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【記念SS追加】私と王女殿下、どちらが大切なのでしょうか?【1/25書籍配信】【コミカライズ企画進行中】  作者: 黒須 夜雨子


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記念SS① アデラ・カステルノーが語ることには

電子書籍記念第一弾。

割と何でも話す、育ての祖母。

「アデラお祖母様は、本当に私のお祖母様が好きだったのですね」

かつてはレヴィアンティーヌという国で与えられた爵位は男爵の、その前男爵夫人であったアデラは、ヴァリモアーシュの王子妃となろうとする、かつての親友の孫を見て微笑む。

「ええ、そりゃあもう。

私は貴女のお祖母様の、一番の親友だったのだから」

その声は懐かしむ色を帯び、そして昔語りをするために口が開かれる。

クレールが何度も聞いた物語。

彼女の中にある、怒りと苦しみの思い出。

暖炉の前にあるソファーに腰かけている、もう一人の祖母に甘えるように、その膝に頭を乗せた。



* * *



「どうか、彼女の娘を隠すのに協力してくれないだろうか」

それは宵闇に紛れて訪れた、一人の王弟殿下の懇願だった。

彼の抱いているのは小さな幼子。

僅かにある産毛は金で、閉じられた瞳の色はわからない。

名前すら告げられない彼女が誰かなんて、アデラにはすぐわかった。

そっと腕を伸ばせば、小さな命の重みが乗せられる。


「殿下は私に、何を望まれるのでしょう?」

「口の堅い知人の伝手で、小さな屋敷を借りている。

使用人達も事情を知らぬ、ただ、裕福な商人の妾の隠し子であるとしか思っていない」

アデラの腕の中の赤子は大人しく、すやすやと眠り続けている。

「家庭教師なども伝手で何とかなる。

だが、最も近くで屋敷の采配をするのは、信用できる者でなければならない」

アデラには二歳の子どもがいる。

まだ目が離せない幼子で、乳母がいれども母親として傍に居たいと思っている。

「この娘には自分がどういう者かわからなくとも、相応しい教育と環境を整える必要がある。

それを貴女にお願いしたい」

心苦しいが断らなければならない。

彼女がそういったことで怒るような人ではなかった。


「……彼女は?」

アデラの問いに沈黙だけ返される。

そういうことだ。

赤子だけを連れてきたのだから覚悟していたことだが、それでも胸の奥の懐かしい思い出が軋む音を立てて痛みを知らせた。

もしかしなくても、彼女の子がいることは、関係者にすら秘密なのかもしれない。


隣に立つ夫は何も言わないでいる。

彼は子爵家から婿入りしてくれた人だ。

もし彼女の娘の存在が発覚すれば、罰はアデラだけに留まらず、夫や子ども、男爵家だけといった広範囲に下されるだろう。

腕の中の子を抱き直す。

大切な友人の娘。愛された子。


「……この子の名前は?」

断る前に聞いた、小さな命の名前。

少し笑った王弟殿下が、赤子の額をそっと撫でた。

「この子の名前はアデラ。

彼女が一番の親友だと言った、そんな小春日和のような令嬢のように、普通の幸せを手に入れられるようにと名付けられた」


この瞬間、アデラの中にあった揺らぐ思いは、小さな決意へと変わったのだった。



** *



次に転機が訪れたのは、あれだけ小さかった赤子が、小さな屋敷の中で世間を知らずに育ち、齢は18と数えられる頃だった。

屋敷の中でアデラのことはアデラと呼ばせ、親友の娘はアディと呼ばせて区別していた。

年に数度だけ訪れる王弟殿下が小アデラと呼ぶことがあったが、箱入り娘のアディは気にした様子も無く、屈託のない笑みを見せていた。


事件が起きたのは、アデラが子どもの誕生日会だと家に帰った日だった。

成人も迎えて久しい息子は、母親の不在に少しばかりの不満を垂れ流しながら、いつもより豪華な料理を食べ、アデラの焼いたケーキに目を輝かせる。

アディの住む屋敷で勤める給金は破格で、ずっと息子が欲しがっていた新しい外套と、息子の婚約者がデビュタントを迎えるにあたって、揃いの意匠である礼装だって上等なものを揃えるよう手配できた。


王都内ではそれなりに有名な仕立て屋で、下位貴族は余程裕福で無いと手が出せない店だ。

最近では名の通った貴族の家にもちらほら呼ばれるようになったということで、大枚をはたかないと予約すらできなくなっている。

母さんのお陰だと喜ぶ姿が純粋に嬉しい。

夫がお金をかけ過ぎではないかと心配していたが、どこの親も子のデビュタントにはお金をかけるものだ。

それに、娘だったらドレスを仕立てるので、もっとお金がかかっただろう。


そうだ、アディも成人したお祝いに、どこかのタイミングで白いワンピースを用意しよう。

それに白いリボンと造花で飾り付けて。

スカートには一緒に刺繍をしよう。

デビュタントには出られなかったのだから、あの屋敷の中で小さなパーティーをして、皆で彼女の成人を祝うのだ。

きっと彼女も喜んでくれるに違いない。

アデラには一人息子しかいないので、アディのワンピースに手を入れるのは楽しいだろうと思う。

一緒に踊る相手にマナー教師を呼んで。

アデラの中では同じような日々が続くのだと信じて疑わなかった。


息子がアデラを呼ぶ。

その声に応えるよう、アデラはケーキへと包丁を下ろした。




そうして一日を過ごした夜半、明日はいつものように小さな世界を築く屋敷へと向かおうと考えていたところ、あそこで働く使用人の一人が手紙を携え、闇夜に紛れるようにして裏口を訪れたのだ。

