第十四話 祐司からの謝罪とアドバイス
展開の都合で、今回は短めです。
朝になり、バイトを終えた聖夜はかのこ荘に帰宅した。入れ替わりに大学にむかう学生たちの姿は、いつもキラキラと輝いて眩しく見える。
「お帰り。深夜のバイト、お疲れ!」
「ただいま。行ってらっしゃい」
聖夜と挨拶を交わして、彼らは慌ただしく自転車を漕ぎ始める。
寮に入りたてのころ、同居人たちは聖夜を何度か遊びにも誘ってくれた。だがそれは長く続かなかった。どことなく人を避けたがるようすに、彼らはあいさつこそ交わすものの、徐々に誘うのを遠慮するようになった。
たった一人を除いて。
「おや、今帰りか?」
玄関先で、ちょうどでかけるところの祐司と出くわした。あいさつを交わして中に入ろうとすると、聖夜は祐司に呼び止められた。
「やっと加織ちゃんとつきあう気になったんだな」
振り向きかけた聖夜の動きがとまる。
「つきあうなんて……そんな大袈裟なものじゃないよ」
聖夜は、背をむけたまま答える。
「え?」
「あの子のことは好きだよ.でも……恋愛感情はない。親しみやすい友達ってだけだよ」
聖夜は淡々とした口調で事実だけを告げる。背後で祐司がとまどっているのが解った。
「そうか……やっぱりな。できればそうじゃないことを願っていたんだぜ」
責められると思っていたが、祐司の声は予想のほか穏やかだった。意外な態度に、聖夜は足を止めて振り返る。
「まわりにいくら囃し立てられたところで、気持ちがなけりゃ、恋愛関係なんて成り立てねぇもんな。でも人付き合いを避けているおまえからしたら、ずいぶん距離が近いだろ。加織ちゃん自身、自分が聖夜にとって友達にすぎないって解っている。それでもどこかで期待しちまうだよ、きっと」
信頼が恋愛感情に変わるのはよくある流れだ。だが聖夜の置かれた環境では許されることではない。
「そうだね。中途半端な態度はこれで終わりにする」
まぶたの裏に加織の顔が浮かんだ。加織は不安を抱きつつも、聖夜を正面から見つめている。
普通の学生として出会えていたら違う付き合い方もできただろう。輝ける未来を疑うことなく、何かを恐れる必要のなかったころに出会えていたら。
「今回のデートはおれがけしかけたものだからな。昨夜気づいて、ふたりに悪いことをしたと後悔している」
祐司は聖夜から視線を逸らし、顔を下に向けた。その後一呼吸おき口元に笑みを浮かべて続ける。
「好意をもってくれる相手に冷たくしないで、不器用だけど誠実に対応するところが聖夜のいいところなんだ。それだけに期待させるような態度は避けておけよ」
「……うん」
「今回責められるのはおれだ。すまない。じゃあ行ってくる」
祐司は腕時計を見て、慌てて大学に向かった。
責任を押しつけるつもりはなかったのに、中途半端な返事が祐司を誤解させた。まあ彼のことだから、すぐに忘れてくれるだろう。
晩秋の澄み切った空気の冷たさより、柔らかい陽射しが聖夜の肌を刺した。何かに共鳴するように、聖夜の身に流れる魔性の血が少しずつ活動を始める。覚醒のとき以来抑えつづけてきた血を、いつまでおとなしく手なづけていられるだろう。
(いや、絶対に抑えてみせる)
血で渇きをいやすことは絶対にしない。現実逃避ではなく、自分自身への強い戒め――固い決意だった。
食堂に入ると、綾子がTVの前に座りじっと画面をながめていた。この時間は後片づけで忙しいはずだ。珍しいこともあるものだと、聖夜は画面に視線を向ける。
そこには見なれた光景が映し出されていた。画面全体は焦点をぼかし学校名を明かしていないものの、地元の人間が見れば加織たちの学校だと解る。
少女たちは皆レポーターの取材を完全に無視しているようで、ひとつのインタビューも取れていない。
「おや、お帰り」
綾子は背後に立つ聖夜に気づき声をかけた。促されて隣に座ると、お茶を入れてくれる。
「おばさんも事件が気になるんだね」
「まあねぇ。この街のことだし。興味本位じゃ済ませられないよ。本当に怖い世の中だね」
何気なく画面を眺めていると、他にも捜索願いが出されているという言葉で中継が終わった。夕べのレポーターのあわてたようすは、これが原因だろう。
学園祭での事件は始まりにすぎない。うまく追い払えた裏に事件の拡大があることを知るのは、気持ちのいいものではなかった。
「いったいどうなっちゃったんだろうね。この土地は昔から呪われてんのかねぇ」
元は小学校の分校があるような町外れの集落だった土地が、バブル期をきっかけに大々的に開発され、学問や開発を中心とした街に生まれ変わった。世代がひとつ移りつつある今、開発前の面影を知るものは年を重ねている。
いわゆる因習村のような因縁でも残っているのだろうか。
新参者の聖夜には、近代化された今の姿と過去の因縁がなかなか繋がらないまま、綾子の顔に浮かぶ翳りを見ることしかできない。
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