第百二十二話 こっちサイドにも問題があると思う。
王城にあるルディの自室。本来ならば心休まるその空間の筈なのに――と、ルディは思いながら、自室のベッドの上で良い子して正座をしている。なんでそんな罰ゲーム? と思わないでもないが、これは別に罰ゲームではない。
「…………ええっと……皆様お揃いで……どうしたの、一体?」
ベッドに下手人よろしく正座するルディの目の前には、ディア、クリスという女性陣に、クラウス、アインツの男性陣の四人が揃い踏みで椅子に座ってルディに視線を送っている。メアリこそ、正面ではなくベッドの横でいつも通りすまし顔を浮かべているが……それでも、視線はルディに固定されている。皆の視線がもう、なんか痛い事にルディの頬に冷や汗がたらりと落ちる。
「……僕、なんかやっちゃいました?」
転生以来、一度は言ってみたかった『あれ? 僕、なんかやっちゃいました?』を図らずも望まぬシチュエーションで言う事になるルディ。いや、マジで『なに悪い事したんだろう!?』なルディのパニック顔に、クリスが小さくため息を吐く。
「……いいえ、ルディ。貴方は別に何もしていないです」
「……な、なるほど? じゃあ、なんで皆、そんなに冷たい視線を僕に向けて――」
「でも、悪いのはルディです」
「――理不尽!! 流石に理不尽過ぎない、クリス!?」
ルディの言葉にふんっとそっぽを向く――事はせず、申し訳無そうに視線を下に向けて俯くクリス。なまじ、『ふん!』みたいに怒ってくれた方がなんだか楽な気持になると思いながら、ルディは視線をアインツに向ける。
「あ、アインツ~? え? 本当に僕、なんかしちゃった? なんかしちゃったなら謝るんだけど! っていうか、この視線はちょっとキツイんだけど!!」
ルディの言葉に、アインツは小さく息を吐く。
「……別に冷たい視線を向けている訳ではない。なに、少しばかり緊張してな? もし視線が厳しくなっていたなら許せ」
「……緊張って。アインツ、何時だって僕の部屋に来てるじゃん。今更緊張することなんて――」
「――なんせ、今日のこの部屋での行方次第で国の行く末が変わるんだ。緊張も……するさ」
「この部屋で一体、何が起こるの!?」
ふっと笑って見せるアインツに、ルディの絶叫が響く。その勢いのまま、ルディは口の端から泡を飛ばす。
「ちょ、ちょっと本当に待って!? え? ええ? 一体これから、何が始まるの!? っていうか、なんで僕の知らない間に国の行く末に関わる様な事態に巻き込まれてるの!? え? また? また異世界転生しちゃった、僕!?」
思わずルディの口からそんな言葉も出る。これは五歳の頃、目が覚めてエディの顔を見て、『あ、これわく王だ』と気づいた時以来の衝撃である。そんなルディの内なる衝撃を知らないクラウスは、ルディの言葉に首を捻りながら口を開く。
「なに分けわかんねー事言ってんだ、ルディ? いせかい……なんだって?」
クラウスの胡乱な視線に、ルディは『はっ』と意識を取り戻したかの様に神妙な表情を浮かべて。
「…………なんでもない」
だって、変な奴って思われたくないし。神妙な顔に微妙な笑顔を浮かべるルディにもう一度首を傾げた後、クラウスは少しだけ気まずそうに後ろ頭を掻いた。
「……まあ、ルディも動揺してたって事だよな? わりぃな、ルディ? 急に押しかけて……」
「それは別に良いんだけど……」
「『ちょっとルディ。そこのベッドに座って下さい。ああ、違います。正座です』だもんな。そりゃ、動揺もするわな」
「……うん、全然良くないね? なんで僕、こんな尋問みたいな事されてんの?」
微妙な笑顔を一転、ジトーっとした目を向けるルディ。そんなルディの視線に、気まずそうに視線を逸らすクラウス。
「あー……いや……勢い?」
「勢いって!」
「い、いや、俺もやり過ぎかなって思ったんだよ!? 思ったんだけど……なんか今までのお前の良い笑顔をとか思い出してな? ちょっとイラっと来たから、まあ、これぐらいの罰はあっても良いかなって思って……めんご」
「軽くない!? そんで、クラウス!! さては君、僕の事嫌いだな!!」
憤慨するルディだが……これに関してはルディも悪い。このにぶちん、散々いい笑顔で無意識にクラウスやアインツを煽って来たのである。そら、クラウスの中の内なるリトルクラウスもお怒りというものだ。
「別にルディの事は嫌いじゃねーよ。なんなら大好きな部類だな」
「……え? そ、その……そんな真面目に言われるとちょっと照れるって言うか……僕にそんな趣味はないって言うか……」
前半は本音半分、後半は照れ隠し全部。そんなルディの心情はまるっとお見通しのクラウスは、カラカラと笑って視線をディアに向ける。
「そうだな。俺も奇遇な事にそういう趣味はねーよ。まあ、『そういう』話なら、今日は俺じゃないんだ」
「俺じゃないって……」
クラウスの視線を追うよう、ルディも視線をディアに向ける。先程から視線を逸らすようにしていたディアだが、ルディの視線の動きに気付いたのか、少しだけきゅっとスカートの裾を握って。
「――そ、その! る、ルディは勘違いをされているようなので……こ、この際、はっきり言っておきます!! わ、私は……え、エドワード殿下の事を……し、慕ってなどおりません!! す、好きでも何でもないんです!!」
ディアのその言葉に、ルディが大きく目を見開く。
「……え? え、エディの事が好きじゃない? で、でも! ディア、君は何時だって王妃教育も熱心にしてたし……」
「そ、それは……それは、違います!! 私は、私が好きなのは!!」
あまりの恥ずかしさに、視線が右往左往。そんな彷徨うディアの視線を、クラウスが、アインツが、クリスが、メアリが、優しく受け止める。『頑張れ』と、『行け!』と、背中を押してくれているであろうその視線に、ディアは勇気を貰い。
「――わ、私が好きなのは!! 小さい時から、大好きなのは!!」
……勇気を貰い。
「る、るるるるるる……る……」
……勇気。
「る……るーるるるる!」
「……キツネでも呼んでるの?」
「ち、違います!! わ、私が大好きなのは!!」
ぎゅっと目を閉じて。
「――る……ルッセカットです!!」
ヘタレた。
「「「――タイム!!」」」
鬼の形相でにっこりと笑い、ディアの首根っこを捕まえて『悪いな、ルディ。少し、時間をくれ』というアインツに曖昧に頷き、室内を出ていくアインツ、クラウス、クリスの三人を見送って。
「……ルッセカットって、なに?」
「……サフランパンの一種です。北の方では人気の菓子パンですね。西方の宗教の、聖人祭で食べられたりします」
『流石メアリ、博識だな~』というルディの声を聴きながら、余りにも情けないディアの姿に、思わずメアリはため息を零した。




