ご説明いたします
いつもお読みくださり、ありがとうございます!(*^^*)
説明回、文量多くてすみません。
その内にイーライがグレディオールを連れて戻ってきたので、主従二人は慌てて居住まいを正した。
そして、人に聞かせられない内容が多すぎると判断したレンヴィルドは、イーライに扉の外での待機を命じる。談話室の中は当事者ばかりとなった。
「そうだな……一体、何から聞くべきか」
「では、まずはご紹介いたしましょう。わたくしが八歳の頃から専属として仕えてくれている、従者のグレディオールです」
ローザリアの言葉に従うように、グレディオールが進み出る。
気配が薄い従者を正面からじっくり観察したレンヴィルド達は、ひどく驚いた。
今までなぜ視界に入らなかったのかと不思議なくらい、端整な顔立ちだったのだ。
濡れたように艷めく黒髪に、神秘的な金緑の瞳。静謐な夜の空気をまとう相貌は、寸分の狂いもなくこしらえた人形のよう。
「よろしく、グレディオール殿。私はレンヴィルドだ。二、三質問をしてもいいかな?」
「私にお答えできる範囲であれば」
相手が王族であっても、グレディオールの態度は一貫して素っ気ない。
ローザリアは見かねて口を挟んだ。
「グレディオール、わきまえなさい」
「何をわきまえればよろしいですか?」
「彼は王弟殿下です」
「王弟殿下だからという理由のみであるならば、私に下げる頭は用意できません。人は身分ではなく、何を成したかによって区別されるべきです」
ローザリアは首を振りながら、レンヴィルドを見返す。彼が不快でなさそうなことだけが救いだ。
「申し訳ございません。主であるわたくしに対してであっても、この通り態度を変えない者なのです」
「問題ないよ。あなたの従者なのだから、相応にあくが強いのは想定済みだ」
「……レンヴィルド様、日に日にわたくしの扱いが悪くなっておりません?」
ローザリアの冷たい視線をかわすと、レンヴィルドは改めてグレディオールに向き直った。
「グレディオール殿。ルーティエ嬢からの証言で、あなたもあとから駆け付けたのだと聞いた。一体、どのようにしてあの場所を特定したのかな?」
突然行方知れずになったローザリアとルーティエを、彼らは必死に捜したらしい。
レンヴィルド達が手当たり次第街を捜索している際に、とてつもない轟音がしたため街外れに駆け付けた。そこに居合わせたローザリア達を見つけることができたのは、本当に偶然だったという。
グレディオールが、ローザリアに視線を送る。目顔だけで頷くと、彼はありのままを答えた。
「血の匂いがしたからです。どんなに遠く離れていても、ローザリア様の血の匂いだけは分かる。そういうものですので」
要領を得なかったのか、レンヴィルドが複雑そうに顔をしかめる。
その隣で、急に顔色を変えたのはカディオだ。
「――血を、流したのか?」
彼が発したとは思えない、低く唸るような声。
鋭い金の瞳に射竦められたローザリアは、咄嗟に言葉が出てこなかった。動揺を押し隠すようにしながら視線を逃がす。
「……念のため前もって弁解させていただきますけれど、あの家屋が吹き飛ばされたことと『薔薇姫』であることに、直接の因果関係はございません」
「そういうことじゃないっ、どこか怪我をしたのかって聞いてるんだ!」
「――」
ローザリアは虚を衝かれ、呆然とした。
『薔薇姫』が血を流したことを非難されているのだと、思っていた。迂闊さを責められているのだと。
けれど、そうだった。カディオは、そういう人間じゃなかった。
ありのままを見てくれる。当たり前に、普通の女の子として扱ってくれる。ローザリアが好きになったのはそういう人。
まるで自分の方が傷付いたような顔をするから、胸に愛しさが満ちてくる。
「ご安心ください。意図的に切った傷なので、何も問題はございません。今は傷口もこのように、綺麗に治っておりますわ」
すっかり痕もなくなった人差し指を見せると、彼は深く息を吐いてようやく安堵する。
いつもの優しい表情は、けれどすぐに陰った。
「……よかった。だけどやっぱり、悔しいな。俺にもっと力があればよかったのに」
「カディオ様は、もう十分お強いと思います。国でも屈指の実力者ではございませんか」
近衛騎士団の中でも、王族にこれだけ信頼されている人間はほんの一握りだ。これ以上強くなろうとすれば、最早人間の枠からはみ出してしまうのではないだろうか。
獣のようなカディオを想像し、それはそれで愛せる自信があるという結論に至ったローザリアの内心など露知らず、純粋な彼は寂しげに微笑んだ。
「そういうことじゃなくて。……あなたは、一人で全てを解決しようとするから。俺達のことも、全然頼ってくれなくて」
