深夜の会談
お久しぶりです!
遅くなりましたが明けましておめでとうございます!
今年もどうぞよろしくお願いいたします!m(_ _)m
捕縛した面々は王宮に連行しなければならない。
取り調べもまだだし、余罪の追及なども済んでいない。それらは騎士団の管轄だった。
騎士団の兵舎前に転がしておくのが一番手っ取り早いが、説明責任があることは理解している。
ローザリアは王宮の一角、極めて私的な談話室に通されていた。
深夜の静まり返った室内には、使用人さえいない。機密保持のためだろう。
人払いを行い、話し合いの場を設けたレンヴィルドが、半眼でローザリアを見据えていた。
「信じられない……」
「このような夜更けにお呼び立てしてしまったこと、申し訳なく思っておりますわ」
「そこもだけれど、窃盗集団とそれを裏で操っていた子爵の捕縛、及び証拠固めという大立ち回りを淑女がたった一晩で成し遂げてしまったということが、何より信じがたい」
彼の発言に、集まった面々は苦笑いをしている。
談話室には今回の関係者が一堂に会していた。
デュラリオンにレイリカ、そしてシン王子も要請に応じてくれている。
非常識な時間帯にもかかわらず、普段からぼんやりしているシン以外は緊張感のある面持ちだ。
ローザリアはそれらを見渡してから口を開いた。
「レンヴィルド様がおっしゃったように、わたくしは先ほどドルーヴを建設した組合のまとめ役、および彼の背後に付いていた子爵を捕縛いたしました」
レイリカとデュラリオンの表情が動くのを確認しつつ、ローザリアは続けた。
「つきましては今回の一件についてご説明させていただきたいのですが、まずはカラヴァリエ伯爵から事情をお聞かせいただく必要があります。あなたの領地で起こっていたことについて」
彼女は、なかなか口が重いようだ。
領主とは、領地の不利益になるようなことは話したがらないものだ。
ローザリアは、促すように言い添える。
「今回の捕縛を手伝ってくださったのは、そちらにいるレンヴィルド様の護衛騎士です。そして子爵達は、シン殿下がドルーヴのレンガをあからさまに調べていたために、口封じに動いておりました」
既に、領地内で収まるような話じゃない。
暗にそう告げると、レイリカは疲れた素振りでソファにもたれかかった。
「そうだね。これだけ迷惑をかけた以上、もう黙っていることはできないようだ。もっとも、ローザリア嬢は既に全てを理解しておられるようだけれど」
辛そうな笑みを浮かべる彼女を、デュラリオンが見守っている。
彼も心配そうにしているが異論はないようだ。
「ーー発端は、兵士達が鍛練の最中に偶然鉱山を掘り当てたことからだった」
兵達の訓練法が独特であることはともかく、レイリカが語りだす。
成分を調べた結果、採れたのはレンガの原料にもされる頁岩だった。
兵士らが掘り出しただけでもかなりの量なのだ。きちんと開発すれば、領地を潤す一大産業となるかもしれない。
レイリカ達は束の間喜んだ。
けれど、さらに詳しく調べる内に全く価値のないものであると判明した。カルシウム含量が多すぎたために、レンガの材料としては使えなかったのだ。
「そんな時だよ。大量に保管していた頁岩が、忽然と消えてしまったのは」
浮かれた誰かが口を滑らせたのかもしれない。
頁岩は現在レスティリアでは産出されず、完全に輸入に頼っている。
そのため国内ではレンガの価格が高く、今回盗みに走った業者は建築資材費を安く抑えようと目論んでいたのだろう。
盗まれたことろで痛くも痒くもないくず石だが、もしあれがレンガの材料になったら。それを使った家が建てられたら。
「盗みまでする悪党達が、粗悪な頁岩をカラヴァリエ領に売り付けられたと騒がない保証はない。潔白を証明してみせても、悪評はついて回るものだろう? 急いで回収しなければと思った」
とはいえ騒ぎを大きくしたくないので、あからさまに動くことはできない。
レイリカ自身が王都にやって来たのも、調査にかける人員を最小限にするためだったという。
話を聞き終えたローザリアは、深く頷いた。
「よく分かりました。そのため、噂になるほど不審な動きを見せていたシン殿下が調査員と勘違いされ、今回の襲撃が起こったのですわね」
「全く意図していなかったとはいえ、御身を危険にさらしてしまったこと、深くお詫び申し上げます」
レイリカが立ち上がって腰を折ると、デュラリオンもそれにならう。
「面を上げろ。狙われるような振る舞いをしたこちらにも、非はある」
というか、そもそも使節団に紛れて入国しているところから非は始まっている。
王族らしく振る舞うシンを、ローザリアとレンヴィルドは微妙な表情で眺める。
「俺は、使節団の一員として来た。そして、あの複合型施設には問題があるとすぐに気付いた。カルシウム含量が高い頁岩で作ったレンガは、数か月もすると水を吸って脆くなる。何年か経てば指で砕けるほどの強度になってしまうだろう」
壁に関することだからか、シンはやけに饒舌だ。
彼の視線がローザリアに向いた。
