第百五話 婚姻に頼らない、たった一つの冴えたやり方
「……提案、だと?」
「そ、提案」
そう言って紅茶を飲むルディ。そんなルディにじっと視線を向けた後、アインツも紅茶に口を付ける。
「……どんな提案だ?」
「いやね? 結局さ? 諸侯貴族と宮廷貴族との『宥和』が大事なら、別にディアの結婚云々自体はどっちでも良いって事だよね?」
「……まあ、な」
正直、『クラウディア・メルウェーズの結婚』というイベント自体は、諸侯貴族と宮廷貴族の宥和が為されるのであれば、無くても問題はない。ただ、最も単純な――単純に見えるのが婚姻政策である、というだけで。やっている事は日本の幕末の、公武合体運動みたいなもんである。
「話は変わるけどさ? 今度、僕、技術開発部に入る事になったんだよね?」
「……なに? 技術開発部? 技術開発部というとあの……」
「エルマーの所か? おいおい、ルディ? 確かお前、テニサーに入るとか言ってなかったか?」
ルディの言葉にアインツが驚き、クラウスが突っ込みを入れる。そんなクラウスにため息をつき、ルディは口を開く。
「いや、僕も折角の学園生活だし? もうちょっとキラキラした部活に入ろうと思ってたんだけどさ? ほら、エルマー先輩ってさ? 僕以外、友達いないじゃん?」
「ぼっちだな」
「ぼっちだ」
「……いや、そうだけどさ。っていうか二人とも酷くない? アインツもクラウスもエルマー先輩、幼馴染でしょ? もうちょっとこう……優しくしなよ? 先輩、自分で『ぼっち』って言ってたしさ~。幼馴染愛、なさすぎない?」
ルディの言葉に渋い顔をするアインツとクラウス。それでもじとーっとした目を向けてくるルディに、クラウスが小さくため息を吐く。
「……いや、俺もエルマーと仲良くしようと思ったぜ? 幼馴染だし……なんか顔も似てるだろう? 親近感も覚えてたし。だから、仲良くしようと思って……誘ったんだぞ、子供の頃」
「誘った? 遊びに?」
「いいや、トレーニング。王城周りのランニング二十周に。八歳くらいの時に」
「……何てむごい事を」
ちなみにラージナル王国の外周はおおよそ一キロちょっと。超絶インドア派のエルマーにとって、王城周りランニング二十周というほぼハーフマラソンは酷である。
「……それからエルマー、俺の顔を見たら引き攣った顔して逃げんだよ。俺だって別にエルマーの事嫌いじゃねーし」
「だったらもうちょっと手加減してあげなよ。なんだよ、二十周って」
「いや、俺いつもは五十周が日課だし……遊びにはちょうど良いかなって。爽やかな汗流したら、イヤな事も忘れられんだろ? エルマー、いっつも辛気臭い顔してたし」
「辛気臭い顔はエルマー先輩のデフォルトなの。はぁ……まあ、それじゃクラウスは仕方ないか。アインツは?」
「……俺もエルマー殿と仲良くしたくない訳では無いのだが……こう、なんだろうか? エルマー殿と話をしても、いつも自分の世界に入るというか……」
「……ああ」
「話をしてても急にブツブツ独り言を呟いていたかと思うと、そのまま歩き去ってしまうし……だから、中々仲良くは出来ないんだ、正直」
「あー……まあ、うん」
「……話は変わるが、ルディ。お前、エルマー殿の唯一の友人なのだろう? もう少しエルマー殿は社交性を身に着けた方が良いのではないか? 余計なお世話かも知れんが、アレでは嫁が来ないぞ? 大丈夫なのか、アインヒガー伯爵家は?」
一転、困り顔から心配げな表情に変えるアインツ。そんなアインツに、ルディは心底面白そうに、顔に『にやり』を浮かべて見せる。
「それが大丈夫なんだよね~。ユリア先輩、分かるでしょ?」
「ユリア先輩というと……ああ、ユリア嬢? バーデン子爵家のご令嬢の?」
「そうそう。まあ、エルマー先輩が『ああ』だし、年も一個上だから僕らの幼馴染感はあんまりないけど……昔っからユリア先輩、エルマー先輩に懐いてたじゃん?」
「……まあな。お前の後を追うクラウディアの様に『エルマー様、エルマー様』とエルマー殿の後を追っていたが……」
そこまで喋ってアインツが何かに気付いたかの様に顔をはっと上げる。
「ルディ」
「正解。ユリア先輩、エルマー先輩に情熱的な告白してたよ?」
茶目っ気たっぷりにそういうルディに、アインツの表情も緩む――
「……そうか。それじゃもう、エルマー殿は……逃げられない、な……」
緩ま、ない。むしろ若干引きつった様な表情を浮かべるアインツと同様の表情を浮かべて、クラウスも深刻そうに頷く。
「……だな。『あの』バーデン家だもんな」
「ああ。ユリア嬢が欲しいと思った以上、バーデン子爵家の総力を駆使してでもエルマー殿を婿に……じゃないか、エルマー殿の元にユリア嬢を送り込むだろう」
「……これでエルマーがユリア嬢を泣かせでもしたら……」
「やめろ。ラージナル大橋からエルマー殿の無残な姿など、私は見たくない」
「……だな」
「……二人とも、ちょっと酷くない? なんだと思ってんのさ、バーデン家を?」
「「え? その筋の方より怖いけど?」」
「……はぁ」
そう言ってルディは小さくため息を吐き――なんだか、ちょっとだけ納得してる自分が居る事に気付く。怖いのだ、バーデン家。
「……なるほど。ユリア嬢は宮廷貴族、財務官の家系。対してエルマー殿は諸侯貴族だ。つまり、諸侯貴族のエルマー殿と、宮廷貴族のユリア嬢との婚姻を持って、宮廷貴族と諸侯貴族の宥和を図ろう、と。まあ、確かにバーデン家は爵位こそ低いものの国家の重鎮と言っても問題ない家柄だ。だがな? 流石に国王家と公爵家の――」
「え? 違うよ?」
「――結婚に比べれば……違う?」
「うん」
にっこりそう言って、ルディは頷いて。
「僕が提案したいのは、婚姻に頼らない諸侯貴族と宮廷貴族の宥和だ。簡単に言うとね?」
メルウェーズ家にも国政に参加してもらおうよ、と。
「そしたらもうちょっと、メルウェーズ家も思ってくれるんじゃないかな? 『自分の国』って」




