第百一話 ルディの素敵な働き方改革!
ディアがメアリに泣きついている同時刻。クラウスとアインツは連れだってルディの私室を訪ねていた。
「あれ? メアリさんは?」
ノックをして『どーぞ』という声と共にルディの私室のドアを開けると、そこにいつもいる筈の侍女の姿が無い事にクラウスが首を捻る。遅れて入って来たアインツも同様に、視線を左右に向ける。
「今日はオフ。メアリもずっと僕の世話してくれてる訳じゃないしね」
「……ああ、ルディの言っていたやつか。なんだったか……」
「働き方改革ね」
「それだ」
本来、侍女業務というものに休みはない。主人のおはようからおやすみまで、暮らしを見つめる素敵なブラック職場なのである。まあ、流石に二十四時間、年中無休で働けますかな職場なんて人間には不可能なので当然交代制ではあるが、それでもルディの『前世』に比べればだいぶブラックな職場環境だ。
「三交代で僕の世話なんかされたら、流石に僕一人じゃ何にも出来なくなるしね。それに、引継ぎで揉める事もあったし……」
平凡だなんだと言われてもルディは押しも押されぬ第一王子サマなのだ。その『利権』に群がろうと――まあ、ヤラシイ話ルディの『お手付き』になったり『お気に入り』になったりした日には、というやつである。『国母様』は無理でも、左うちわな生活は保証されているのだ。一日の業務終わりに引継ぎがあるも、『お気に入り』になりたい侍女は、引継ぎ相手の侍女に正確な引継ぎを行わずに株を落とそう、という足の引っ張り合いが普通にあったのだ。当時のルディの周りはこういう、いわば『女の圧』で形成されていたのである。
「……まあ、非効率だがな」
ため息を吐きつつそういうアインツ。そんなアインツにクラウスも苦笑を浮かべて頷く。
「あんときのルディの周り、ピリピリしてたもんな~。なんつうか……嫉妬と怨嗟の塊っつうか」
「他の貴族ではそうでも無いだろうが……なんせ、ルディだしな」
侍女相手でも遜るルディの態度は、当然であるが侍女周りでは評判が良かった。『次期国王になられるかも知れないお方が、軽々と頭を下げるなど……』と最初はイヤな顔をしていた侍女も『ま、まあそこがルディ様のいい所かも知れませんね』と頬を赤らめて微笑む程度には。なまじっか侍女の間での評判が高い分、ルディ争奪戦は熾烈を極めたりしたのである。
「それでメアリさんを一本釣りだもんな。五日働いて二日休む、なんて画期的だしな」
「ああ。それでしっかりとルディがサポート出来るのかと思ったが……流石、メアリさんだな」
ブラック企業張りの労働環境と――後はまあ、色々と面倒くさい女性事情に嫌気がさしたルディが提案したのが五日働いて二日休む、所謂『週休二日制』である。反対意見こそあったものの、ルディが王位継承的には味噌っかすだったり、他所への波及を促すものでは無かったので『変わった事してんな~』くらいの感想で収まったのだ。『王城全体でこの取り組みを!』とかなった日には批判や不満がさく裂しただろうことは想像に難くないが……この辺りのバランス感覚は、現代社会で生きた経験のあるルディにはあるのである。新しい事をするには根回し超大事、成功が無いと後に続く人はいないのである。
「まあ、その後のメアリさん、すげー荒れてたけど」
「……あれはな。まあ、仕方ないさ」
ちなみに週休二日制の導入に真っ向から反対したのは、ルディ争奪戦を勝ち抜いたメアリだったりする。もう言わずとも分かるとは思うが、メアリにとってルディの側に居る事こそ至福、そんな権利をルディ本人に奪われたのである。メアリにとっては噴飯ものであるも――それがメアリの体を心配するからこそ出た施策であることも聡い彼女には分かっているので、愛憎入り混じった複雑な感情を抱いていたのだ。
「ワーカーホリック気味だからね、メアリも。『私の楽しみを奪うんですか!』って随分怒られたけど――なに、その表情?」
「「――いや、別に」」
「……なんか感じ悪くない?」
しらーっとした表情を向けてくるアインツとクラウスにルディが思わず鼻白む。まあ、二人的には『いや、ワーカーホリックじゃなくて単純にメアリさんはお前の事が大好きなんだけだよ!』的な感情ではあるのだが、『このにぶちんには何言っても無駄か』と少々の諦めの気持ちもあったりするのである。
「……なんでもない」
「ああ、そうだな。なんでもないぜ、ルディ」
「なんかちょっと釈然としないんだけど……まあ、いいや? それで? 二人して訪ねてくるって珍しいね? どうしたの? なんか用事?」
アインツとクラウスの突然の訪問。その真意に思い当たることがなく、ルディは首を捻る。そんなルディにアインツが深々とため息を吐いた。
「旧交を温めに来た、と言いたいところだが……学園で同じクラスで『旧』交も何も無いしな」
「別にただ遊びに来てくれても良いよ?」
「それこそ学園でアポを取ってからくる。今回こちらに来たのは相談――というか、『稀代の知恵者』のルディ、お前の知識を拝借するように父から言われてきたのだ」
「稀代の知恵者って、オーバーな。まあ、宰相閣下がお困りなら手助けくらいはするけど……で? 何があったの? なんか問題?」
ルディのその言葉に、アインツは少しだけ気まずそうに顔を逸らして。
「――メルウェーズ公爵が盛大にヘソ、曲げたらしい。『もう王国なんて知らん』と言わんばかりの剣幕で」
「……へ?」
この日一番の間抜けな声が、ルディの口から洩れた。




