第百二十話 絶対に拒否したいのですが
「ええっと……すみません、意味が分かりません」
フィリップの言葉にエルマーは少しだけ頭を下げつつそう応える。
「順を追って話そう。クラウスの立場――正確には立ち位置だろうが、立ち位置が微妙な事は分かるな?」
「まあ、はい」
「アドルフを近衛騎士団長に推す声は多い。だが、それと同様にクラウスを近衛騎士団長に推す声も少なくはない。なまじ、エドワード殿下が王位継承に最も近い王子だからな。長子相続の例外を王家が作った以上、近衛騎士団でも同様に、という声もあるんだ。だからこそ、さっさと家督を決めてしまった方がよい。アドルフを近衛騎士団長、クラウスを第二近衛騎士団長、ルートビッヒ家の家督はアドルフが継ぐ。内外に示してやれば、不満も出てこなく……はならんが、押さえつける事くらいは出来るだろう。少なくとも、無用な混乱を招くことはないだろうしな」
「……混乱なんてどこがするんですか?」
「近衛騎士団内部が」
「……こんな事を言うのもなんですが……そこまで旨みがあるんですか? その……次期近衛騎士団長の『取り巻き』というのは?」
これが王位ならばわかる。エディを必死に王位に就けようとする派閥と、ルディを必死に王位に就けようとする派閥が血みどろの抗争を繰り広げています! だったら、『やってんねー』という感想くらいは抱ける。抱けるのだが。
「……伯爵家ですよね、ルートビッヒ家」
「……宮廷貴族でも爵位以上に家格の高い家柄だからな、ルートビッヒ家は。なんせ、三代に渡って近衛騎士団長を輩出したお家柄だ。分家も沢山ある。その中で、『我こそは』という気概のある人間……と言って良いのかどうか微妙ではあるが、野心のある人間だっているさ」
「……」
「まあ、現実的にどうか、というと『そういう』事は無いだろうとは思う。言い方は悪いが、ルートビッヒ家程度の家格の家の跡目争いで、国を二分するほどの騒乱にはならんだろう、とはな。だがな? 何があるか分からない以上、手当は必要だ」
「……流石にやり過ぎな気もしますが」
そもそも、クラウスに家督に未練があるのか、と問われるとエルマーも首を捻らざるおえない。さっぱりした気性の人間であるし、なによりエルマーとは別ベクトルで『当主なんてめんどくせー』と思っていてもおかしくない節があるからだ。
「私もそう思う。幾らなんでもやり過ぎではある」
そう言って、今日何度目かのため息を吐くフィリップ。ため息を吐くと幸せが逃げるというが、これだけため息を吐けばフィリップの幸せは裸足で逃げ出しているだろう。
「だがな? 事情が少しばかり変わった」
「事情?」
ああ、とフィリップは頷き。
「お前の例の発明――『蒸気機関』だ」
「蒸気機関、ですか?」
「ああ。あれは画期的な発明だ。今までよりも大量の人員や物資を、今までよりも速く運ぶことが出来る。うってつけだろう?」
軍事行動には、と。
「……まあ、そうでしょうね」
「不満か? 発明は平和利用のみしか認めないと、声高に叫ぶか? お前にはその権利があるが?」
「いいえ。発明した段階で、近い将来軍事転用されるだろうことは分かっていた話ですから。それに……権利はあれども、私が声高に叫んだ所でそれに従う『義務』はありませんので」
エルマーは別に、『自身の発明は平和利用にしか認めない!』というつもりはない。勿論、『戦争なんて無い方が良いな』程度の倫理観は持ち合わせてはいるが、だからと言って自身の発明のせいで人が不幸になる、と思い詰める事もしない。包丁だって人を殺せるんだ。問題は、技術の『開発』ではなく『運用』の話である。
「まあ、ルディは嫌いそうですが」
「アイデアの元はルドルフ殿下だからな。だがまあ、あのお方も王族だ。その辺りのバランス感覚は優れているだろう。まあ、この話は良い。結論も出ないだろうしな。ともかく、新発明である『蒸気機関』を運用し、軍事機関の一部に組み込みたいという話は軍部の方から出ている。今までの発明とは一線を画す大発明だ。戦場の常識はがらっと変わると言っても良い……らしい」
「そんなものなんですかね?」
エルマーとて、自身の発明――ルディの力が大きいが、ともかく二人で開発したこの蒸気機関が戦場の常識を変えるであろうことはなんとなく理解できるが、それがどれくらい凄い事なのは感覚的には理解できていない。マッハいくつ、という単語を聞いて、それが物凄く速いだろうという事は分かるが、具体的にどれくらい速いかはいまいちピンとこないのと同義である。
「お前の発明した蒸気機関は、これから第二近衛騎士団の元で開発、試験を行い、そのままそれを持って実戦投入に臨む事になる」
「近衛のする仕事では無い気もしますが?」
「逆だな。完全な新技術だ。情報漏洩も怖い。下手な部隊に任せられない」
「近衛を信用して?」
「いいや。近衛の方が失うものが大きいからだ。この国で充分、利益を貪っているんだ。危ない橋を渡ろうとする人間は少ないだろう」
ラージナル王国の騎士団は完全に貴族階級の子弟のサロンである。『花に対して実がない』とか散々に言われており、『おもちゃの兵隊』と揶揄されるほどに弱い部隊ではあるのだ。まあ、近衛が王に侍る最後の砦である以上、近衛が活躍する機会というのは、前線が散々に破られて城下の盟直前という事であり、その盤面まで来たら幾ら強兵でも引っ繰り返すのは困難である。なら、最初から前線に強兵を配備しておけ、といういわば背水の陣な訳だ。
「新技術である『飛行機』についても、第二近衛騎士団で開発、研究、実験が為される事になっている。エルマー、お前も卒業後は第二近衛騎士団付き技術者として――なんだ、その顔は?」
フィリップの言葉に、エルマーは渋面を作ったまま。
「……それ、お断り出来ないんですかね、父上?」




