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平凡王子は今日も密かに悪役令嬢の『ざまぁ』を志す……けど、愛がヘビー級の悪役令嬢に溺愛されている平凡王子はもう、まな板の上の鯉状態ですが、なにか?  作者: 綜奈 勝馬


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第百十八話 それは、『政治』


「新発明、ですか? それは……構いませんが」


 フィリップの言葉にエルマーは首を捻る。確かに、現在エルマーは飛行機の製造に着手しようとしている。しているが、しかし、だ。


「……まだ何も成果を出していませんよ、俺が考えている飛行機は」


 形も何もない、ただの『妄想』と言っても良い産物。そんなものに金と、時間と、人員を出すと、この、この国でトップの技術者は言っているのだ。


「……身内の贔屓目ですか?」


 エルマーの言葉に、フィリップは少しだけ不満げな表情を浮かべて。



「馬鹿を言うな。私は『技術者』だ。技術者は、技術に真摯であるべきで――だからこそ、お前の『新技術』に私は期待する」



 アホらしい、と言わんばかりにふんっと鼻を鳴らす。が、それも一瞬、フィリップは詰まらなそうに視線を逸らす。


「……と、本当ならば言いたい所だがな」


「……では、やはり身内の贔屓目ですか?」


「まさか。お前が一端の技術者であることは私も、それに技術院の人間も認めている。お前の発明した『蒸気機関』は素晴らしい発明であることもな。だが、それとこれとは話が別だ。エルマー、お前は私が影も形もないものに金と技術を提供する様な人間だと思うか?」


「いいえ。父上がその様な夢想家だとは露とも思っておりません」


「……勘違いするなよ? 私自身は影も形もないものを夢想するのは大好きだ。まだ見ぬ発明は、発見は、技術は、何時だって私の心を少年に戻してくれる。わくわくさせてくれる」


 技術者とはいい意味で子供でなくてはならない。誰もが不可能だと思う事を突き詰めていく一途さが無いと、新たな発見は生まれない。一パーセントの才能と、九十九パーセントの努力などというが、実際は違う。九十九パーセントの努力を、努力と思わない才能が必要なのである。


「だから、技術屋としての私はお前の新発明に心を躍らせている。どの様な新発明が私の前に現れてくれるのか、それを心待ちにしているんだよ」


「……ありがとうございます」


「だが、技術家の私としては、影も形もないお前の発明に金と時間を掛けるのは疑問符が付く。そんな事よりも、もっと研究すべき対象のものはあるからな」


 そう言って、詰まらなそうに机の上に置いてあった紙をポンっとエルマーに放って見せる。視線だけで『読んでみろ』と促すフィリップに一つ頷き、エルマーはその紙――書類に視線を走らす。


「……近衛騎士団の……別働部隊、ですか?」


「そうだ。これは――なんだ、エルマー? なんでそんなイヤそうな顔をする?」


「……いえ……ただ、近衛騎士団長のダニエル殿は、クラウスの御父上でしょう?」


 ものすごーくイヤそうな顔をするエルマーに、フィリップは呆れた様にため息を吐く。


「……なんとかならんのか、お前のその『クラウス嫌い』は。お前らだって幼馴染だろう?」


「別に嫌いな訳ではありません。幼馴染ですし、他の有象無象とは違うという認識もあります。確かに学業面で優れているとは思いませんが……それでもダニエル殿に三本に一本は取るほどの武を持つ男として認識しております。恐らく、ルディかエディを支える、立派な近衛騎士になるでしょう」


 ただ、と。




「壊滅的に、私と性格が合いません」



 運動神経も良く、活発で、誰とでも直ぐに仲良くなれる陽の者であるクラウスと、運動神経は普通、根暗で、誰とも会話をせずに教室の隅で本を読んでいるのが似合う陰の者であるエルマーとの間に、相互理解は生まれようが無かったりする。


「……なのにアイツ、俺を見かけるたびに『おいーっす、エルマー! たまには本じゃなくてランニングでも行こうぜ!』とか言い出しますし……実際、付き合わされるのもたまったもんじゃないんで」


 仲良くなるだけが相互理解ではない。お互いに『合わない』と認識し、離れるのもまた、相互理解だ。だって云うのに、距離の詰め方が異常な超陽キャのクラウスは、土足でガンガン詰めてくるのである。


「……まあ、ダニエルはそうではないから。彼も大人になれば、もう少し落ち着いてくるんじゃないか?」


「なると思いますか? 言っては何ですが……クラウス、きっと脳味噌まで筋肉で出来ていますよ? 人語を解しているのが奇跡に近い」


「……酷い言い草だな」


 エルマー的にはユリアもクラウスも同じ、『陽の者』であり、苦手な部類なのだ。ユリアに関しては情熱的な告白を受けた事もあり、また幼いころから知っているという事もあって、そこまで『陽の者』としての苦手意識は減ったが……今は『闇の者』としての恐怖が強い。闇はアレだ。ヤンの方のデレの感じだ。


「……だが、少しは『それ』を直せ。何度も言うようだが、幾ら技術院とは言え、多少のコミュニケーションは必要だし……それに」


 少しだけ――訂正、ガッツリ詰まらなそうにフィリップは視線をエルマーに向けて。




「――幾ら技術院が技術をしている、と言ってもこればっかりはどうしようもない。王城の、王国の組織である以上……逃れる事は出来ないんだよ、エルマー」



『政治』からはな、と。



 心の底から面倒くさそうにため息を吐いて、フィリップはそう言い放った。


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