ。背中を向けているルディには気付かれないだろうが、なんとか早く表情を戻そうとして。
「……でもさ? ちょっと『ドキ』っとしたんだよ」
「……はい?」
不意に耳朶を打ったルディの声に、慌ててメアリは顔を上げて。
「い、いやさ? こう……恥ずかしいけど、ディアがずっと真っ赤な顔でこっちを見ながら『る……るるるるる』って言ってたじゃん?」
視界におさまったのは、少しだけ、頬を赤く染めて照れくさそうに笑うルディの姿で。
「気持ち悪い話かもしれないけど……こう、なんていうのかな? ちょっとだけ、期待したというか……『ル』の後に『ディ』って続くのかも、とか考えるとちょっとドキッとしたよ。あはは。そんな事ある訳無いんだけど――ど、どうしたの、メアリ!? なんで涙流して腕を天に突き上げてるの!? なんかこないだも見たけど、その態勢!?」
腕を天に突き上げて、『私の生涯に一片の悔いはありません!!』と言わんばかりの表情を見せるメアリは、『これでまだ、戦える!!』と心の奥底で闘志を燃やした。




