第百十話 幼馴染愛
頬に手を当てて、『やんやん』と言わんばかりに体を左右に振るディア。そんなディアの奇行を呆然と見つめていた三人だが、『はっ!』と意識を取り戻したかの様、クリスティーナが最初に行動を起こした。
「な、何を言っているのですか、クラウディア!? チャンス! これはチャンスなんですよ!? それを貴方、なにトチ狂った事言っているんですか!!」
付け焼刃な『クララ』という愛称ではなく、昔ながらの『クラウディア』が出てくるあたり、本当に慌てているであろうクリスティーナ。そんなクリスティーナに、少しだけむっとした表情を浮かべてディアはクリスティーナを睨む。
「……トチ狂ったとはなんですか、トチ狂ったとは。私は正常です。そもそも……貴方だってそうでしょう? 愛するより愛されたいとか言ってたじゃないですか」
「言ってましたけど!! ですがコレ、最大のチャンスですよ!! もう此処しかないくらいのチャンスですよ!!」
肩を掴んで前後にガクガクと揺さぶるクリスティーナに、イヤそうに眉を顰めるディア。
「そうかも知れませんけど……なんというか、ちょっとはしたなく無いですか? 自分から『お慕いしています』って。こう……やっぱり、こういう事は殿方から口説かれたいと言いましょうか……」
そこまで男尊女卑が酷い訳ではないが、それでもラージナル王国は男性優位な体質ではある。重婚に罰則規定は無いが、それでもルディに『側室』は認められても、ディアに『側室』は絶対に認められない、という所で大体どんな感じか分かって貰えるかと思う。ちなみに、男性の『愛人』はいたりする辺りが貴族社会の闇であったりする。
「……憧れもありますし……やはり、淑女から迫るのは……少し、はしたないと言いましょうか……」
そんな価値観の中で育ったディア的には、やっぱり告白は男の子から! なのである。淑女である彼女的には、そんなはしたない事は出来ないのである。
「何を言っているんですか、この痴女!! 貴方の普段の言動は充分はしたないし、恥ずかしいです!! 今更告白の一つや二つで、その評判は変わりません!! だから、さっさと告白してください!! 皆が幸せになるんですよ、これは!?」
……まあ、『淑女である』というのはディアの主観でしかないが。普段の彼女――主に、メアリの部屋でルディ同人誌を見てだらしない顔で涎を垂らしているディアは、端的に言って淑女ではない。痴女で、恥ずかしくて、はしたないのだ。
「……良くもまあ、そこまで人を貶められますね、クリス。貴女だって似た様なものの癖に」
ジト目でクリスティーナを睨むディア。そんなディアの視線を華麗にスルーして、クリスティーナは視線をアインツに向ける。
「アインツ!!」
「……なんだ? クラウディアが恥ずかしい貴族令嬢である話なら、私からはノーコメントだぞ? 何を言っても事故の香りしかしないし」
「そんな事は言いません! それよりも、このおバカポンコツ令嬢をなんとかしないと!! アインツもクラウスも賛成なのでしょう!? なら、説得して下さい!!」
「「…………ええ~」」
「なんでイヤそうなんですか、二人とも!! ルディとクラウディア、結婚させたいんでしょう!?」
クリスティーナの言う通り、アインツとクラウス的にはルディとクラウディアの結婚はマストである。それこそが、大袈裟に言えば国家安寧の礎だとすら思っている。思ってはいるのだが。
「……お前、言えよ」
「……イヤだ。というか、クラウス。たまにはお前が言え。なんだか最近、私ばっかり交渉役をしている気がするぞ? 楽をするな」
「……適材適所だろ? 俺、お前みたいに口が達者なワケじゃないし……」
そうは言っても『確かにずっとアインツにばっかり頼ってたな~』と思い直し、クラウスは諦めた様にため息を一つ。口を開いて。
「あー……クラウディア? 諦めろ。お前がルディから口説かれる事なんて天地がひっくり返ってもねーから。お前がルディに愛の告白でもプロポーズでもして、さっさとくっついてくれ。お前の希望もまあ、分からんでもねーんだけどよ? 残念ながら、ルディはお前の事、妹くらいにしか思ってねーから。だから口説かれるなんてあまーい考え、捨てろよな?」
「――ぐふぅ!?」
「クラウディア!? く、クラウス! 貴方、流石に刺しすぎでしょう!? 幼馴染でしょうが、貴方だって!? 無いんですか、『幼馴染愛』は!! なんでそんな酷い事言えるんですか!? く、クラウディア!? 大丈夫ですか!? 傷は浅いです!!」
胸を抑えて崩れ落ちるディアに寄り添いながら、きっとした視線を向けるクリスティーナ。そんなクリスティーナの視線を逸らしながら、なんだか釈然としない思いを持ちつつ、クラウスは視線をアインツに向けて。
「……俺、間違ったこと言ってねーよな?」
「……正論というのは時に人を一番傷付ける刃になるからな。間違った事は言ってなくても……オブラートに包むと云うのも必要になるさ」
「……なんでお前、ちょっとニヤニヤしてんの?」
諭す様な事を言いながら、それでも口元に心底愉快だと言わんばかりの笑顔を浮かべるアインツに首を捻るクラウス。そんなクラウスに、微笑を苦笑に変えて。
「いや……いつもクラウディアにはやられっぱなしだっただろう? だから……なんだ? お前の言葉で傷付いたクラウディアを見て、ちょっと『すっ』とした。ありがとう、クラウス。俺らの仇を討ってくれて」
「俺、そういうつもりじゃなかったんだけど!?」
幼馴染愛なんてなかった。




