第百二十一話 うん、知ってた。コミュ障の巣窟って
エルマーの言葉にポカンと馬鹿みたいに大口を開けて愚息を見やるフィリップ。それも数瞬、『はっ』と意識を取り戻したかの様にフィリップはエルマーに向かって口を開いた。
「……断れないかって……お前は何を言っているんだ、エルマー? 断る? 断れる訳が無いだろう!」
技術院のトップなのに、さして広くない総裁執務室にフィリップの声が響き渡る。そんな声を受け、エルマーはイヤそうに顔を顰めて見せる。
「いえ、別に発明をするのがイヤだと言っている訳ではありません。父上の仰る通り、研究結果のレポートや、必要ならばアドバイスもしようではありませんか。ですが……第二近衛騎士団所属は……ちょっと……」
心底嫌そうな顔のエルマー。それでも、ジト目をこちらに向けるフィリップに、これでは言葉が足りないと思ったかエルマーは口を開く。
「……私とクラウスは相性があまり宜しくありません。技術院は優秀なスタッフを多く抱えているではありませんか。ならば、そちらの人間を出向させればよろしいのでは?」
「……技術院の多くのスタッフは、学園を出た優秀な人間であることは間違いない。間違いないが……残念ながら、技術院のスタッフの多くは『平民』出身だ」
「……近衛は貴族しか入れません、ですか」
「明確な規定がある訳ではない。ある訳ではないが……近衛側にその意思が無いのであれば、明文化してようがしていまいが関係ない」
はぁ、と息を吐くフィリップにエルマーを同様に息を漏らす。『近衛』が王に侍る存在である以上、身元のしっかりとした貴族階級が多くなるのは必然ではある。
「……技官でしょう? 技官にまでそれを求めますか?」
「前例主義はどこでもある。技官とはいえ、例え第二とはいえ、近衛騎士団に所属するのは貴族で無いと難しいんだ」
「……」
「……勿論、技術院にも貴族階級の人間はいる。その人間も、学園を優秀な成績で卒業し、技術院でも一定の成果を残している人間だ」
「……では、その方にお願いすれば宜しいのでは?」
エルマーの言葉に、フィリップは悲しそうに眼を伏せて。
「――優秀だが……人との会話が、壊滅的に出来ないんだ……」
「……ああ」
技術院ではよくあるヤツである。研究も、レポートも、開発だってなんでもこなすスーパーエリートなのに、喋ると途端にダメ人間になってしまう――
「……『喋るな秀才』というやつですか」
「……そうだ」
喋らなければ美人、或いは喋るな美人の秀才版である。本人の資質と実績に寄って、秀才の部分が天才になったりするが、まあ本筋とは関係ないので割愛する。
「……エルマー、お前はクラウスとは幼馴染だ。それに、ルドルフ殿下、エドワード殿下とも近しい関係性にある。加えて……お前はまだ、『マシ』な部類なのだ。少なくとも、誰かと『会話』が出来るじゃないか……」
なんだか背中が煤けて見える実父のその姿に、エルマーは少しだけ悲しくなり。
「……でも、採用しているのは父上ですよね? 父上の見る目の問題じゃないですか?」
――それはそれとして、勝手に進路を決められた事に少しばかり腹を立てたエルマーがばっさりとフィリップを斬る。そんなエルマーに、口の端から泡を飛ばしながらフィリップは声のトーンを上げる。
「仕方ないじゃないか!! だって実績も学園の成績も、ピカイチの人材だぞ!! 論文書かせても凄いんだ! なのに……人と会話が出来ないんだ!! 知っているか、エルマー!! 『おはよう』とあいさつをしてもあいつ等、基本無視だ!! コミュニケーション能力が他より優れている研究員でさえ、会釈しかしないんだぞ!? 何のために口が付いているんだ、あいつ等!!」
「食事する為じゃないですか?」
「んなワケあるか!! 別に、円滑なコミュニケーションが限りなく重要な職場とは言わん!! そもそも技術職、年がら年中研究室に籠っている様な輩ばっかりだからな!! だがな!? 挨拶くらいはしろよ、流石に!! 普通、するだろう!! エルマーだってするだろう、挨拶くらい!!」
「まあ、『おはよう』と挨拶をされれば『おはよう』くらいは返しますが」
「偉い!! エルマーはコミュニケーションが取れて偉い!! 流石、自慢の息子だ!!」
「……あいさつでその評価はイヤすぎるんですが?」
殆ど小学生扱いである。イヤそうな表情を浮かべるエルマーに、それでも声を励ましてフィリップは言葉を続ける。
「だから! この政策にはお前の協力が必要不可欠だ!! なに、心配はいらん!! 今回は完全にあちらの我儘だからな!! 無論、予算は必要なだけ分捕ってやる!! そうすればお前の研究も捗るだろう!? 違うか!!」
「違いませんが……」
「いい機会だ!! 近衛の予算、なんもかんも分捕ってやる!!」
「火事場泥棒みたいなことを言いますね……」
フィリップの言葉にやれやれと息を吐き、エルマーは座っていた椅子から立ち上がる。
「……まあ、これ以上ごねても良い事には成りそうにないですし……分かりました。ただし、技術院にも私の研究室をお願いしますよ? ずっと近衛騎士団に詰めるなんて……完全に、私が病みます」
「おお、受け入れてくれるか!! 分かった!! 勿論、お前の研究室は用意するし、予算もつける!! そこは任せてくれ!!」
破顔大笑、嬉しそうな表情を浮かべるフィリップにため息を吐きつつ一礼し、エルマーは総裁執務室を後にした。
……尚、余談ではあるがエルマーの近衛騎士団就職を聞いて『え、エルマー様!! 凄い!! 近衛騎士団の団員なんて選ばれた人しか入れないのに!! きゃー!! 私の事、守ってね!! 素敵なナイト様♡』なんて目の中にハートマークを飛ばしまくったユリアに滅茶苦茶褒められて、ちょっとだけエルマーが気分を良くしたのは本筋には関係ないだろう。なんだかんだ言ってエルマーだって男の子、憎からず思っている女の子に褒められると、舞い上がっちゃうのだ。




