第百話 我儘少女は素敵に無敵
アルベルトがディアに、『お前はフリーだ!! 婚約はなし!!』という言葉を受けた翌日、ディアは学校帰りにメアリの部屋を訪れていた。殆ど涙目のディアに『な、何があったんですか!?』と驚いたメアリだったが、ディアから事の顛末を聞くにその表情は驚きから、明確な呆れに変わっていった。そんなメアリの表情の変化に気付き神妙な顔をしているディアに、メアリは深くため息を吐いて。
「……バカなんですか、クラウディア様?」
「だって!!」
「言えば良かったじゃないですか。『私はルディ様が大好きです! だから、ルディ様と結婚したいし、なんなら押し倒されたいです!』と」
「言える訳無いでしょう!? なんですか、押し倒されたいって!! そんな痴女ではありません! 私は淑女です!!」
「押し倒したい派では無いでしょう?」
「初めては男性に優しくリードを――って、だから!」
「はい、痴女確定。もしくはムッツリですね。ムッツリディア様」
「なんですか、それ!! 私は別にムッツリではありません!!」
まあ、ムッツリではない。ある程度はオープンな所もあるし。ただまあ、淑女よりは痴女の方が属性的には近いが。そんな、ぎゃーぎゃーとわめくディアにメアリはもう一度、ため息。
「冗談です。冗談ですが……」
『なんでヘタレやがった』と言わんばかりの責める視線のメアリに、ディアが『うっ』と息を詰まらす。そんなディアにじとっとした視線を向け続けるメアリに、堪らずディアが口を開いた。
「だ、だって……は、恥ずかしいし……」
「大丈夫ですよ、クラウディア様。貴女の性癖よりは恥ずかしくありませんし」
「せ――あ、貴女だって似た様なものでしょう!? 少なくとも私はルディの為に服一着仕立てて、それを交互に選択して永久機関を完成させるとかしませんし!!」
「その恩恵を受けた癖に」
「そ、そうですけど! で、でも……や、やっぱりお父様にルディの事を好きとは言えません!!」
「……はぁ。良いですか、クラウディア様? メルウェーズ公爵家は今、王家に莫大な『貸し』があるのですよ? その『貸し』を今使わず、何処で使うのですか? 今ならきっと、ルディ様も否とは言いませんよ? ほら、バラ色の未来図です」
メアリの言っている事はほぼほぼ正しい。王家としてはエディとディアの問題は頭の痛い所だし、『ルディでも良いよ? むしろルディだったら最高だよ!!』とディアが言えば、王家は嬉々としてルディとディアの縁組を持つだろう。その上で『別に王妃じゃなくて良いよ? ルディのお嫁さんになれたら幸せだよ?』なんて言った日には、きっと王家は狂喜乱舞してさらなる貸しも出来るかも知れない。
「それを……なんですか、クラウディア様!! ちょっと恥ずかしいくらいで、そんな――」
「ち、ちがいます! いえ、完全に違う訳では無いのですが……その……」
言い難そうに言葉を詰まらすディア。そんなディアに『ふむ』と一つ頷き、メアリは続きを促すような視線をディアに向ける。そんなメアリの視線を受け、ディアはおずおずと口を開く。
「そ、その……そしたらお父様、きっとルディとの婚約を進めてくれる、と思うんです……」
「願ったり叶ったりじゃないですか? 何を躊躇する必要がありますか」
「ね、願ったり叶ったりですけど! そう、なんですけど……そんなのって……」
私とエドワード殿下の結婚と、一緒じゃないですか、と。
「……ルディは優しいから。私がルディの事を好きと言えば……エドワード殿下に『フラれた』私を、きっとルディは受け入れてくれるんです。恥を掻かせたとも思っているでしょうし、きっとルディは受け入れてくれます。勿論、愛してもくれるでしょう。でも、そんなの……」
――寂しいじゃないですか、と。
「……ルディに選ぶ権利がなくて、ルディに『仕方なく』選んでもらうのは……やっぱり、寂しいです。私はルディに、心から私と結婚したいと……そう、思って欲しいです」
「……」
「……はぁ」
呆れた様にため息を吐くメアリ。そんなメアリにびくっと震え、怯えた様な視線を向けるディアに、メアリが苦笑を浮かべて見せる。
「……まあ、気持ちは分からないでは無いですが。そうですね。確かにルディ様に『無理矢理』貰って貰うのは……あまり、嬉しくないですね?」
「で、ですよね!!」
「ですが、宗旨替えですか、クラウディア様? 先日までは是が非でもルディ様のお嫁さんになると息巻いていたのに」
「宗旨替えではないです。ないですが、少し」
欲張りになりまして、と。
「……エドワード殿下の婚約者だった時よりも、今はとても楽しいし、充実しています。でもね、メアリさん? 私、どんどん欲張りになっているんです。ルディと結婚出来れば良いから、ルディに愛されたいに」
「……まあ、今まで抑圧されてきましたからね。その分の反動が来た、と」
「言ってみればそういう事ですね。ですが……私は今の私がそんなに嫌いではありません。だから――」
やっぱり、ルディには正々堂々立ち向かいます、と。
「……必ず、ルディに愛される様に」
「……我儘ですね」
呆れた様にそう言ってみせるも――『我儘』になったディアは、今までメアリが見て来たディアの中でも、群を抜いて綺麗だった。




