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【コミカライズ限定ハピエンしました!】悪役令嬢? いいえ、極悪令嬢ですわ。  作者: 浅名ゆうな
第一章

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宰相候補の天敵認定を受けた気がします

いつもありがとうございます!(*^^*)


 ローザリアは図書館にいた。

 目的の本は自分のためのものではなく、カディオのためのものだ。

 ――レスティリア王国の簡単で分かりやすい歴史書に、風土や地理の本も必要かしら。貴族としての基礎的な知識も身に付けてほしいですし……。

 先日カディオから打ち明けられた話は、実に興味深かった。

 いつか彼がいた日本という世界の話も詳しく聞きたいものだが、まずは彼に基本的なことを学んでもらうのが先決。

 言語には問題がないようなので、書物を参考にできるだろう。

 基本的な身分制度や法律、国のあり方などはレンヴィルドから教わっているようなので、ローザリアは細かい知識の補完を手伝うことにした。

 けれど同時に、ローザリア自身にも対策の必要な問題が浮上してきた。彼いわく、あちらの世界ではこの国の物語のようなものが広まっていて、そこに出てくるローザリアは悪役なのだとか。

 ――悪役令嬢にヒロインに、攻略対象……。

 全く荒唐無稽だが、カディオは真剣にローザリアの身を案じていた。悪役令嬢というのは、最終的に破滅するものなのだと。

 前世での彼には、妹がいたという。その妹が好んでいたのがこの物語で、そのためうっすらとだけ知識がある。けれど元々興味がなかったこともあって、内容についてはほとんど覚えていないらしい。

 だがルーティエは違うと、カディオは警告した。

 彼女には、しっかりした物語の知識がある。その知識を利用して、まだ起こっていない未来まで予測できている可能性があると。

『その物語では主人公のルーティエが、悪役令嬢のローザリア・セルトフェルに色んな嫌がらせをされます。それを好きな相手と乗り越えていくことで親密度が上がると聞いた覚えがありますから、カンニング騒ぎにも何か意味があったのかもしれません』

 表情を曇らせてローザリアを気にかけるカディオを思い出し、自然と唇が綻ぶ。

 優しくて生真面目で、思いやりがあって。自分もまだまだ不安ばかりの状況だろうに、他人のローザリアまで案じてくれて。

 初めて出会った時の直感は間違っていなかった。

 ――カディオ様が、好き……知るほど、ますます好きになっていく……。

 前世での名前や家族構成、どんな交遊関係だったかはうっすらとしか覚えていないらしいが、働いていたことや平凡な人間だったことは、はっきり印象に残っているそうだ。

 以前は貴族ですらなかったということで、二人きりの時くらいは気軽に話してもらうことになった。

 あどけない喋り方。それに伴い、固かった表情がさらに穏やかになって。

 前世で亡くなった時点では、結婚もしていなかったし彼女もいなかったという。何と素晴らしい。

 以前は女遊びが絶えないカディオだったが、記憶喪失ではなく人格そのものが変化したなら、浮気心がぶり返す心配もなさそうだ。

 本棚と本棚の間でついニヤニヤしていると、背後に人の気配がした。

「ローザリア・セルトフェル。何を気味の悪い顔をしているんだ」

 素早く表情を取り繕って振り向くと、栗毛の少年がきつい目付きで佇んでいた。

 背はちょうどローザリアの目元くらいで、肩幅もなく華奢だ。さらさらの鳶色の髪は清潔感のある長さで切り揃えられ、ややつり目がちな同色の瞳はパッチリと大きい。おそらく年下のせいもあるのだろうが、どうにも男らしさの足りない容姿だった。

