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【コミカライズ限定ハピエンしました!】悪役令嬢? いいえ、極悪令嬢ですわ。  作者: 浅名ゆうな
第二章

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執行部

 フォルセに連れられ階段を上る。

 この棟は教科準備室が多いため、生徒の出入りはほとんどないようだ。ざわめきが一気に遠ざかる。

 二階には各委員会の委員長や執行部員が集まるための大会議室、風紀委員室が並び、執行部室は突き当たりにあった。

 教室と大差ない簡素な扉に手をかけると、フォルセが振り返って念を押す。

「くれぐれも、みんなに迷惑をかけないように」

「しつこいわよ、フォルセ」

「言っても無駄だと分かっているけど、こちらの気休めにはなるからね」

 それは、ローザリアが迷惑をかける前提で心の準備をしているということだろうか。

 重要書類は絶対見ないと約束しているのになぜまだ疑われているのか。

 フォルセが扉を開く。

 内装も、想像以上に事務的だった。

 部屋の中央に向かい合って並ぶ四つの机と、窓際のやや大きめな机。おそらく執行部長の席だろう。

 書架にはズラリと並んだファイルや紙の束が。机を挟んだ反対側には応接用か休憩用か、ソファも設置されていた。

 執行部員に選出されるのは、代々王族や高位の貴族である場合が多い。

 その分さぞ優遇されているのだろうと予想していたが、思いの外無駄な装飾のない室内だった。

 そんな質実剛健とも言える部屋には、一人だけ生徒がいた。

「あら。ごきげんよう、カラヴァリエ様」

「セルトフェル嬢か。どうしてここに?」

 書架の前でファイルを開いているのは、デュラリオン・カラヴァリエだった。普段は付けていない眼鏡をかけている。

 フォルセが肩をすくめながら嘆息した。

「すみません、先輩。それがどうしてもついて来たいと聞かなくて」

「不躾な訪問、大変申し訳ございません。何か作業に没頭していたいと思っておりましたところ彼に出会い、我が儘を申してしまいました」

 ローザリアは先ほどと同じく少し俯くと、悲しみを堪えるかのように気丈に微笑んでみせた。

「決してお邪魔はいたしません。雑用でも何でもいたしますので、どうかほんの少しでもお手伝いさせていただけませんか?」

 フォルセは引っかかってくれなかったけれど、付き合いの浅いデュラリオンはまんまと気の毒そうに眉を下げた。

「そうか。事情は深く聞かないが……そうだな。では、小冊子の作成でも手伝ってもらおうか」

「まぁっ! ありがとうございます!」

 大げさに喜ぶと、フォルセが物言いたげにローザリアを見つめていた。当然無視させていただく。

 案内されたのは、書類が積まれた机の前だ。

 選挙に関するプリントを五枚ずつ束にして、全校生徒に配るらしい。

 内容は来年度の執行部入りが内定している者達の抱負や、空席の庶務に推薦されている何名かの名前。推薦に必要な条件、そして選挙の方法と開催される日時。

 最も多く票を集めた者が採用される方式であることも、不正を妨げるために執行部員が開票作業にあたることも、周知の事実。

 秘匿されているような内容ではないので、関係者以外が見ても問題なかった。

 プリントを丁寧に重ねクリップでまとめていく地味な作業を、ローザリアは淡々とこなしていく。

 レンヴィルドやアレイシスなどの抱負を流し読みしながらだったので、意外と退屈しなかった。

 黙々とそれぞれの作業をする中、フォルセが席を立ったのは日が傾き始めた頃だった。

「そろそろ暗くなってきたし、今日はこの辺りにしておかない? ローザリアもあまり遅くなると、グレディオール達が心配するよ」

 明かりを点けながら問いかける彼に、デュラリオンは壁掛け時計を確認してから頷いた。

「そうだな。寮まで近いとはいえ、か弱い令嬢に夜道を歩かせるわけにはいかない」

「か弱いかどうかはさておき、一人で帰すわけにもいかないからね。僕は図書館に返却する本があるから、しばらく待っていてほしい」

 一般的な令嬢と自然に区別するフォルセへの文句は飲み込み、ローザリアは成り行きを見守る。

 彼が図書館から戻るのを待つ間、デュラリオンと休憩がてら紅茶を飲むことになった。

 紅茶を淹れるために立ち上がったローザリアだったけれど、デュラリオンにソファ席を勧められる。彼が手ずからもてなしてくれるらしい。

 座り心地のいいソファから、デュラリオンの動作を眺める。伯爵家を継ぐ身でありながら、至極慣れた手付きだ。

 湯を沸かす間にカップを用意し、ポットに茶葉を入れる。きっちり計量するのが彼らしかった。

 カップを温めながら、デュラリオンが呟く。

「関係は、良好なようだな」

 フォルセとのことを指しているのだと、すぐに理解して微笑む。

「わたくし達は、互いに合意の上での円満破談ですので。カラヴァリエ様は……」

「デュラリオンで構わない」

 何度か言葉を交わしてきて、初めての提案だ。

 ローザリアは微笑んで頷いた。

「嬉しいわ、未だにお友達が少ないので。ではわたくしのことも、ぜひローザリアと」

 デュラリオンが紅茶を並べ、一人がけのソファに腰を下ろす。ローザリアは先ほど口にしかけた質問を繰り返した。

「デュラリオン様は、来年度から最高学年ですね。やはりご卒業後はすぐに結婚を?」

 問いながら、湯気が立ち上る紅茶に口を付ける。

 ベルガモットの爽やかな香りが鼻を抜け、疲れた頭がスッキリするようだった。

