第百九話 最大の誤算
「ルディを……シェア……?」
クリスティーナの『私達、ルディをシェアします♡』な発言に、理解が追いつかないアインツ。そんなアインツを見やり、クラウスが大袈裟にため息を吐いて見せる。
「なんだよ、アインツ? そんな呆けた顔しやがってよ?」
「あ、い、いや……だ、だって……ルディを……シェア? は? 意味が分からんのだが?」
「おいおい、アインツ? お前は頭がいい奴だって思ってたのにな? ルディをシェアなんて貴族なら簡単に分かんだろ?」
な? とクリスティーナに微笑みかけるクラウス。そんなクラウスに、クリスティーナも微笑を返して。
「あれだろ? 上半身ルディと、下半身ルディに分割するって意味だろ?」
「え、なにそれ怖い」
「あれ? ああ、そっか! 左半分ルディと右半分ルディに分けんのか!」
「そんな訳ありません! っていうか、クラウス! なんでそれが貴族なら簡単に分かるんですか!!」
「え? だって過去の残虐な処刑方法であるじゃん? 引き裂きの計とかさ? あんまりにルディが鈍いから……てっきり」
「てっきりじゃありま――クラウス? 貴方、なんか目が『ぐるぐるー』ってなってません?」
「そんな事ないぞ? 俺はいたって平気で正気だぞ? ルディを分割する、うん、いいアイデアだ。それで世界は平和になるな!」
親指をぐっと立てて……その上で、瞳にぐるぐる渦を存在させながら歯をきらっ! と光らせるクラウス。彼の正気はもうゼロだ。
「……落ち着け、クラウス。そうだな? 確かにこいつらならルディを分割しかねない、ヤンデレ気質があるが……流石にそんな事はしないだろう?」
「……貴方が私たちの事をどう思っているか、一度冷静に聞きたい所ではありますが……まあ、いいです。勿論、ルディを分割などしません。そんな事をしたら流石のルディでもきっと死んじゃいますし。まあ、半分に分けたルディからぼこっと再生して二人に分かれるのであればそれも良いのですが……」
「……おい」
「冗談ですよ、勿論。ルディが二人居ればそれが最良なのですが……そんな夢物語を語っても仕方ありませんし。もう少し、現実的な話です」
「現実的、ね。それはあれか? クリスがラージナル王国に輿入れするという解釈で問題ないか?」
「正妃か、側妃かはこれから詰めていく事になるでしょうが……まあ、そういう意味合いで間違いないです。流石にルディが王位に就かない以上は中々難しいですが……」
「……まあ、そうだな」
『ルディの首に縄を付けてでも連れ帰ります!』と言っていたクリスティーナだが、現実問題として難しいのは難しい。これがクリスティーナが一人娘であるのであれば、『ルディを王配として迎え入れる』という大義名分があるが、彼女には兄がいるので王位はそちらが継ぐのだ。そうなると、彼女の身分でルディを迎え入れても……という事になってしまう。また、逆にクリスティーナが輿入れするとしても、幾ら王子とは言え、他国の、しかもいつかは臣下になる人間に輿入れをするのは家格的に難しい。
「ルディが王位に就くのであれば、その正妃なり側妃なりで私もルディのお嫁さんになります。ラージナル王国的にも無しでは無いでしょう?」
「……確かに」
国の第一王子と第一王女を同時に留学させているくらいなので分かると思うが、ラージナル王国とスモロア王国はそこそこ仲が良い。仲は良いが、こと『国家』という枠組みの中では当然、対立することだってある。
「……聞くまでもない事だろうが」
「勿論、ルディに輿入れをした以上、私は『ラージナルの女』です。実家と嫁ぎ先、不幸にも戦端が開かれた際は、ラージナルに骨を埋める所存ですわ」
「ルディも裏切れないし、か?」
「それもあります。まあ、信じる信じないはお任せしますが」
「信じるさ」
なんせルディ大好きっ子スモロア代表だ。それだけで、クリスティーナの言葉は信じるに値する。愛の深い――深すぎる女の子であるからこそ。
「……それは重畳だな」
アインツ的には願ったり叶ったりだ。なんせ、クリスティーナはスモロアで名が響く才女である。人材集めが趣味――というより、将来の目標でもあるアインツにとって、幼馴染で友人であるエドガーよりも、『人材』という意味では何より欲しい人材であるのだ、クリスティーナは。性格はともかく。
「……それもこれも、ルディが王位に就けば、か」
「そう言う事です。そして、その為にはクララに頑張って貰わなくてはなりません。アインツもクラウスも、『こちら』側という認識で良いのでしょう?」
「エディもだな」
「では、もう決まったも同然じゃないですか! 私、出来れば海沿いの街とかでルディと一緒にオーシャンビューな生活を送りたいのですが!! ニーズ辺りに別荘地とか、貰えますか!?」
ニコニコ笑顔で明るい将来設計を口にするクリスティーナ。そんなクリスティーナの言葉に苦笑を浮かべ、アインツは視線をクラウディアに向ける。
「……ルディは言っていたぞ? クラウディアには、本当に好きな人に――幸せになれる人に嫁いで欲しい、と。お前の擬態――じゃなかった、化け猫並みの猫かぶり――でもなかった、まあ……なんだ? 演技? エディと仲睦まじい様子を見せていたから、ルディは完全に勘違いしているが……それでも、ルディはお前の恋を応援してくれているぞ? なんでか知らんが、ルディはお前の意中の相手が自分だと気付いてはいないが……まあ、ともかく、お前が一言、ルディに想いを告げればゲームセットだ」
アインツにとってはとっても簡単なミッションである。ディアがルディに『ディア、ルディのこと、だいすきぃ~!』と一言言えば、それだけで『分かった! それじゃディアは僕が貰うよ! そしてメルウェーズ家の顔を立てるために、僕は王位に就く!!』と言ったらはい、終了のイージーミッションである。ただ、唯一、誤算があるとすれば。
「……り、です」
「ん? どうした?」
「――そ、そんな恥ずかしい事、無理です!! る、ルディにこ、告白なんて……そ、それに! わ、私、やっぱり、ルディには……こ、こう、自分から私の事を求めて欲しいっていうか……え、えへへ~」
ほっぺに手を当てて、くねくねと体をくねらせる気持ちの悪いクラウディアを見ながら、『あ、そうだ。こいつ、根性ねじ曲がってる癖に結構乙女だった』という事を思い出した。




