当選
いつもありがとうございます!
選挙戦は、当然のようにローザリアが制した。
さりげない親切を行うたび評価は右肩上がり。
元々が悪すぎたために、善良な者なら気にも留められないような行動さえ噂にされる。
微笑みかけるだけで、手を振り返すだけで。
そして、晴れて当選演説。
演壇に立ったローザリアは、一人一人の顔を確かめるように全校生徒を見回した。
「応援してくださった皆さま、本当にありがとうございます。ローザリア・セルトフェルと申します」
大きな拍手が湧き起こり、目を細める。
「この度わたくしは、庶務に任命していただきました。これより執行部の一員として、仕事に対する重い責任を自覚し、努力を惜しまず職務をまっとうしていきたいと思っております」
「いやもう、庶務の貫禄じゃないだろ……」
「いっそ名前の変更を考えるべきではないかな? 主務とか要務とか」
「大体何だよ、急に執行部入るとか」
「だいぶ前から根回しはしていたけどね。まぁ、彼女のことだから、どうせ学園を裏から牛耳りたいとかそういう理由だろう」
それぞれ会計、書記に就任するアレイシスとフォルセが、演壇の袖で囁き交わす。
その隣ではレンヴィルドと、副会長となるデュラリオンが苦笑していた。
ローザリアは就任演説を続けながら、義弟らにあとで仕返しすることを心に決める。
「学園をよりよい環境にしていくためには、この場にいる全員の努力が必要です。皆さまもご意見やご要望がございましたら、ぜひわたくしにぶつけてくださいませ」
これほど大勢の前に立つことを、ローザリアは感慨深く思う。
栄えあるレスティリア学園の執行部に名を連ねるなんて、籠の鳥だった頃には考えられない状況だ。
レンヴィルドの背後に控えているカディオを、横目で視界に収める。
暗幕の陰にいても分かる。彼はきっと、励ますようにこちらを見守っているはずだ。
ローザリアは綻びそうになる唇を噛み締める。
ーーわたくしはカディオ様に恋をして、強くなれたと断言できるわ。一人でいた頃よりも、ずっと。
「皆さま、ご静聴ありがとうございました」
頭を下げ、再び生徒達を見回す。
そこには作り物ではない柔らかな微笑があった。
今日の放課後も、いつものお茶会の集まり。
ローザリア達はこれから、執行部の集まりで忙しくなる。それまでの短いひとときを、今まで通り過ごすと決めていた。
談話室にはまだローザリアとルーティエ、そして気配を消して控える従者達しかいない。
「そういえばローザリアさん。最近、レンヴィルド様とカディオさんと何かあった?」
ルーティエの何気ない一言に、ローザリアは平静を装えなかった。僅かな表情の強ばりを見逃さず、彼女はさらに追及する。
「やっぱり! 何かちょっとぎこちないと思ってたんだよねー!」
「そんなに……分かりやすいかしら?」
「カディオさんは分かりやすいけど、ローザリアさんとレンヴィルド様に関しては勘みたいなものだよ! 他の三人は気付いてないと思う!」
やたらと嬉しそうにどや顔するルーティエだが、ローザリアとしては複雑だ。カディオが分かりやすいという点は全面的に同意だが。
「他人には分からない違いに気付くなんて、すごくない!? 親友っぽーい!」
「そういうものかしらね……」
レンヴィルドとは今まで通り接している。
戯れに皮肉を言い、笑い合う。
悩んだところでそうするしかなかった。
同じく何ごともなかったように振る舞う彼が、時折じっとローザリアを見つめている時がある。
何より雄弁な一瞬の表情には、時間が止まっているような心地にさせられる。
カディオはカディオで、以前にも増してぎこちなくなっていた。
話しかければ固まってしまうし、ほんの少し触れただけであからさまに逃げられる。
どこか一線を引いていた彼と本音をぶつけ合ったはずなのに、なぜ逆に距離が開いているのか。
引き籠っていたローザリアは、円満な関係を築くことがこんなにも難しいだなんて知らなかった。
ルーティエならば真剣に相談に乗ってくれるかもしれないが、恋愛に関する話というのが何とも居たたまれない。
ローザリアは、シンが引き起こした騒動の顛末に全ての責任を押し付けることにした。
「他国の王族が関わるために今まで打ち明けることができなかったのだけれど、実はお忍びでいらっしゃったシャンタン国の王子殿下が、王都で事件に巻き込まれてしまって。その解決にかなり尽力したからかしら、揃って疲れが溜まっているのよ」
チョコチップのカップケーキを並べていたルーティエは、なぜかふとその手を止めた。
「あれ? お忍び……王子……シャンタン国……」
