おいしい悩みごと
お久しぶりです!
本日、コミカライズの2巻が発売となりました!
どうぞよろしくお願いいたします!m(_ _)m
※こちらの記念SSは、書籍版の後日となりますので、ネット版読者様には話が繋がらない部分があります!
そういった箇所はふわっと読み飛ばしていただけると嬉しいです!
国交を深めるため、シャンタン国の王子達がレスティリア学園に留学することが、正式に決まった。
レンヴィルドはその準備に駆けずり回っているし、ルーティエから聞き出した『乙女ゲーム』続編のシナリオも何やら不穏だ。
本編のキャラクター達の他に『冷酷傲慢キャラ』、『無口お色気キャラ』、『口下手照れ屋弱腰キャラ』が増えるとか。
あのシンが『無口お色気キャラ』という点には首を傾げざるを得ないが、そこに『健気年下キャラ』とも言えるレスティリア王国第一王子、ヘイシュベルまで加わるのだからとにかく大所帯だ。
『悪役令嬢』であるローザリアの立ち位置も微妙なところなのに、執行部の一員としては関わらざるを得ない。考えねばならないことは山ほどある。
だというのにローザリアはーー現在、厨房に立っていた。
もちろん、自ら調理をするわけではない。いつもしているように、料理人に采配を振るうのみだ。その辺はルーティエとのチョコレート作りで懲りた。
「本当に、これがおいしいのでしょうか?」
「分からないけれど、調理法は間違っていないわ。諸々足りないものはあるから、ここからは試作を繰り返してわたくし達なりに改良しましょう」
目的のものは完成に近付いている。
不安げな料理人に、ローザリアは自信あふれる笑みを返した。
◇ ◆ ◇
それほど広くない学習室の一室を借り、カディオを呼び出す。
彼は警戒心を感じさせない様子でやって来た。
「失礼いたします」
生真面目に礼をしてから入室したカディオだったが、テーブルの上に鎮座するものを見た瞬間、敬語が吹き飛んだ。
「おにぎりだ!!」
予想通りの反応を得られたことで、ローザリアは笑みを輝かせた。
そう。料理人に協力してもらい熱心に研究していたのも、全てはこのおにぎりを完成させるため。
屋台巡りをした際、カディオが前世での懐かしい味として挙げたものの一つだ。
「以前お聞きした調味料を塗って焼く、という調理法ではなく、味付けは塩のみですが」
「ということは、塩むすび!!」
「名称があるということは、既に確立された食べ方だったのですね。安心いたしました」
「おにぎりに正しいも間違いもないよ。中に具材を入れたり、色々アレンジできるのがおにぎりの醍醐味だからね!」
シャンタン国には米という作物があり、それを主食としている。
過去、レスティリア王国にも輸入されているが、調理法が伝わっていなかったために残念ながら浸透することはなかった。
シンから正しい調理法を伝授してもらい、ふっくらと炊き上がった米はおいしかった。もっちりしていて、噛めば噛むほど甘みを感じる。他にも様々な調理法で楽しめそうだ。
カディオの金色の瞳は、おにぎりに釘付けのままキラキラと輝いている。
この笑顔を見られたのだから、頑張った甲斐もあるというものだ。
「さぁ、ぜひ食べてくださいませ。カディオ様のために作ったのですから」
遠慮深い性格のカディオだが、今回に限っては気遣いも忘れて頷いた。まるで大型犬のような人懐っこい風情が微笑ましい。
いそいそと椅子に座り、手を合わせてから両手でおにぎりを持つ。
頬張った途端、彼の表情は幸せそうに緩んだ。
「おいしい……白米なんて久しぶりに食べた」
「わたくしも試食を重ねる内に、すっかり気に入ってしまいました」
祖父のリジクも好んでいるので、最近のセルトフェル邸での主食は専ら米だ。
いずれはルーティエにも食べてもらおうと思考にふけっていれば、カディオは楽しそうに笑った。