ローザリア怪訝に首を傾げた。
「それは当然ですわ。わたくし、あなたのことだけは頼らないと決めておりますもの」
「そ、そうなの?」
カディオは動揺を隠しきれないようで、悲壮感満載の表情になった。
悪い意味に取られないよう、ローザリアはすぐに優しい笑顔を浮かべる。
「カディオ様は、以前おっしゃっていました。『人を傷付けるのが恐ろしい』と。だからこそわたくしは、せめて任務以外であなたが苦しまなくていいように、強く在らねばと思うのですわ」
呆然としたカディオの唇から、半ば無意識だろう呟きが漏れた。
「あなたは、本当に……」
彼ははにかみながら、どこか困ったように視線を彷徨わせたが、次の瞬間には堪えきれないとばかり破顔した。
鮮やかに輝く金色の瞳、包み込むような優しい眼差し。褐色の肌と白い歯の対比は、何度でも見惚れるほど眩しい。
「――ありがとう。けど、もう無茶はしないで。俺の心臓がもたないよ」
「はい。できる限り」
「そこは、嘘でも頷くだけにしてほしいな」
「あなたには嘘をつきたくないのです」
温かな気持ちで微笑み合う。
すると、無粋な咳払いが二人の邪魔をした。レンヴィルドだ。
「あー……。仲睦まじいのはいいことだけれど、ちょっといいかな? 要約すると、あなたが血を流すことでグレディオール殿を呼び寄せた、ということでいいのかな?」
レンヴィルドの視線がグレディオールに止まる。彼は静かに応じた。
「私にとってローザリア様の血の芳香は、唯一無二のものですから」
「うーん……」
どうしても常識が邪魔をして、理解が追い付かない。けれど漠然とした予感がきざして、胸騒ぎが止まらない。レンヴィルドはそんな、形容しがたい表情をしていた。
「えぇと。現場の惨状は、あなたが?」
ほとんど断定に近い問いに、グレディオールは淡々と頷いた。
「はい。壁を破壊するために」
「壁だけでは、済んでいなかったようだけれど」
「すいません。力が入りすぎましたので」
レンヴィルドとカディオの口端が引きつった。
局地的に災害でも起きたかのような光景を、思い出しているのだろう。
レンヴィルドが、ぜんまい仕掛けの人形のようにぎこちなく振り向いた。
「あなたの従者、強すぎないかな? 建物一つ吹き飛ばすなんて、一体どんな攻撃方法……」
「ウフフ。わたくしにも説明しようがございませんわ。ドラゴンのすることですから」
「………………は?」
さらりと真実をさらすと、王弟殿下は人に見せられないような間抜け顔を披露する。ローザリアは状況もわきまえず笑いそうになってしまった。
「ドラゴンというと、あれかい?」
「そうです。王国の礎として大地と融合し、今も眠り続けていると言われている、あのドラゴンです」
「え? どういうこと? 恐ろしいほど理解ができない。私はこんなにも頭が悪かったのか……」
「レンヴィルド様、お気を強くお持ちになって」
「あなたに慰められている現状がまた、余計に癪に障るのだけど」
八つ当たりで恨めしげに見つめられたので、得意技である鉄壁の微笑みを炸裂させておく。
レンヴィルドは少し乱暴に髪を掻き上げた。
「ドラゴンが人の姿になるなんて、見たことも聞いたこともない……」
「えぇ。グレディオールによりますと、眠りについている本体から切り離した分身を、人に似せているそうですわ。意識だけの存在らしいのですけれど、不思議と実体もありますの」
だから紅茶を淹れることもできるし、従者として働くこともできる。
「眠るドラゴンを血の芳香で呼び起こしたら、大陸が滅びる。全く、とんでもない風評被害ですわ。こうして何一つ問題なく側におりますのに」
「というより、どういう図太い神経をしていたら、ドラゴンを従者にしようなんて無謀な発想にたどり着くのか……」
疲れたように呟くレンヴィルドの隣で、カディオは先ほどから微動だにしていない。彼もさすがに驚いているようだ。
「大体、子どもの頃から一度として出血しないなんて、不可能だと思いませんか? 怪我をしたことはありました。けれど大陸に異常はありません。それが全てなのです」
そうでなければローザリアとて、学園に編入などという我が儘を貫いたりしない。
これを知っているのはリジクとアレイシス、フォルセ。そしてセルトフェル邸の使用人達のみだ。
「周囲の方々を安心させるために、わたくしは籠の鳥で居続けました。慣習を守っていれば、文句は言われませんから」
ドラゴンの存在を公表すれば、貴族達だって信じてくれるかもしれない。
けれど証明のためにグレディオールを矢面に立たせるのは、間違っていると思った。自由と引き換えに彼を差し出すなんて、ローザリアにはできない。
