占いと心理テストと 後編
「ローザリアさん! 潜入調査、無事に遂行してきたよ!」
執行部室に顔を出したのは、予想通りルーティエだった。
色々と察したレンヴィルドから、批判の籠もった眼差しを向けられる。
「彼女が偵察を? 友人扱いが荒いね……」
「立っている者は友人でも使えという、あちらの世界の名言もあるらしいので」
「それって本当に名言なのかな?」
とはいえ、占いをしてもらうという危険のない行為だったからこそ、ルーティエに頼むこともできたのだが。
執行部室は部員以外の生徒の立ち入りが制限されているため、ここからは談話室に場所を移すこととなった。
執行部が完全に出払ってしまうことになるが、内密の話になるので仕方がない。
「潜入捜査って、『刑事ドラマ』みたいでドキドキしちゃった!」
談話室に入るなり、興奮に頬を紅潮させたルーティエが口を開いた。
「『刑事ドラマ』?」
首を傾げるローザリアに答えるのはカディオだ。
「『ドラマ』は『ゲーム』みたいな物語です。国の捜査機関に所属している『刑事』が、次々に起こる事件を解決していくお話のことですね」
「なるほど。騎士団のようなものですか」
おにぎりの一件以来、カディオとルーティエは互いが転生者であることを打ち明けている。
グレディオールいわくあちらの世界の話も、『乙女ゲーム』などの文化について話しても、この面子ならば問題なかった。
談話室でもお茶の支度を調えると、まずはルーティエに話を向ける。
「彼女には、飛び入りで占ってもらうことはできないかと美術準備室に向かっていただきました。ルーティエさん、どうでしたか? やはり案内状とやらがなくては、門前払いでした?」
紅茶を飲んで多少落ち着いた彼女は、思案をしながら慎重に答えた。
「まず、放課後に占いをしてるっていうのは、ローザリアさんの読み通りだったよ。深夜に校舎に忍び込むのは難しいもんね。それで、何人かの女生徒は見かけた」
令嬢方は途切れることなくやって来て、あわよくばという期待も虚しく、無駄足になったらしい。
「でも、二人連れで来てる子達もいたからね! 何とか粘って、教室を出てきたところでの会話を聞いてきました!」
ルーティエは額に手をかざしてビシッと決めているが、そこにどういった意味合いが含まれているのか分からない。苦笑しているのはカディオだけだ。
「断片的に聞く限りでは、占いっていうよりおまじないに近い気がしたんだよね。『黄色いリボンを身に付けていれば幸運が訪れる』とか『中庭の噴水の近くで意中の相手に会える』とか」
「まぁ、占いってそういう曖昧なものだよね」
レンヴィルドが、何とも言えない顔で笑っていた。気持ちは分かる。
「……けれど、それを実行しようと考えるくらいには、占いが正確なのでしょうね」
ローザリアは呟きを落とす。
可愛らしい遊びの範囲だったら問題ないが、女生徒達は飽きるどころか流行は加熱する一方。普通に考えれば的中率の高さゆえだろうが、何かしらの仕掛けがあるのだとすると実に巧妙だった。
「いずれにせよ、さらに情報を集めてみないことには予想も立ちませんね」
「そうだね。一応、兄上にも報告しておこう」
レンヴィルドが兄である国王に連絡しておいてくれるなら、何か起こっても対処しやすい。
やはり、軽視することなく真剣に受け止めてくれる彼に相談してよかった。
少し肩の力が抜けて、ローザリアは微笑んだ。
「ありがとうございます、レンヴィルド様」
ルーティエも『刑事ドラマ』ごっこに飽きたのか、いつもの彼女らしい天真爛漫な笑みを見せた。
「ただ普通に流行ってるだけならいいよね。女の子は占いとか心理テストとか好きだし」
「『心理テスト』?」
また聞き覚えのない単語だ。
ルーティエの詳しい説明によると、出題した問題の答えによって相手の心理が分かる、『ゲーム』のようなものらしい。
テストと言いながら『ゲーム』とは。
「あくまで遊びの範囲で楽しめるものが多いんだよ。たとえば、五匹の動物をどういう順に置いていくかってやつとか」
「あぁ、それは俺でも聞いたことがあります。置いていく動物の順番で、その人の……」
「わぁ! カディオさん、ネタバレ駄目、絶対!」
咄嗟にカディオの口を塞いだルーティエは、何かに気付いたようにローザリアを振り返った。
完璧な笑顔で応えると、彼女は慌ててカディオから離れる。
ローザリアに想いを打ち明けられてからというもの、ふとした時に殺気を感じるようになったとはルーティエの証言だ。
「ちなみに、お二人は調べたことがあるのですか? カディオ様の結果は?」
「はーい! こういうのは、みんなで診断してから結果発表した方が、断然楽しいと思いまーす!」
みんな、ということは、ローザリア達も頭数に数えられているのだろう。
レンヴィルドに視線を送ると、彼は仕方ないというふうに肩をすくめた。
「では早速。あなたは今、長い旅の途中にいます。動物を五頭連れていますが、どうしても一頭ずつ、その場に置いていかなきゃならない時が来ました」
「なぜ急に敬語に?」
「雰囲気作りです。動物の種類は馬、牛、猿、羊、虎……は分からないですかね? 狼とか獅子でもいいと思います」