「貧民街に普及している土壁の品質向上は、君が発案したことらしいな」
シンは現在、王宮に滞在している。おそらく親交を深める過程でレンヴィルドから聞いたのだろう。
ローザリアが頷くと、燈火のような橙色の瞳が僅かに細められた。
「俺は、建築物を調べれば、その土地の年間通した気候が大体分かる。今回歩き回って、色々な建物に触れ合った。結論から言わせてもらう。レスティリア王国はーー土壁が適しているとは言いがたい」
ローザリアは、思いがけない言葉に目を見開く。
「土壁の家、毎年氾濫のたび適当に建て直していたのではないか?」
「……えぇ。住民によりますと、だからこそ頑丈にしたところで、という部分もあったらしく……」
「シャンタン国と違い、乾燥地帯でもないしな」
貧民街の家は川が氾濫するたびに建て直さねばならなかったので、壁が薄く適当な造りだった。
その理由は、ごろつき達から聞いていた。
珍しく動揺するローザリアを、カディオが心配そうに見つめている。
安心させるための笑顔さえ、返す余裕がなかった。鼓動がやけに早い。
確かに、本で得た知識だけでは最早限界であると気付いていた。
けれどこうしてはっきりと間違いを突き付けられたのは、生まれて初めてかもしれない。
呆然とするローザリアに、シンは付け加えた。
「シャンタン国でも、水辺の地域に住む者はいる。そういう場合、建物の下部を木造にして、屋根を大きく取るのが重要なんだ」
治水工事が始まるならば、氾濫の頻度もこの先減っていくだろう。そうなれば、土壁の家は問題なく普及できる。
「普及自体には、問題がないのですね……」
彼の言葉に、ローザリアは胸を撫で下ろす。
話が一段落したところで、レンヴィルドが軽く手を叩いた。
「まぁ、難しい話は今でなくてもいいのでは? いつまでもこうしていては、明日に差し支えるしね」
「それは大変ですわね」
動揺を綺麗に拭い他人事のように返すローザリアに、レンヴィルドは怪訝な表情になった。
「大変なのは、あなたも同じだろう?」
明日は平日、通常通りに授業が行われる。
にもかかわらずローザリアは、輝くような笑みを浮かべた。
「わたくしはもちろん、ゆっくり休ませていただきますわ。仕事も責任もあり、生徒達の規範となるべき方々はご苦労がおありですわね」
堂々と欠席宣言をするローザリアに、レンヴィルドもデュラリオンも半眼になる。
呼び出した張本人が、という非難を痛いほど感じた。けれど悪事を働いたのは子爵であってローザリアではない。
無言の糾弾を、ローザリアは鉄壁の笑顔でいなし続けた。
解散の運びとなり、グレディオールと王宮の通路を歩いていると、レイリカが追い付いてきた。
「ローザリア嬢、今日は本当にありがとう。あなたのおかげで、カラヴァリエ領は救われた」
「とんでもございません。わたくしも、自らの利益のために動いたまでですから」
「とはいえ、あなたは今回の件に巻き込まれただけでしょう? 『極悪令嬢』とは意外に偽悪的だね」
しばらく並んで進んでいると、レイリカが不意に口を開いた。
「カディオ殿と知り合ったのは、領地目当てで言い寄る男に辟易している時でね」
「はい?」
「助けてくれるだけじゃなく、彼は自分を利用していいと言ってくれたのさ。浮き名の一つや二つ増えたところで、傷付くような名誉じゃないと」
突然何の話かと思ったが、徐々にその意味が浸透していく。
彼女には、過去の『カディオ・グラント』の本命という疑いがあったけれど。
「ということは、つまり……」
「ご想像通り、彼は恋人というより協力者に近い」
レイリカはいたずらっぽく片目をつむった。何とも魅力的な笑みだった。
「あなたは、きっと真相を知りたがっているのではないかと思って。それでは」
レイリカはヒラと手を振り、歩き去っていく。
すっかり見透かされていることが悔しくもあったけれど、安堵の方がずっと大きい。
過去は過去と割り切っているつもりでも、やはり心の片隅に引っかかっていた。
その憂いも、完全に取り払われていく。
颯爽と進む背中を見つめながら、ローザリアはいつの間にか笑みを浮かべていた。
ローザリアは寮に戻ると、自室の窓辺に佇んだ。
空は白みはじめ、夜明けを迎えようとしている。
新しい朝の新鮮な空気を、いっぱいに吸い込む。
やがて、じわじわと稜線から緋色が広がり、空を焼き尽くすかのように呑み込んでいく。
ローザリアが十六年という歳月をかけて得た知識を、真っ向から否定された。
ーーわたくしは、全てを知った気になっていただけね。世界は広い。知識だけでは分からない世界がまだまだたくさんある……。
けれど込み上げるのは悔しさや悲しみ、自省の念ばかりではなかった。
ローザリアは胸を押さえる。
どうしようもなく、期待が高まってしまう。
こんなにも、世界はまだ未知に溢れている。
それにこの先も触れていけるのだ。
ついに顔を覗かせた太陽が、黄金の光を放射状に伸ばしていく。
希望に満ちた光景を心に刻み込む。
この美しさを、抱いた気持ちを、ローザリアはきっと忘れない。