「ルーティエさん?」
今さら驚きを露にする彼女に、首を傾げる。
ローザリアがシンを助けたことは、ルーティエも既に知っているはずなのだが。
呆然と動かなくなってしまった友人の、翡翠色の瞳がじわじわ見開かれていく。焦燥の色が濃い顔は青ざめている。
「ロ、ローザリアさん……! 大変、私、思い出しちゃった! 今さらすぎるんだけど、シャンタン国の王子がお忍びで来るのはーー……」
その時レンヴィルドがカディオを伴って顔を出したので、会話が遮られるかたちになった。
「レンヴィルド様、カディオ様。ごきげんよう」
「やぁ、二人共」
仕事量が減って疲れの取れた顔をしているけれど、レンヴィルドはどこかげんなりしていた。用意した紅茶を挨拶もそこそこに飲み干す。
ローザリアとルーティエは、呆気に取られて言葉も出なかった。
レンヴィルドが、じろりとこちらを見る。
「何か文句でも?」
「文句などございませんが、ずいぶんやさぐれていらっしゃいますね」
「やさぐれたくもなるよ。会長の仕事を疎かにしたくないから執務を減らしてもらったはずが、また仕事に追われる羽目になりそうなのだから」
彼は憂鬱そうなため息をつくと、やや金髪を乱暴に掻き混ぜた。
「今回の交流は結果的に大成功だった。シャンタン国の使節達、そして不測の事態ではあったけれど、シン殿下とも親睦を深めることができた。本当に、できすぎたくらいだ」
「と、おっしゃいますと?」
交流が成功したなら、何が不満なのか。
土壁技術の教示や長らく途絶えていた交易の再開など、いいことずくめのはずなのに。
訝しんで首を傾げるローザリアに、レンヴィルドは横目で視線を流した。
「今回の件を高く評価しているのはあちら側も同様でね。さらに交流を深めるべく、シャンタン国の第二王子、第三王子、第四王子がレスティリア学園に留学して来ることが決まった。在学中、彼らを歓待するのはもちろん……」
「執行部、ですわね」
「その通り」
なるほど。また忙しい日々に舞い戻りでは、彼がやさぐれるのも無理はない。
ローザリアにとっても他人事ではないから、つい似たような顔になってしまう。
「しかも話はそれで終わらない。彼らの留学に合わせ、ヘイシュベルも特例で入学することが決定したんだ。まだ十二歳だけれど、次代を担う者達を交流させない手はない、とね」
「王子殿下が四人も在学、ですか……」
何とも面倒な予感しかしないが、レンヴィルドの口振りから察するに既に決定事項のようだ。
議会で決まったことならば簡単には覆せない。
揃ってどんよりしていると、ずっと黙っていたルーティエが恐る恐るといった様子で口を開いた。
「それ、プロローグなの……」
「プロローグ?」
言葉の意味が分からず聞き返す。
すると彼女は、悲壮な顔を上げた。
「シャンタン国の王子の一人がお忍びでやって来る。それってプロローグーー『乙女ゲーム』の続編の、始まりなの……!」
しん、と談話室が静まり返る。
『乙女ゲーム』の、続編。
そういえば以前にも、カディオからチラリと聞いたことがあるような。
「どうしよう。シナリオ通りに進んでないから、安心してたのに……」
普段の賢明なルーティエならば、前世について決して人前で語ったりしない。今は動揺ゆえに口走っているのだろう。
彼女の事情を知らない人間が聞けば妄想と片付けてくれるかもしれないが、レンヴィルドとカディオはルーティエが転生者だと知っている。彼らは攻略対象でもあるので微妙に気まずい話題だ。
けれどルーティエの言葉は、そんな懸念など吹き飛んでしまうほど衝撃的だった。
「続編は、たくさんの王子様達と絆を深めてく話だったと思う。もちろんこれまでの攻略対象達も登場したはず。本編が友情エンドで終わった設定になってて、そこからまた恋が始まってくの。悪役令嬢は引き続き『ローザリア・セルトフェル』で……!」
狼狽え涙目になるルーティエの肩に手を置くと、ローザリアはニッコリ微笑んだ。
「とりあえず一度、あなたの知りうる情報を洗いざらい聞く必要がありそうね」
「え。えっと、でもよく覚えてなくて……」
「頑張りましょう。精神的にも肉体的にも追い込めば、何かの拍子に記憶が甦るかもしれないわ」
「えぇぇええー!?」
不穏な空気を放ち始めたローザリアを、カディオとレンヴィルドが慌てて制止にかかる。
「ローザリア嬢、ひとまず殺気をしまって!」
「大丈夫、わたくしは冷静です」
「どこがですか!?」
談話室はにわかに騒がしくなった。
『悪役令嬢? いいえ、極悪令嬢ですわ』
二巻引き続きよろしくお願いいたします!