張り詰めた表情の使用人の姿。

寝ていないのか隈のできた目元に、さらには泣いたらしい跡まで見受けられた。

妙な胸騒ぎを覚えながら家紋の無い手紙を受け取り、ざっと目を通す。


そこに書かれていたのは、不測の事態が起きたことと、屋敷は燃えたとのこと。

今は全てが慌ただしく、連絡するまで待っていてほしいと、それだけ。

書かれていることは余りにも簡潔で言葉が足らず、混乱する頭で不在の間に何かあったのかを、手紙を届けた使用人に問う。

聞かれた使用人はブルブルと震えながら泣き始め、けれど引き結んだ口からは何も語られることなく、静かに首を振るだけしかしない。


困惑と混乱。自分だけが除け者にされたような感覚に、思わずヒステリックな声を上げそうになったところを夫に窘められた。

「アデラ、落ち着きなさい。そちらの人も困っているだろう」

言われて我に返る。

あの屋敷の使用人達は何も事情を知らないか、口の堅い者が選ばれている。

アデラも親友という立場から、後者として屋敷に通っていたのだ。

ならば何を聞いても教えてはくれない。

向き合う相手と同じように唇を強く引き結ぶ。

何度も頭を下げた使用人は、夜の闇に紛れるように黒いストールを頭から被って去っていった。


そこからの待つだけの時間は苦痛だった。

次の日には使用人から、少し離れた場所にあった小さな屋敷が燃えた話を聞いては胸を騒がせ、そこに遺体があったという噂が流れれば最悪の結末を想像した。

夫と息子にはいらぬ心配をかけている自覚はあったが、自分の心であろうとも、手の付けられないお転婆のように心は大きく跳ねまわる。


そうして春が過ぎて夏を迎え、けれども便りは届かず、待ち人も訪れぬまま。

男爵家の庭が秋の色深くなっていくのは早く、すっかり落葉となった葉を燃やして冬の訪れを感じた頃、かつてと同じように闇の深い夜に訪れたのは王弟殿下だった。

どことなく憔悴した顔に、精一杯の穏やかな笑みを貼り付けた彼は、裏口から入ってすぐの小さな物置部屋で大きく息を吐く。

けれど、王弟殿下の憔悴ぶりに気づきはしたものの、アデラの心にあるのはアディのことだ。


「殿下、アディはどうしているのですか?

元気にしているのですか?あの子は他の屋敷に移って、不安になっていたりしておりませんか?」

アデラからの矢継ぎ早の質問に、王弟殿下が眉間に深い皺を刻み、震える口を開いた。

「落ち着いて聞いてほしい。

アディは、小アデラは亡くなった」


どうして、という言葉は口の端から落ちて、固い木の床で砕けて消えていく。

アデラが休みを取る前日まで、確かにアディは元気だった。

少しだけ寂しそうにしながら、「待っているね」と笑う少女は本当の娘のようで。

だから何故、彼女が亡くなった話をしているのかわからない。

何一つ実感が伴わない。

王弟殿下が悪質な冗談を言わないことはわかっていても、何かの間違いではないかと心が否定しようとする。


アデラの様子を見て、王弟殿下が口を開き、また閉じる。

言葉の続きを口にするのを憚るように、物言いたげなだけの視線を逸らして、ようやく口について出た言葉が、さらにアデラに衝撃を与えた。

「そして、小アデラの娘がいる」

「なんですって」

今度こそ声は硬質な形を作り、言葉として吐き出される。

あの小さな屋敷はアディを無垢な少女として閉じ込める檻だった。

外に出ることを禁じられた彼女が、アデラについて回っていた彼女が、誰かと出会うことはないはずなのに。

ましてや子どもなんて。

一体いつ、どこで。

よろめく体は物置の壁に当たり、すぐに夫の腕が支えてくれる。

視界が渦を巻き、吐きそうだった。

背中を擦ってくれる夫の手が温かくて、少しの時間で気を持ち直したアデラが王弟殿下を見る。

問いただしたいことは沢山あるが、きっと目の前の彼は答えないことも知っている。


「アディの娘をどうなさるおつもりですか?」

赤子の立場は非常に危うい。

アディが生きていたこともだが、さらに新たな子が産まれているなんて知られたら。

王家の血を引いた小さな娘。

それを利用したい人々と、処分したいだろう王家。

「他の伝手を頼っているが、今の場所は長く匿うのに向いていない。

だが王都から離れた場所のどこかに、今度こそ誰の手も届かない所で彼女を匿うつもりだ。

私に何かあったときの協力者も見つけてある」

殿下が信頼できるというのだったら、大丈夫だろうが、やはり王家周辺に置いておくのはリスクが高いのだ。


「殿下、私が関わっていることは周囲に気づかれていますか?」

「いや、貴女の親友が兄上の用意した屋敷に居を移してからは、あえて連絡を避けていたお陰で、二人が会うための隠れ蓑に利用されていただけだと、数年で監視から外れていた」

