第百三話 ルディ、外堀を埋められる。
ルディの『ディアはエディを愛しているんだ!』発言に盛大なため息を吐いたアインツとクラウス。そんな二人に、ルディは胡乱な目を向けた。
「……なに、その態度?」
「……いや……ルディ? 君は本気でそんな事を言っているのか? エディとクラウディアだぞ?」
「アインツこそ何言ってんのさ? エディとディアだよ? 仲睦まじかったじゃん、二人」
「いや……ああ、まあ、そうだが……」
ルディは特段、『ライトノベルの主人公』的、恋愛関係に鈍感な人間ではない。むしろ、ある種の伏魔殿の様な王城で生活している以上、人間関係の機微的なモノには敏感な方ではあるのだ。じゃないと王城で生き残る事なんて出来ないので、ルディのみならず宮仕えの皆々様にとってはある程度必須スキルだったりするのだが。
「……クラウディア。これはお前のミスだぞ」
だって云うのにルディが頑なに『ディアはエディが好き!』と思い込んでいるのは、『原作』知識で、ディアがエディにベタ惚れだったことを知っている事に加えて、ディアの擬態が完璧だったことに起因したりする。淑女教育を完璧に――完璧に? まあ、高いレベルで施されていたディアは、感情の出し方が巧妙であり、『求められる王妃像』を演出するのが超絶上手だったのだ。まあ、クラウスやアインツ、それにメアリなどの極々親しい間柄の人間には隠す必要も無いから、素を出していただけである。
「ディアは本当にエディの事を大好きだったんだよ? なんていうか……常にエディを立てるっていうかさ? エディもエディでディアの事をちゃんと尊重していたし……なんでこんな事になっちゃったのか……」
原作の修正力ってやつか、とルディは心の中でため息を吐く。逢った感じ、クレアもそんなに悪い子じゃないだけにルディの苦悩は深い。これで滅茶苦茶悪女なら思いっきり嫌えるのに、現状の彼女は王城の権力模様に振り回される哀れな少女に過ぎないのだ。そら、同情もする。
「……エディは尊重していたっつうか……ただ、怯え――ぐふぅ!」
ついつい本音が漏れそうになったクラウスの脇腹を、アインツが肘で抉りこむように打つ。沈黙は金、雄弁は銀である。
「怯え?」
「な、なんでもねえよ! それよりルディ、お前の言っている事はまあ……うん、色んな見方を鑑みて、まあ正しいとしよう」
「色んな見方ってなにさ? 別に僕、間違ったことは言ってないでしょ? まあ……確かに、たまにディアのエディに見せる態度につっけんどんな所が無かったとは言わないよ?」
……まあ、完璧に『王妃像』を演じていたとしてもディアとて人間だ。機嫌の悪い日だってあるし、その時には思わず『素』が出る事もある。
「でもね、クラウス? あれはね? ツンデレって言うんだよ?」
「……ツンデレ」
「そう! ディアも可愛いよね? エディの事が大好きなのに、素直に慣れなくて拗ねちゃう。ほら! 立派な恋する乙女だよ、ディアは!」
勿論、素直に慣れなくて拗ねている訳ではない。フラストレーションがたまって地が出ているだけである。そんな事を知らないルディは、心持胸を張って。
「まだまだだな~、クラウス。そんな事じゃ女の子にモテないよ?」
見て下さい、この殴りたくなる笑顔。思わず拳を握りこんだクラウスの手をアインツはそっと握る。
「……ダメだ、クラウス。我慢だ」
「……本気で殴るつもりはねーよ。ねーけど……なんだろう、この感情? こう、コイツだけには言われたくねーって感情がフツフツと沸き立ってるんだけど?」
「……気持ちは分からんでもない。何が『女の子にモテない』だ。まだまだなのはお前の方だと言ってやりたいが……我慢しろ」
二人で小声でルディへの不満をぶつけあう。そんな二人に首を傾げ、ルディは口を開く。
「どうしたの、二人とも?」
「……なんでもねー」
「ああ、なんでもない。それで? まあ……百歩譲ってクラウディアはエディの事を好きだとしよう」
「なんで百歩譲るのさ?」
「百歩譲って! ともかく、ルディの言う通りだとしてだな? それでも現状でエディとクラウディアの婚姻が難しいのはわかるだろう?」
「……まあね」
「クラウディアの気持ち――は、まあルディの言う通りだとしてもだな? 我ら貴族は好き好きだけで婚姻関係を結ぶわけではない。そこには親の、家の、国家の明確な意思がある。それも理解できるだろう、ルディ?」
「……理解できるけど……さっきからちょいちょい僕の事、バカにしてない?」
まるで幼子に喋る様に、諭すように喋るアインツにジト目を向けるルディ。そんなルディの視線をコホンと咳払いで誤魔化し、アインツは言葉を続ける。
「メルウェーズ家に臍を曲げられたら厄介だ。なんせあそこは諸侯の中でも最大の貴族だからな。メルウェーズ家を取り込む事は王国にとっては喫緊の課題だ。諸侯と宮廷貴族の融和の為にもな」
「……クレアだって諸侯貴族だよ?」
「……流石に家格が違い過ぎる。ああ、怒るなよ? それを持って彼女を貶めるつもりは一切ない。ないが……まあ、現実的にだ」
「……まあね」
「だからルディ? お前とクラウディアの結婚は大きな意味を持つ。国家にとっても慶事であるし、お前だってクラウディアの事、憎からずは思っているのだろう?」
「まあ。でも、ディアの――」
「そこは少し置いて置け。さっきも言ったが、我らの婚姻は本人の意思など置き去りだ。国家の為に」
お前はクラウディアと結婚しろ、と。
「……言えた義理では無いのも、そんな権利もないと分かっているが……頼む。国家の平和のために」
そう言ってアインツは頭を下げて――『あれ? これ、クラウディアに最高のパス出したんじゃね?』と幼馴染の恋愛へのナイスアシストに少しだけにんまりと笑みを浮かべた。悪魔だなんだといった所で、アインツとてディアには幸せになって貰いたいのだ。




