第百十一話 中間の無い女
胸を抑えて苦しそうにしているディア。そんな姿をみて、クラウスは『やり過ぎちまったか……』と多少の――まあ、過去からのディアの『悪行』を考えれば軽いものかと思いつつも、それでも流石に幼馴染を一刀両断は後味が悪いと思い直し、クラウスは口を開く。
「あー……クラウディア? その、多少は厳しい事言ったかも知れないけどよ?」
「……多少? クラウス、貴方はアレを多少と言いますか? わ、私がルディに口説かれる事なんてないなんて……あんな酷い事を言っておいて!」
非難の籠った目でクラウスを睨みつけるディア。その瞳に若干怯えつつも、それでもなんとかクラウスは言葉を継ぐ。
「いや……でもな? よく考えて見ろよ? ルディだぞ? ルドルフ・ラージナルだぞ? 年は同い年なのに、俺らの兄貴分みたいなルディだぞ? そんなルディがお前の事、女として見ていると思うか? 俺、絶対にないと思うんだけど?」
「ぐふぅ!」
「クラウス! 貴方はなんでそんなに何度もクラウディアを刺すんですか! クラウディアは二度死ぬですか!? 酷くないですか、幼馴染なのに!!」
再び胸を抑えるディアと、抗議の声を上げるクリスティーナ。そんな二人に、クラウスは盛大にため息を吐いて見せる。
「……クラウディアに言ってるけど……クリスだって似た様なもんだぞ? 特にお前、出逢ったばっかの頃ってマジで我儘お姫さまだったじゃねーか。ルディからしてみたらお前だって手の掛かる妹にしか見えてねーぞ、きっと?」
「ぐふぅ!!」
ディア同様、クリスティーナもその胸を抑えて座り込む。そんな二人を見て、アインツの脳裏には『クラウス無双』というどっかのゲームのタイトルで有りそうな言葉が浮かんで消えた。
「……流石にやり過ぎじゃないか、クラウス?」
「そっか? でも、間違ってはいねーだろ?」
きょとんとした表情でそう言って見せるクラウスにアインツも二の句が継げない。まあ、間違ってはいないのだ、間違っては。優しさが足りないだけで。
「ま、それはいんだよ。本題はこっからだ。おい、クラウディア、クリス。落ち込むな。そんなお前らに朗報がある」
クラウスの言葉に、緩慢な動作で死んだ魚の様な目を向けてくる二人。あまりの生気の無さに思わず『うっ』と言葉に詰まりながらも、クラウスはコホンと咳払いを一つ。
「……あんまり偉そうな事は言えないけどよ? 俺らだって――アインツも俺も、ルディに頼りっきりだった時もある。エルマー、分かるだろう?」
「……ええ」
「……はい」
「エルマーだって年上なのにいっつも『ルディ、ルディ』と言って離れなかった。あいつが一番、ガキかもしんねー。でもな? 今のエルマー、すげーだろ?」
「……お父さまから聞きました。なんでも物凄い発明をした、とか」
ディアの言葉にクラウスは頷いて見せる。
「エルマー、すげー才能だったもんな。あいつの才能にはルディも一目置いているし……まあ、ルディにとってもう『守るべき』対象じゃねーよ、エルマーは」
ある意味では最も守るべき対象ではあるのだが。コミュ障で、ヤの付く自由業みたいな貴族令嬢に見初められたのだ。エルマーの明日はどっちだ。
「アインツだってそうだろう? 学業面ではルディにモノ教えたりしてるし、結構頼られてねーか?」
「……それはお前もだろう、クラウス。お前もだし……エディだってそうだ。エドガーはまあ、純粋に会っている時間が短いからだろうが……それでも、『王足らん』としている姿勢に敬意を見せている言動は節々に見えるしな、ルディから」
「まあ、そうかもな。でもな、クラウディア、クリス? 俺らがなーんもせずにルディから……自分で言うのもこっぱずかしいけどよ? なんていうか……信用? 信頼? そんな感情を寄せて貰っていると思うか?」
「……それは」
「……違うと、思います」
「……俺らだって努力したんだよ。スゲースゲーと思っているルディに、少しでも認められるようにな」
断っておくが、ディアもクリスティーナも努力自体はしているし、地位に胡坐をかいている訳ではない。訳ではないが、ルディの事を兄事しつつも、心の何処かで『追いつけ、追い越せ』とやって来た男性陣と、『ルディに認められたい、ルディに愛されたい』と思っていた女性陣との差である。無論、どちらが良い悪いという話ではなく……結局、男性陣にとってルディは『尊敬するライバル』であり、女性陣にとっては『大好きな味方』だっただけの話だ。
「お前らの努力を認めない訳でも、バカにしている訳でもねーぞ? ただ、努力の方向性が違ったってだけで……まあ、その方向性も一概に悪いとは言えねーけどよ? でもな? こと恋愛に関しては悪い方向に向いちゃっただけって話だ」
だから、と、声を大にして。
「いいか、お前ら? ルディに惚れて貰いたくて、ルディに口説いて貰いてーんなら、『努力』をしろ! 今までとは違った方向性の――ルディに守って貰うんじゃなく、ルディを振り向かせる努力を! 『凄いね』と、『負けたよ』とルディに言わせてみせろ。それが出来なきゃ……ルディに『認めて』貰えなきゃ、ルディが告白なんか、してくれるわきゃねーだろう」
心持優しい声音と、優しい瞳。そんなクラウスの言葉にアインツは感嘆のため息を漏らし、死んだ魚の目状態だった二人の目にも生気が戻る。
「……分かりました」
「……ええ。そして、ありがとうクラウス。そこまで言って貰って目が覚めました。そうですね……私たちはルディに『甘えて』いたんですね」
「本当に……情けないです。ルディから愛を囁いて貰うことだけを考えて、努力を怠っていました。そうですね、本当にルディの事を愛しているのであれば……照れていたり、憧れだけでは駄目ですね。やっぱり、自分から思いを伝えて……そして」
――対等という、舞台に立つ、と。
「……勝負はそこからですね」
意思の籠った視線を向けるディアに、クラウスは肩を竦めて見せる。
「そうだな。別に今までのお前らが悪いってわけじゃねーけど、ルディ相手にそりゃ悪手だろ? そもそも、人の好意に鈍いんだぞ、あいつ? お前らが攻めねーと始まんねーよ」
「ええ、ええ、そうですね……確かに私が攻めなくては始まりませんね」
「おう! 作戦名はガンガン行こうぜ! だな! ガンガン攻めて、ルディを骨抜きに――」
「――――分かりました! 私、これからちょっとルディ、押し倒してきますね!!」
「――ガンガン行き過ぎだ!! お前には零か百しかねーのかよ!!」
鼻息荒く飛び出そうとしたディアを、三人がかりで抑え込んだのは言うまでもない。