もっともなことだとアデラは思う。

周囲で事情を知っている者達からも、同じことを言われたからだ。

それはそれで都合が良いと否定しなかったが、それがここにきて良い方に動こうとしている。


「ならばその赤子は、当家が引き取ります」

「だが、しかし」

何か言おうとする王弟殿下を、無礼と承知で遮る。

「一度孤児院に預けてから、適当な家に金を握らせて引き取ってもらい、それから我が息子の養子として迎えてもらいます。理由はおいおい考えればいいでしょう。

とにかく、王弟殿下の庇護下に長く置けば置くほど、アディの娘がどういった立場か察する者も出てきましょう。

下位貴族や平民の中であれば、多少王家の特徴を色濃く引いたとしても、髪の色自体は珍しくありませんので誤魔化せるかと」

隣で夫は反対することもなく立っている。

いつだってアデラの意見が通らなかったことはない。

大切な親友の前では可愛い妹のように振舞っていたが、実際のアデラは穏やかな風貌の中に苛烈さも同居している。

見せる機会が少ないだけだ。


アデラの提案に、王弟殿下は無言になった。

だからといって、彼の回答を急かずに待つ。

この決断が、赤子の身を守れるかどうか、先の見えない道を選ぶことになるのだ。

そう長い時を待たず、大きく息を吐いた王弟殿下がアデラを見る。

「本当に任せてもよいだろうか」

「私からそうお願いしているのです」

きっぱりと言い切ったアデラに、王弟殿下の答えは決まったようだった。


王弟殿下と話した時間は短く、彼は早々に男爵家を辞して去っていく。

夫は何も言わず、ただ見送った後には無言のまま、二人でアルコール度数の高い酒を飲んだ。

酒の席でアデラが言った、「今度こそ幸せにしたいの」という言葉には、「きっと幸せになれるさ」と夫が返してくれたぐらいまでしか覚えておらず、そのままアデラは酒の力で眠ってしまっていた。


暫くしてアデラに届いたのは、贔屓にしている商会経由の手紙で、買い手の無かった商品を孤児院に寄付したとだけ書かれていて、アデラは商品が何であるかもわからない手紙を大切に封筒へと仕舞った。

さらに数ヵ月が過ぎ、同じ商会から届けられたカタログの隅に、孤児院にいる娘の名前がクレールだと書かれた筆跡を指でなぞる。

それからアデラは奉仕活動の一環として孤児院を度々訪れ、クレールの成長を見守ったのだった。



* * *



「そうして更に数年の時を待って、あなたをカステルノー男爵家に迎えたのよ」

「ええ、今でも覚えていますわ」

アデラがいつまで経っても忘れないように、クレールも初めてアデラと会った時を忘れていない。

まだ物心が着いた頃の少女に、これから付けられる予定の家庭教師のリストを見せ、そして祖母と母親の分まで生きるようにと言われたからだ。

思ったより長くないかと思われる、紙に書かれた家庭教師の名前を覚えるのに当時は精一杯で。

もう少し分別がつくようになったら、自身の出自を告げられた。

目立たず控え目に、そのくせ行儀と教養は高位貴族に負けないように。

成長してからも災害による貧困を理由に、王都にある学園には通わないようにして、代わりに優秀な家庭教師を付けてもらった。


いつだってクレールに厳しくも優しいお祖母様。

それがアデラだ。

彼女の目がクレールを見て懐かしそうに話すのは、祖母や母を思い出すからだろう。

どんなに悲しいことを体験しても、彼女の中に住み着いた思い出は、強く鮮烈で、そして少しだけの優しさに包まれている。


カステルノー一家はクレールの養い親として相応しいよう、ヴァリモアーシュでも新たに男爵位を得た。

領地については調整中で土地が決まっていないことから、レヴィアンティーヌの王家にはまだ気づかれていないが、さて、気づいたらどうなることか。

まあ、気づいたところで今更だが。


ここでの生活に慣れ、カステルノーの家族たちの生活も落ち着きつつある。

なにより弟がいらぬ苦労なく、ヴァリモアーシュの学園に通えていることにはホッとしている。

祖母の生家であるヴァレーズ伯爵家の後ろ盾もあれば安泰だろう。

できればアデラが元気な間に、気候穏やかな静養地のある領地でも与えられるとありがたい。

その辺りの話はまた夫となるローランドと話そうと思いながら、まだまだ続くアデラの思い出話に耳を傾けた。


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