だから、自ら籠の鳥でいることを選んだ。――本当に欲しいものが見つかるまでは。
「セルトフェル邸の守りが固いのは、わたくしの利用価値が大きすぎるためですわ。グレディオールは、本人の気まぐれとはいえ現在わたくしの従者。ドラゴンを従えているわたくしの戦力は、計り知れませんから」
グレディオールがいてくれるため、昔から危険な輩は返り討ちにしてきた。八歳の時からずっと。
レンヴィルドは、うやうやしくという言葉が相応しいほど丁寧に、グレディオールを仰ぎ見た。
「グレディオール様。あなた様はなぜ、ローザリア嬢に従っていらっしゃるのでしょうか。あなた様ほどのお力があれば、わざわざ人と対等な契約をする必要などないはずです」
グレディオールがゆったりと瞑目すると、宝石のような金緑の瞳が隠れた。
そうすると不思議と印象がぼやけるので、何か認識を阻害する仕掛けでもあるのかもしれない。
「まず、一つ訂正をさせてください。私は今現在、あくまでもローザリア様の従者であるグレディオールです。どうか周囲に怪しまれないためにも、そのように扱ってください」
王族から上位の扱いをされるというのは、非常にやりづらい。レンヴィルドは生真面目に頷いた。
「分かりました。では、グレディオール殿」
全く敬語が抜けない王弟殿下に、グレディオールは僅かに顔をしかめる。
矯正は不可能と判断し、話を進めた。
「そしてもう一つの訂正なのですが、そもそもドラゴンが『薔薇姫』の血液を欲するという事実は存在しません。ローザリア様の甘い血の芳香は敏感に察知しますが、ただそれだけです」
「……では、利益もなく彼女を守っていると?」
血液の授受という取引材料もなく、従者でいる理由がない。レンヴィルドは訝しげに眉を寄せた。
グレディオールはローザリアに視線を移す。
視線がぶつかると、二人は当たり前のように笑い合った。
「……もう、八年ばかりの付き合いです。子どもの頃から見ていれば、少しは絆されますよ」
それはいつかの晴れた日の午後。
血液の匂いに惹かれて現れたドラゴンに、幼いローザリアは言い放った。
『わたくしの血の香りは、あなたにとってそれほど魅力的なのね。では生かしておけば、あなたは何年何十年もこの香りを楽しめるわ』
一理あるかもしれないと少しでも考えたなら、もうローザリアのペースだった。
『わたくしがどこかであっさり死んでしまったら、あなたにとっても損だと思わない? ならば、あなたはわたくしを守るべきでは? 案外、人に溶け込んで生きてみるのも面白いかもしれないわよ』
二人が出会い、過ごしてきた日々は、他人には到底理解できないだろう。
けれどグレディオールは人として生きる面白さを知った。人に仕えてみるのも一興だと。
ローザリアもまた、自らの血液で国が滅びることはないと知った時、どれほど救われたか。
そうして従者となったドラゴンは今、心から信頼できる相手となった。
ローザリアはそっと立ち上がる。
誘拐騒ぎについては、あらかた話し尽くした。
「これで十分納得していただけたでしょうか? わたくし達は、この辺で失礼させていただきますわ」
「いいえ、ローザリア様」
出て行こうとするのを引き留めたのは、意外にもずっと黙っていたカディオだった。
「あなたにはまだ、答えていない質問があります。なぜ危険と知りながら、ルーティエさんを尾行したのか、です」
不覚にも、脱出に失敗してしまったようだ。
カディオは素直だが、流されて本質を履き違える性格ではないらしい。長所だが、今は都合が悪い。
追及の視線にさらされ、ローザリアは折れた。
「……だって、寂しかったのですもの。早く片付かなければ、お二人とゆっくりお話ができません」
レンヴィルドもカディオも急に黙り込んでしまって、ローザリアは居心地が悪くなった。食い入るような眼差しが痛い。
グレディオールが開けた扉を逃げるようにくぐったところで、振り返り笑ってみせた。ささやかな意趣返しを込めて。
「そうでした、レンヴィルド様。お伝えしなければならないことが、一つだけ」
名指しをされたレンヴィルドが、夢から覚めたように目を瞬かせる。
「お祖父様に、口添えしていただけるようお願いしておきました。そろそろ手紙が届く頃だと思うので、これからはあなたのお仕事も楽になるかと」
毎日激務に追われていた彼にとっては、間違いなく救いの言葉。
けれどレンヴィルドはガックリと項垂れた。
「……それを一番後回しにするあなたに、すっかり慣らされている自分が可哀想でならないよ」
虚しい呟きを、部屋から出て行くローザリアは見事な笑顔で黙殺した。
わたくしごとですが、
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