第百二十三話 足して三で割って、丁度良い
「貴方は……何を言っているんですかっ!!」
王城の廊下にクリスティーナの絶叫が響く。その声量に、びくっと体を小さく震わした後、ディアは涙目上目遣いでクリスティーナを見やる。
「だ、だってぇ……」
普段は気が強く、釣り目がちで『怖い』とか、或いは『綺麗』などが似合うディアの、ある意味では『可愛い』その姿に、多くの男性は息を呑むだろう。なんというか、庇護欲をそそる顔だ。
「『だってぇ』ではありません!! なんですか、その情けない顔は!! シャキッとしなさいシャキッと!! あざとい!!」
が、残念ながらクリスティーナには通じない。同性という事もあるし……なにより、ヘタレたディアに怒り心頭なのである。なんだよ、ルッセカットって。
「……まあ、クリス。そんなに怒んなよ。想定内って言えば想定内だろ?」
あまりの剣幕を見せるクリスティーナに、クラウスが苦笑を浮かべながらカットに入る。そう、クラウスにとっては想定内の事なのだ。ディアがヘタレるのは。
「そうだな。クラウディアが素直にルディに愛の告白など出来る訳がないからな。そういう意味では充分想定の中だ。そんなに怒るな、クリス」
クラウスの言葉を引き継ぐようにアインツも口を開く。そんなアインツとクラウスに、クリスティーナは首を『ぐるん』と回して、ハイライトの籠っていない瞳で見つめる。
「……こえーよ」
端的に言って、物凄く怖い。そんなクラウスの苦言もどこ吹く風、クリスティーナは口を開く。
「何を言っているんですか、アインツもクラウスも!! 良いんですか、これで!! これじゃルディ、クラウディアの気持ちに気付かないですよ!? 気付かないどころか、なんか勘違いを加速させそうじゃないですか!? 由々しき事態ですよ、これは!!」
既に『クララ』なんて愛称は吹き飛んでいるクリスティーナ。儚い友情である。鬼気迫る顔を向けるそんなクリスティーナに、クラウスが小さくため息を吐いた。
「……まあ、このままじゃ流石にルディも困るだろうしな。っていうか、一番可哀想なの絶対アイツだろう? 急に部屋に幼馴染が押し寄せて来たと思ったら、なんかベッドに正座させられるし、クリスには責められるし、アインツには睨まれるし……終いには『好きなのはルッセカット』だもんな。愛の告白じゃなくて、好きな食べ物告白されても『は?』ではあるだろうよ」
流石にルディが可哀想になって来たクラウスが、視線をルディの部屋に向けて悲しそうな顔を浮かべて見せる。そんなクラウスの表情に、ディアは『うっ』と息を詰まらせた後、コホンと咳払いを一つ。
「あ、謝ります!! た、確かに私がヘタレ――い、意気地が無かったのは認めます!! で、ですが!! 流石に皆さんの前で、そ、その……こ、告白は恥ずかしいんですよ!! 分かりませんか、皆だって!!」
ド正論と言えばド正論な事を言うディア。まあ、確かに? 自分の告白シーンを仲の良い幼馴染に見られるのは、そこはかとなくこっぱずかしいのはこっぱずかしいだろう。だろうが。
「……何言ってんだよ、今更。お前がルディ大好きなのは全員知ってるだろうが」
「……言い訳としては最高に見苦しいぞ、クラウディア。クラウスでは無いが、今更感が半端無いんだが?」
「アインツとクラウスの言う通りです!! 恥ずかしいというなら、普段の貴方の言動の方が百倍恥ずかしいですよ!! このポンコツ公爵令嬢!!」
余りにも酷い。幼馴染の態度が、ではない。この言い訳でどうにかなると思っているディアの頭が、である。幼馴染からの一斉突っ込みに、ディアも気圧される。
「な、なんて酷い事を言うんですか!! 幼馴染でしょう!? 分かりませんか、私の気持ち!!」
「酷いのは貴方の頭です!! 何言ってるんですか、貴方は!! 良いですか? 自身の情けなさを人の責任に転嫁するなど、恥ずべき行為ですよ!! 恥を知りなさい、恥を!!」
「本当に酷い!? クリス、貴方ね!! そういう貴方はどうなんですか!? 言えるんですか! 本当に、言えるんですか!!」
涙目のままクリスティーナを睨みつけるディア。そんなディアに、クリスティーナは胸を張って。
「――は? 楽勝ですが? なんなら、皆様の前でルディを押し倒して、熱いヴェーゼを交わしても構いませんが? 特等席で見せてあげましょうか、クラウディア?」
「痴女です!! 痴女が居ますよ、アインツ、クラウス!!」
「……似た様なもんだろうが、お前だって」
わーわー騒ぐディアに、クラウスがため息を吐きながら視線をアインツに向ける。
「……足して二で割ったら丁度良いと思わねーか?」
「……バカか、クラウス。クラウディアとクリスを足して二で割る? 濃すぎるだろう、流石に。水で薄めて三で割って丁度良い」
尚も言い合うディアとクリスティーナに盛大に息を吐きながら、アインツは口を開いて。
「――ともかく、今のままじゃだめだ。良いか、クラウディア? お前に残されたチャンスは少ない。もう一回、行くぞ? 良いか? くれぐれもヘタレるな。無理だと思っても口を開け続け、喋り続けろ。話はそれからだ。もう、次は無いと思え。今度は確実に」
仕留めろ、と。
「……ええ。任せて下さい。ルディを前に意気地なしだったクラウディアはもういません」
その言葉に、瞳に強い色を湛えたまま、ディアはしっかりと頷いた。
愛の告白を行うよりも、戦場に向かうの方が意味合いとしては強い会話をしている事に突っ込む人は、誰も居なかった。