 さすがに口に入れるものは高級品だ。

 ローザリアが座るソファも、焦げ茶色の落ち着いた雰囲気だが質はいい。

 デュラリオンは疲れが溜まっているのか、眉間を揉みほぐしながら答える。

「いいや。俺の後見人が、結婚相手くらい自分で探せという持論の方でな」

「後見人とおっしゃると、カラヴァリエ伯爵ですわね。先日、偶然お会いする機会がございました」

 彼の後見人は、レイリカ・カラヴァリエだ。

 デュラリオンの父亡きあと、領地を守りながら血の繋がらない子どもを立派に育て上げた女傑。

 相当絆も深いだろうという推量とは裏腹に、彼はひどく渋い顔をした。

「あぁ……すまない。何か迷惑をかけていたのなら、俺が代わって謝ろう」

 なぜか迷惑をかけている前提で話を進めている。何というか、後見人のわりに身も蓋もない評価だ。

 先ほどのフォルセの態度に通じるものがあった。

「意外ですわ。領地を立派に納める素晴らしい方なので、尊敬しているとばかり」

「尊敬はしているさ。だが遭遇したなら分かるだろうが、色々破格だろう?」

「それは否定できませんけれど……」

 カディオの隣で笑う姿が頭に浮かび、ローザリアは慌ててそれを打ち消した。

「お若いのに、カラヴァリエ領をさらに発展させていると聞きます。そういえば、デュラリオン様ともお歳が近いですわね」

 前カラヴァリエ伯爵は、現在も生きていれば五十歳になっていたはずだ。まだ三十代にも到達していないだろうレイリカの美貌が脳裏をよぎり、かなりの歳の差があっただろうと想像する。

 デュラリオンは、紅茶をゆっくり嚥下した。

「そもそも、完全な政略結婚だったからな。父親は当時四十二歳、あの人とは二十近い歳の差があった。俺や姉との方が歳が近かったくらいだ」

 父親について話す彼の表情は、どこか暗い。

「うちは姉が三人いたが、全員既に他家に嫁いでいた。父親が死んだ時、俺はまだ未成年。彼女が継ぐしかなかった」

 自身の不甲斐なさを感じているのか、デュラリオンの口振りには後悔がにじんでいた。

「領地を守るには、相当苦労がおありでしょうね」

「案外楽しそうにやっているさ。元々政略結婚に嫌気がさして、当てつけに幾つかの候補から最も下位のカラヴァリエ家を選んだのだと豪語しているからな。幸せにならないことが復讐だとかで」

 再婚も考えていないらしく、第二の人生を思いきり謳歌しているらしい。

 普通ならば幸せになることを考えて結婚するはずが、何とも振り切った考えの持ち主だ。

「結構な言い草ですわね。あなたにとっては実のお父様の再婚相手ですのに」

「俺が言うのもなんだが、まぁそこそこ嫌な感じの人間だったからな。むしろ再婚相手に選ばれたあの人には同情している」

 彼はなぜか、レイリカの名前を呼ばない。実の父親に対してもどこか他人行儀だ。

 ローザリアは束の間言葉を探したのち、そろりと口を開いた。

「……お亡くなりになったお父様のことが、お嫌いだったのですか?」

 デュラリオンは自嘲的な、荒んだ笑みを浮かべる。生真面目な彼が初めて見せる負の感情だった。

「自分が甘い汁をすすることしか頭にないような人種だった。姉達も政略結婚の駒扱いをされたようなものだ。ある日突然失踪したんだが、生きているならどうか領地に迷惑をかけるような真似はしないでくれと、願うばかりさ」

 彼は、ひどく冷たい瞳をしていた。

 けれど我に返ったのか、すぐに失態に気付く。

「……すまない。こんな嫌な話をしていたら、紅茶が不味くなってしまうな」

 デュラリオンはぎこちなく立ち上がると、戸棚の中を漁った。

「確か、ドルーヴで買ったマカロンがあるはずだ。フォルセも遅いし、せっかくだから試してみよう」

「マカロン、ですか」

「悪いか? 含みのある言い方だな」

 そうこうしている内にフォルセが戻ってきたため、マカロンはお預けとなった。

 ローザリアは、デュラリオンに対する違和感について考える。

 真っ直ぐ見つめ合った時、彼がやけに疲れた様子であることに気が付いた。目の下にはうっすらとくまが浮かんでいる。

 選挙前で忙しいのだろうと思ったが、違う。

 彼はレンヴィルドに、たびたび仕事を押し付けていた。仕事量はうまく調節できていたと思う。

 ならば一体、何に対して疲れているのか。

 そしてもう一つが、マカロンはそれなりに賞味期限が近い食べ物であるということ。

 つまり彼はドルーヴへ、最近になって再び足を運んだということだ。

 疲れた様子であるのに、遊びに?

 様々な顔が思い浮かぶ。彼らの不自然な行動。散らばる情報の断片。

 フォルセに送ってもらい寮に帰り着くと、迎えてくれたミリアに早速命令を下す。

「最近発見されたという鉱山、何が採れるのか詳しく調べてもらっていいかしら? 並行して、デュラリオン・カラヴァリエの最近の素行も」

 ローザリアの頭の中では、一連の疑問の答えが目まぐるしく弾き出されようとしていた。


台風は無事通過しましたが、

皆さまいかがお過ごしでしょうか。


昨日は我が家も停電していましたが、夜の内に復旧しました。

けれど千曲川が氾濫し、その上今日も雨が降るようなのでまだまだ油断できない状況が続きます。

朝から救助ヘリが飛び、救急車や消防車がサイレンを鳴らしながら走っています。

床上浸水の被害に遭った方もおられるかもしれません。避難所で生活している方もおられるかもしれません。


皆さまが、一日でも早く元通りの日常を取り戻すことを願います。




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