「そもそも、そのような状況に追い込まれないよう手を打っておくべきでは?」
「それを言ったら心理テストがはじまりません」
はじまらないと睨まれれば仕方がない。
ローザリアは指示に従い、用紙に動物の名前を書いていく。レンヴィルドもほとんど悩むことなく書き終えていた。
ルーティエが楽しそうに手を叩く。
「はい。このテストでは、あなたの物事に対する優先順位が分かります。動物には、それぞれ象徴するものがあるんです」
牛は、愛する妻や夫、恋人を意味するらしい。
同じように馬は仕事を、猿は親や子どもなど血縁を、獅子は誇りを、羊はお金を象徴していると。
「困った時真っ先に捨てるもの、最後まで守り抜くもの、ですか」
「どれどれ、ローザリアさんはー……最初に馬、仕事を切り捨ててるね! 意外!」
ローザリアが選んだ順番は、馬→羊→牛→猿→獅子。最後まで大切にするものが誇りという、身も蓋もない結果になってしまった。
「意外といえば、レンヴィルド様も……」
先ほどまでの楽しげな雰囲気はどこへやら、ルーティエはひたすら気まずそうだった。
レンヴィルドの用紙に書かれている順番も牛→馬→羊→猿→獅子、と似たような結果になっている。
けれどローザリアは、彼の診断結果を意外とは思わなかった。
「捨て置くことで、動物達への責任を放棄するのですもの。それならばせめて、引き取り手のありそうな動物から選んでいく方が、その場で死亡という可能性を減らせる――レンヴィルド様も、そうお考えになったのでしょう?」
「あぁ、やはりあなたも?」
だから真っ先に、馬。人や荷物を運べるから、すぐに拾ってもらえるだろう。
その次に、牛。雌牛ならば乳がとれるし、家畜として一般的だ。羊だって羊毛がとれる。
「残りの二頭は消去法だね。猿と獅子、どちらも引き取り手は少ないだろうけれど、獅子を野に放てば民家を襲うなどの被害が出るかもしれない。最後まで面倒をみなければならないと思ったまでだよ」
「あら、獅子を残した理由だけは異なりますわね。わたくしはグレディオールから、獅子とは集団で生活する動物だと聞いておりましたので」
獅子は、一頭ばかりでは生きていけないという。狩りをしないらしい雄であればなおさらだ。
「発想が完全に上に立つ人のやつ……『心理テスト』の意味……」
がっくり肩を落としているルーティエをしり目に、ローザリア達は品よく笑い合う。
「ウフフ、さすがレンヴィルド様。『心理テスト』を無意味なものとする、王族らしい考え方ですわ」
「ハハハ。獅子を保護しようというあなたにだけは言われたくないけれど」
その時、凍える空気などものともせず、カディオが席を立った。
「俺はこれでイーライと交代になるので、その足で城に向かいます。報告の件もありますし、陛下のご予定を聞いておきましょう」
ごちそうさまと言い残し彼が出ていくと、何となく解散の運びとなった。
談話室をあとにしようとしたローザリアは、ふとレンヴィルドを振り向いた。
彼が真っ先に置いていく選択をしたのは、牛。愛する人だ。
「……諦めなければよろしいのでは?」
何を指しての発言なのか理解したレンヴィルドが、目を見開いた。
彼が伴侶を諦めているとしたら、それは過去のせいだ。初恋の少女を喪った後悔から、王弟妃という地位に大切な相手を据えたくないと思っている。
「はじめから諦めていれば、何も手に入りません。現状を打破するために足掻いたって無駄にはならないでしょう」
諦めてほしくない、というのはローザリアの勝手な願いだ。彼に押し付けることはできない。
思いだけ手短に伝え、すぐ部屋を出ようとする。
とん、と進路を塞いだのは、背後から伸びる腕。
「……レンヴィルド様?」
その腕の持ち主であるレンヴィルドは、あくまで笑みを浮かべていた。
けれどなぜか異様な迫力が漂っている。何か猛烈に――怒っているような。
「本当に……振り回してくれるよね、あなたは」
普段より低い彼の声。
背中をぞくりとしたものが駆け上がる。
緑の瞳が、しかとローザリアを映した。以前にも見た、強い感情が潜む眼差し。
レンヴィルドの顔がゆっくりと近付いてくる。
「――私を焚き付けて、後悔するのはあなただよ」
耳元で囁くと、彼は颯爽と去っていった。
ローザリアは、詰めていた息を力なく吐き出す。
今さら心臓が痛くなって、熱い耳を押さえた。
間近で響いた囁きが、耳に触れそうな息遣いが、同時に心をもくすぐっていったよう。
ガタリと激しい物音がして、慌てて振り向く。そこには、扉にしがみつき悶えるルーティエがいた。
彼女の存在を失念していたローザリアの頬は、羞恥で焼けそうに熱くなった。
何とか誤魔化さねばと焦っていると、ルーティエはおもむろに親指を立てた。
「スチルより、数倍よかった……」
「……ルーティエさん……」
『スチル』というものはよく分からないけれど、あまりにも彼女らしい謎の言動に、動揺していた心がスンと冷めた。
久しぶりにレンヴィルドのターンを書けて楽しかったです!
本当に何度もすみませんが、
コミカライズ3巻をよろしくお願いします!
そして新作『復讐したいのに、もふもふ陛下から逃げられません!』を!!!!!
どうかどうかよろしくお願いします!!!!!