「あら、わたくしのことをご存知なのですね。ジラルド・アルバ次期宰相候補様」

 特徴に一致する者をローザリアは把握していた。

 ジラルド・アルバ。その優秀な頭脳が認められ、十四歳にして宰相候補と言われている少年だ。

 アルバ伯爵家は多くの文官を輩出してきた家柄だが、堅実で実直な人柄もあってか、歴史に名を残すほど大成した者はいない。

 突出した才能を持ったジラルドは、アルバ伯爵家の期待を一身に背負っていた。

「フン。今回の前期テストでは全教科満点を叩き出したそうだが、大したことはなさそうだな」

「おっしゃる通り、運がよかっただけですわ。ジラルド次期宰相候補様」

「運だけで満点をとれるほど、学園のテストは甘くない。難易度が低いと言われている前期テストであっても、だ」

「では、偶然もあったのでしょう。ジラルド次期宰相候補様」

 いくらか言葉を交わしたのち、ジラルドは急に唇を引き結んだ。

「い、いちいち語尾に宰相候補と付け加えるのをやめろ! 喧嘩を売っているのか!」

「そちらが最初に気味の悪い顔などとおっしゃったのではなくて?」

 あくまで楚々とした笑顔で返すと、彼は顔を真っ赤にさせた。まだまだ腹芸ができるようになるには先が長そうだ。

「今日は珍しく、ルーティエ様とご一緒ではありませんのね」

 ローザリアの言葉に、少年は明らかに狼狽した。

 そう。彼の名を知っていたのは、ルーティエの取り巻きの一員、という認識があってのことだった。

 アレイシスとフォルセ、そしてジラルド。これでローザリアは、彼女の虜にされた男性全てと接点を持ってしまったようだ。

 ――つまり彼も、カディオ様のおっしゃる『攻略対象』の内のお一人……。

 今年入学を果たしたばかりの真面目な少年に、ルーティエの可愛らしさと天真爛漫ぶりは毒のように効いただろう。

 次期宰相候補という重責を負っているジラルドにとっては、まるで不思議で自由な妖精のよう。

 ――妖精が意外に残酷な一面を持っているとしても、騙されている間は幸せですものね。

 せめてひどく傷付くことがないよう祈ろう。

「くっ……。何て嫌みたらしい女なんだ。優しく明るく、他人の痛みに寄り添えるルーティエ先輩とは大違いだな。彼女は、次期宰相候補はすごいことだけれど、頑張りすぎなくていいと励ましてくださったんだ。初対面だというのに、あっさり僕の重荷を見破ってみせたんだぞ」

「そうですわね。ところでジラルド様、一体こちらへは何をしにいらっしゃいましたの? わたくしの借りたかった書物は無事に見つかりましたわ」

 のろけ話に興味はない。用がないなら帰りたい旨を暗に告げると、彼はますます真っ赤になった。

「参考になる資料を探しに来たんだ! そうしたら偶然変な顔を見つけたから、思わず声をかけてしまった。それだけだ!」

「そうでしたか。では、あまり長くお引き留めするわけにもまいりませんね」

 これ以上不毛な言い争いを続けていても仕方ない。ローザリアはさっさと身を引くと、出入り口に向かって歩き出した。

 その途中、思わず足を止める光景に出くわす。

 閲覧席の一角にそびえているのは、膨大な書物の山、山、山。

 唖然とするほどの本の山の前に、ローザリアを追い抜いたジラルドが着席する。元々、あそこが彼の席だったようだ。

「……ジラルド様は、学年首席であったと聞きましたわ。それなのに、まだこれだけの勉強を?」

 思わず問いかけると、彼は書面からチラリと視線を上げて答えた。

「首席だったが満点は取れなかった。僕は数問、間違えてしまったからな。敗因は何を問われているのか、明確に理解できなかったことにある。それを克服するには、さらなる研鑽が必要だ」

 かなり深読みが必要になる問いもあったので、満点でなくても無理はないだろう。

 相手の真意を探るのは貴族として当然の嗜みだが、成人前の子どもにそこまで理解しろと言うのは無理がある。新入学生であるジラルドの年代でもそういった出題があったのなら、酷なことに思えた。

 ――でも彼は、それさえ乗り越えることを期待されているのよね……。

 本の森に溺れ、活字の海に没頭する。

 窮屈な生き方が、まるで昔の自分を見ているようだった。可哀想というより、苛立たしさが湧き起こってくる。

 狭い視野、手の届く範囲の常識。不自由な思想。

 森を飛び出す勇気があれば、外には自由が広がっているのに。

「……そんなにテストのことばかり考えているから、応用が利かないのではないですか?」

 ローザリアはいつの間にかジラルドに近付くと、邪魔するように書物に手を置いていた。

「学園は、確かに学びの場です。ですが勉学という意味でなら、たかが知れている」

「何だと!?」

 気色ばんで立ち上がるジラルドに、冷たい睥睨を返す。

 勉強だけなら屋敷にいたってできるのだ。彼に今必要なのはそんなものじゃない。

「広い世界を知らなければ、得られない答えだってあります。こんなところにいる暇があるのなら、付き合いを広げ、一人でも多くの友人を作りなさい」

 ルーティエのように好かれる必要もないので、思う存分挑発できる。それこそ、悪役令嬢よろしく。

 カディオには決して見せられないような、底意地の悪い笑みを浮かべる。

「どうせあなた、ルーティエ様にまとわりつくばかりで、クラスにご友人などいないのでしょう?」

「お前にだけは言われたくない!」

 嘲ってみせれば、ジラルドは子犬のように噛み付いてきた。確かにカンニング騒ぎもあり、未だにクラスメイトに遠巻きにされているが。

「あら、わたくしにも学友の一人や二人……」

 よく考えてみればアレイシスは義弟だし、ルーティエは友人とは言いがたい。カディオにいたっては学生ですらない。

 今のところ、レンヴィルドが、唯一無二の友ということになる。何と低次元な争いか。

「ハンッ! 寂しいのはどっちの方だか!」

 ジラルドが勝ち誇ったように鼻を鳴らす。

 確かに彼の言う通りだ。だが。

 ローザリアは胸に手を当てて、微笑んでみせた。アイスブルーの瞳が鮮やかにきらめく。

 未熟さは、おそらく彼とも大差ない。けれどローザリアは、既に一歩踏み出している。

「――えぇ。わたくしは寂しい人間でした。ですが少なくとも、今はあなたより余程自由ですわ」

 溢れる自信に裏打ちされた笑みに、ジラルドは顔色を失った。

 彼ならば分かるだろう。『薔薇姫』のローザリアだからこそ重みのある、自由という言葉の意味を。

 そして気付いたなら、きっとあとは思いのまま。





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