第百二話 国王陛下へのお誘い
メルウェーズ公爵、ご謀反――ではないが、盛大に拗ねるという問題。
「……まあ、そりゃ拗ねるか」
当たり前であるが『なぜだ!』なんてルディの言葉から出てくることはない。原因なんて火を見るより明らかだ。自分の弟の不始末である。
「そうだな。クラウディアのおっとさん、クラウディアを溺愛してたしな~。あんなフラれ方したらそりゃ拗ねるだろ。むしろ、拗ねるぐらいで済んで良かったぜ」
『ルディ、茶!』と声を掛けながらそう言ってソファに深く沈み込むクラウス。そんなクラウスに『はいはい』と言ってお茶と茶請けを持って、ルディが対面のソファに腰を降ろす。
「クラウス。流石に第一王子におさんどんをさせるな」
「いいじゃん、別に。ルディがイヤだって言うなら駄目だろうけど……ルディ?」
「気にしなくても良いよ。アインツもいる?」
「……はぁ、頂こう。時代が違えばとんでもない価値のつく王子直々のお茶だからな」
「今の時代じゃ無価値だよ。僕もエディも、自分の事は自分でするしさ?」
カチャカチャと音を鳴らしながら、自身も含めて三人分の紅茶を淹れると、『どうぞ』と二人の前に差し出すルディ。二人が紅茶に手をつけたのを見て、自身も紅茶に手を付ける。
「……うん、美味しい」
「……本当にうめーよな、ルディの紅茶。王子殿下には必要ねー能力だろうけど」
「また腕を上げたんじゃないか? コツとかあるのか?」
「大したことはしてないよ。精々、カップを温めるのと湯の温度くらいだけど……まあ、こっち系の飲み物は大体そうだけどね」
肩を竦めて見せて、ルディはソーサーの上にカップを置くと、そのまま二人に視線を向ける。
「それで? メルウェーズ公爵が盛大にヘソ曲げちゃったのは分かったけど……僕にどうしろって言うの? 具体的なアイデアは無いよ、僕」
男女関係の機微には疎い所もあるルディだが、拗ねたおっさんの慰め方なんてもっと知らない。ため息混じりにそういうルディにアインツが真剣な視線を向ける。
「方法として一つ、ある。メルウェーズ家が納得し、クラウディアが傷付かず、エディにも被害が及ばない方法が」
「……あるの、そんな画期的方法? っていうかさ? あるんだたったらそれ、実行すれば良くない? わざわざ僕に意見なんか求めなくても」
「いや、この方法はルディの協力が必要なんだ。ああ、協力なんてものじゃない。ルディこそが主役だ」
「……そうなの? 『平凡』な僕が主役の作戦って、もうそれだけで駄目そうな感じが凄いけど……それで? どんな作戦なの?」
ルディの言葉に、アインツとクラウスが視線を交差させる。そんな二人に訝し気な表情を浮かべたルディだが。
「――ルディ。ルドルフ・ラージナル第一王子殿下。どうか貴方こそ」
国王陛下になって頂けませんか、と。
「……は?」
「メルウェーズ家のメンツをエディが潰してしまった。この意味は当然、分かるな?」
「いや、そりゃ分かるよ? 分かるけど……そ、それでなんで僕が国王陛下に即位することになるんだよ!!」
「順序立てて話す。まず、メルウェーズ家が激怒している理由は先ほど言った通り、メンツを潰されたからだ。クラウディアは――メルウェーズ家の子女、か? メルウェーズ家の子女は国王陛下の配偶者として王妃になる。これは俺らが生まれる前から、王家とメルウェーズ家――違うな。『諸侯貴族』と『宮廷貴族』の融和の為に必要なセレモニーだった」
「まあね」
「だが、エディがクラウディアを公衆の面前で辱めた。そりゃ、メルウェーズ公爵家も怒るわな。メルウェーズ家から嫁を出さない、ってなったら諸侯貴族、どうなると思うよ?」
アインツの言葉を引き取ったクラウスの言葉に、ルディが肩を竦めて見せる。
「……面白くはないだろうね。まあ、直ぐに反乱とかになるかどうかは別だけどさ?」
「まあな。だが、軍部周りの情報じゃ、周りの国も結構キナ臭いって話だ。内乱、とまでは行かなくても外敵からの侵攻に対して『消極的』な態度で居られちゃ困るって話だ」
「……挙国一致の為にも、って話だね」
「クラウスの言った通り。今すぐどうこうでは当然ないが、絶対に『しこり』は残る。そしてそれは、国家の危急の事態の際に噴出するだろう」
「……ちょっとした恐怖だね、それ」
「まさに獅子身中の虫だ。だからこそ、メルウェーズ家のメンツを立てて、その上でクラウディアを王妃にしなければならない」
「……だから、僕、と」
「そうだ。クラウディアはエディの事を――コホン、まあ、あんな辱めを受けたんだ。メルウェーズ家としても流石に『じゃ、もう一度婚約を』とはならんだろう。というか、事実ならん。なんせメルウェーズ公爵が腹を立てたのだって、陛下がもう一度エディとの婚約を打診したからだしな」
「……何やってるの、父上」
ルディとて別に婚約破棄からの再婚約が絶対に悪手とは思っていない。思っていないがしかし、数日前に勝手に婚約破棄しておいて、『じゃ、もう一回』と言われた相手がどんだけ怒るか、という話である。
「だから、現実的にクラウディアとエディの婚約は破棄が既定路線だ。だが、クラウディアの王妃『就任』は是が非でもいる。国家安寧の為にな」
「……だから、弟の次は兄である僕に、って話か。なるほど、理解したよ」
そう言って詰まらなそうに『はぁ』と息を吐くルディ。そんなルディに、アインツは慌てて声を上げる。
「その、すまない! この言い方だとまるでルディの事をエディのスペアの様に扱っているように聞こえるかも知れない。だが、そんな意図はない! 俺もクラウスも、お前が国王陛下に相応しいと、真実そう思ってる!」
「そ、そうだぞ! なんか状況がややこしくなってるけど……それだけは誓って事実だ!! 別にルディ、お前をスペアだなんて――」
「ああ、それは良いよ、別に」
「――思って……いい、だと?」
「うん。僕自身、別にエディのスペアでも構わないしね。優秀な弟の代わりがどこまで務まるかは分かんないけど、まあ、そうなったら頑張ろうって気持ちくらいはある」
これでも王族だ。自身の体が、自身のものだけではなく『国家』のモノであることもルディは理解しているのだ。なんせ、皆様の税金で食っている身である。そら、ご恩には報いるのが世の常だ。
「だから別にそこは本当に良いんだよ。ベストじゃなくてもベターな選択肢なら、取る必要もあるし。だから、『僕』は別に良いんだ。問題は」
ディアだよ、と。
「――ディア、あれだけエディの事を愛してたんだよ!! それなのに、エディと結婚出来ないなんて……可哀想じゃないか!!」
そんなルディの言葉に、クラウスとアインツは顔を見合わせ、大きくため息を吐いた。