「街歩きの時も思ったけど、ローザリア様はおいしいものが本当に好きなんだね」
「まぁ、食いしん坊扱いはやめてくださる?」
苦言を呈しながらも、ローザリアは久しぶりに見る明るい表情に胸を撫で下ろした。
「おにぎりを再現して差し上げたいと思ったのです。……あなたの、元気がないから」
シンがやって来た辺りからだろうか、カディオは何かを考え込むことが多くなった。
護衛の任務は怠っていないため、気付いている者は少ないだろう。けれどローザリアは、快活な笑顔が見られないことを寂しく思っていた。
「何かに、悩んでいらっしゃいますよね。……ルーティエさんに、転生者であることをお伝えしようとお考えですか?」
思いきって問いかけると、カディオは食べるのをやめて目を瞬かせた。
「あぁ、そうか。ローザリア様からすれば、ルーティエさんから得た『乙女ゲーム』の情報を俺達に伝えるのって、二度手間だよね。ごめん、もっと早く気付くべきだった」
「いえ、そういうことではなく……」
ただ、ローザリアが勝手に不安になっただけだ。
カディオが転生前の世界を本当の意味で共有できるのは、ルーティエだけ。それはルーティエにとっても同じことで、互いが唯一無二なのだ。
もし、誰より心を許し合える関係になったら。
そんな不安がいつも胸に凝っている。
卑怯であることは自覚していた。今となってはルーティエは大切な友人なのに、彼女の信頼も裏切っているのだから。
そもそもカディオを独占したいという考え方自体が傲慢だ。自分のものでもないのに。
彼の発言通り、情報の共有は全員で行った方が円滑だと、理性では分かっている。ルーティエだってきっと喜ぶだろう。
そう、理解しているのにーー。
「……なぜ、些細なことで不安になってしまうのでしょうね。勝手に先回りして、悩んで」
ローザリアは膝の上でこぶしを握る。
視線を合わせることもできずにいたが、彼は思わずといったふうに噴き出した。
「それ、俺も同じこと考えてました」
「……カディオ様?」
深刻に打ち明けたのに、笑うなんて失礼だ。
じとりと半眼を向けると、カディオはやや乱暴な仕草で頭を掻いた。
「あぁ、誤解です! 笑ったのは、あんまり自分が格好悪かったからなんだ。思ってるだけじゃ伝わらないのに、意気地がなくて」
彼は何かを決心したようで、強い眼差しをローザリアに向けた。
「……ローザリア様は、シン殿下とお会いして、どう思いました?」
「どう、とは?」
「こう、格好いいなとか、ときめいたり」
「ときめく……? かなり変わった方、という印象しかございませんが」
なぜ急にシンの話を始めたのだろう。
首を傾げるローザリアに対し、カディオは目に見えて安堵した。
「ゲームと同じ展開になってるから、もしかしたらローザリア様がシン殿下を好きになってしまうんじゃって……考え始めたら止まらなくて」
今度はローザリアが目を瞬かせる番だった。
ゲームの続編が始まるかもしれないという不安は、ローザリアにもある。
けれど、心がゲーム通りになるなんて少々荒唐無稽に思えるし、そもそも『乙女ゲーム』に登場する悪役令嬢のローザリアだって、シンと恋愛関係にあったとは限らない。
「『乙女ゲーム』でのわたくしだって、利害が一致したからこそシン殿下の婚約者に収まったのではないでしょうか?」
「う、ごめん。否定してあげられない……」
「気を遣っていただかなくて結構ですわよ。あなたに出会う前のわたくしが、誰かと恋に落ちるなんて考えられないもの」
なかなか失礼なカディオにあからさまな好意を告げれば、彼は分かりやすく狼狽えた。
胸がすく思いで微笑んでいたローザリアだったが、ふと気が付く。
つまり彼は、ローザリアがシンを好きになってしまうかもと悩んでいたのか。ここ最近、ずっと。
ーー二人きりの学習室。
しばらくローザリア達は、食べかけのおにぎりを挟んで互いに狼狽えることとなる。




