第百六話 前例踏襲を~ ぶっ潰ぅす!
「……メルウェーズ家の国政参加、だと?」
驚いたようにそう言って見せるアインツ。そんなアインツになんでもない様に頷いて見せると、ルディは言葉を続けた。
「今のラージナル王国の政治体制って云うのは、『王国』なんて言っているけど、殆ど『ラージナル家』の国だよね? 具体的には宮廷貴族は国政の参加するけど、諸侯貴族は完全に排除だ。そして、宮廷貴族は元々遡っていけば……」
「……ラージナル家の家臣団、だな」
「そう。所詮はラージナル家の家臣団によってつくられた、ラージナル家の『王国』だ。そんなラージナル家の王国に、外様であるメルウェーズ家が親身になってくれるわけないんだよね。だから、簡単に……じゃ、ないか。あの人、ディアを溺愛しているし、本当に腹が立ったんだろうけど……でもね? 多分、メルウェーズ公爵の責任感を考えれば、きっと国政の要職に就いていたんなら、ヘソなんか曲げなかったと思うよ? どう思う、アインツ?」
「それは……」
アインツ、言葉に詰まる。ルディ程ではないが、アインツだってクラウディアの幼馴染なのだ。メルウェーズ家の当主の人と成りぐらいは分からない道理はない。
「簡単に纏めれば、ディアとの婚約破棄の『代償』として、王国はメルウェーズ家に『権利』を差し出す。所領安堵なんて、ちゃちなものじゃない。国政に参加する、参加することが出来る権利を。僕なんかは面倒くさいな、と思っちゃうけど、諸侯貴族の『誇り』からすれば、随分と破格なシナモノじゃないかな?」
こくん、と首を傾げて見せるルディ。そんなルディに、呆然としたような顔を向けた後、アインツはふるふると首を左右に振った。
「……無理だろう」
「なんで?」
「なんでって……ラージナルが建国してから三百年、三百年だぞ? その間、ラージナルの国政はずっと宮廷貴族が行って来た。そこに、諸侯貴族が入るなんて事が出来る訳がない!」
「……頭堅い事言うじゃん、アインツ? いっつも言ってなかった? 『優秀な人材は貴族だけではない。平民でも、才覚のあるものはその活躍の機会を与えるべきだ』って」
「い、言ってはいた。言ってはいたが……だが、それは少し違うだろう?」
「なんにも違わない。メルウェーズ家は諸侯最大貴族だけど、それと同時に『最強』の貴族でもある。だから、敵になったら厄介だけど、味方にしたらこれ以上ない程に強力な味方になる。それも踏まえて、ディアとエディの結婚でしょ? これでメルウェーズ公爵が愚鈍なら話は別だけど……まさかアインツ、メルウェーズ公爵のこと愚鈍だと思っている、とか?」
「滅多な事を言うな、ルディ。私とてメルウェーズ公爵の領地経営の手腕を存じ上げている。名君だと、そうも思う」
「じゃ、国政に参加してもその手腕を存分に発揮してくれるんじゃない?」
「だ、だが……前例がない」
困ったようにそういうアインツ。そんなアインツに、クラウスが『はーい』と手を挙げて見せた。
「俺、政治とかあんまり小難しい事わかんねーけどよ? 前例って言うなら、前例あるんじゃね?」
「前例がある、だと?」
「おう。ほれ、それこそエルマーの御父上、技術院総裁じゃねーか。エルマーん所だって諸侯貴族だけど、エルマーの御父上は国政に参加してね?」
「……技術院は特殊だ。『政治』には参画している訳では――」
「でも、軍事には参画しているよな?」
「――……」
「こないだちょっと小耳に挟んだんだけど、技術院でなんかすげー機械? 兵器? 分かんねーけど発明されたんだろ? 馬の何倍もの力があって、その力を使えば今までよりも大量に、それに迅速に兵士を戦地に送れる機械が出来るって。それを開発したのは技術院で……そのボスが、エルマーの御父上だ。これって、充分、国政に参加してるっていえねーかな?」
どうだよ、ルディ? とでも言いたげなアインツの言葉に、ルディは黙って頷いて見せる。
「さっき、エルマー先輩の話をしたのはそう言う事だよ。エルマー先輩の御父上は技術院総裁として政治に参加している。いや、政治に参加はしていないかも知れない。でもね、アインツ? 国家に『貢献』はしてくれると思わない? 外様で、諸侯貴族の御父上は、立派に国家に貢献してくれていると、そうは思わないかな?」
「……まあ、否定はしない」
「だから、それを『前例』として、どう? 『諸侯貴族は立派に国家のために貢献してくれている。諸侯貴族だ、宮廷貴族だ、なんて古い考えは捨てて、これからは『ラージナル王国の民』として生きていきませんか』とか、どうかな?」
「……メルウェーズ家がそれを断ったら? 国政の参加など要らんと言われたら?」
「それはそれで別に良いじゃん。国政に参加したくないって人を、無理に招き入れても良い事にならないだろうし。ただね、アインツ。僕は少しだけ、君よりメルウェーズ公爵の事を知っているつもりだ。あの人はバランス感覚に優れた人だし、国政に参加しないとなっても……此処まで頭を下げて、賠償を用意した『ラージナル王家』に対して意固地になるほど子供な人じゃないよ。だから」
きっと、矛を収めてくれるよ、と。
「ね、アインツ?」
にこりと笑うルディに、アインツは背筋を冷たくして――やはり、ルディに王位を継いで貰うべきだと、堅く思った。アインツが現代日本の高校生で『日本史』の教科を選択していたら、『いや、幕末のパクリやん』という、また違った感想もあったであろうが。




