春の雑木林も食料の宝庫
さて、雪がやみ、積もった雪もやがて溶けていった。
「うさしゃんとけしゃったでしゅ」
「とーしゃもかおがぐしゃぐしゃ」
子どもたちは少し残念そうだ。
俺は二人の子供の頭をポンポンと慰めながら言う。
「ああ、雪はすぐに溶けちゃうんだよ。
だけど、その溶けた水が大地に染み込んで、また春に実りを俺たちにくれるんだ。
感謝するんだぞ」
「あいでしゅ」
「あいー」
やがて、春になった。
川には鱒が遡上し、海にはアサリなどが産卵のために顔を出し、雑木林にはフキ、ミツバ、セリ、ワラビ、ウド、ジュンサイ、ヨメナ、アザミ、ギシギシ、アシタバなどが芽を出して育ち始める。
カラシナ・カブ・ナタネ・ツケナ・ウリ・レンコン・ヒョウタン・リョクトウ・シソ・エゴマ・コウゾや穀物の種まきなども、始める頃だな。
「じゃあ、今日は林に行って、食べられる野草を採ってから、川で鱒を釣ろう」
「そうね、そうしましょう」
「あいでし」
「あーい」
林に入るときは怪我をしないように靴を履いて、大人は背負いかごとビクを、子供は竹で編んだ籠を持ち、竹の水筒を持ってお出かけだ。
今日は釣り竿やタモ網も持っていく。
「準備はいいか?」
「大丈夫よ」
「あい、大丈夫でし」
「だいじょー」
「じゃあいくか」
家族で食料探し兼ハイキングって感じだな。
村から雑木林に向かう途中俺はみんなに言った。
「野草に関しては俺より母さんのほうが詳しいから、母さんに教わってくれな」
「あいでし」
「あいー」
「あらあら、じゃあ、お母さん頑張るわ」
イアンパヌが子どもたちに、わらびやゼンマイ、フキなどの形を丁寧に教えていっている。
「これはよもぎ、でこっちは毒のあるトリカブト、一番わかり易い違いは匂いね。
ちょっとかいでみて」
「んー、こっちがいい匂いでし」
「いいー」
「ええ、ヨモギは独特の匂いがあるの。
トリカブトにはないからまず生えてる時に匂いを嗅げば間違えないわ。
あと葉の裏に綿毛が生えていて白っぽく見えるほうがよもぎ。
トリカブトにはないから形だけだとわからない場合は、こうやって見分けてね」
「あい、わかりあした」
「わあたー」
なるほどなあ、そうやって見分けられるんだな。
こういった毒草と野草の見分け方というのはこうやって主に家族で代々伝えられてきている。
ウパシチリの家に小さな子どもたちを集めて説明をしたりもするが、こうやって家族単位で実地で教えるほうが間違いがない、子供を事故とかで失いたくはないからな。
「これが椎茸。
こうやって落ちてる枝とかに生えてるから探すといいわよ」
「しいたけ……にがてでしゅ」
「やー」
「あら、美味しいのに残念ね」
「まあ、子供は椎茸結構嫌いだったりするぜ。
俺も苦手だった」
「あら、そうなの?
私は大丈夫だった気がするけど」
多くの茸は秋に大きくなるが春に大きくなる茸もある。
椎茸は其れで、出汁が取れる食べ物として珍重するんだが、子供は結構苦手だったりするな。
ちなみに灌漑農耕のない縄文時代には、稲や野菜の成長を阻害する雑草という概念そのものがない。
縄文時代には雑草が生えていなかった、という意味ではない、焼き畑はあるがいちいち雑草と言って抜いてしまうわけではなく、そういったものもすべて役に立つ食べ物だったりする。
実際、縄文時代には、大抵の草は、トリカブトのような毒草以外は煮ることでアク抜きをしつつ柔らかくして食用にした。
薄や葦などのように建物の屋根とか雨具に使えるものも在る。
麻は繊維から衣類を作ってるしな。
毒草は狩猟の時に矢毒として使うから、無駄なものというものは殆どないのさ。
「うし、だいぶ取れたな、そろそろ川に行くか」
「そうね、これくらいあればしばらくは大丈夫そう」
「いくでしー」
「いくー」
俺達は川に向かった。
暖かくなると虫なども動き出すので、其れを食べる魚も活発になるわけだ。
餌はミミズだ、ミミズなんてそこら辺を掘ればいくらでもいるからな。
「お前さんもやってみるか?」
俺は娘に聞いてみた。
「あいでし、あちしもやるでし」
「おし、じゃあまずはミミズを探そう」
「もみじさんでし?」
「ミミズな、こうやって掘ると」
と河原の土手を掘ればミミズが居た。
「な、いるだろ」
「あい、あちしもさがしゅでし」
娘がシャベルで土を掘るとミミズが居た。
「いたでし」
「じゃあ其れを針につけるんだ」
「あいでし」
娘が針にミミズをかけたのを確認したら次だな
「じゃあ、自分の指を間違って引っ掛けないように
針を横から持って」
「こうでしか?」
「おお、そんな感じだ、で針を川に投げ込んだら」
「なげるでし」
ぽしゃんとミミズの付いた針を川に投げ込む。
「後は糸についた葦の茎が立ち上がるまで待つ」
「まつでし」
しばらく、待つとウキが立ち上がって、沈み込んだ。
「おし、いまだ、竿を上げろ」
「あいでし」
ちょっと遅かったのか、針には何もかかってなかった。
「ありゃ遅かったか……」
「みみずさんとられたでし」
一方イアンパヌは見事に鱒を釣り上げたようだ。
「ま、最初はこんなもんだ。
またミミズを探そうぜ」
「あいでし」
息子はイアンパヌがあやしてる。
あっちはどっちかというとおとなしいから、あんまり心配はないが、もうちょっとしたら活発になるんだろうか。
俺たちはもう一度ミミズを探して再挑戦だ。
「えい」
ミミズを投げ入れてしばらくするとウキが動いた。
「きたでし」
ピシッと釣り竿を娘が立てると、今度はうまく引っかかったようだ。
「俺も手伝うぞ」
「あいでし」
俺は娘の背中からうでをまわして、一緒に釣竿を持つ。
「お、結構でかい感じだな」
「あいでし、頑張るでし」
釣れた魚を逃さないように、慎重に竿を上げて魚を岸に寄せ、タモ網ですくい上げた。
「よーし釣れたぞ」
「つれたでしー」
父娘で喜んでる間にイアンパヌは2匹めを釣り上げていた。
「うふふ、そっちも釣れたみたいね」
「ああ、そっちはすごいな」
「それほどでもないわよ」
女性が動きやすい格好が定まってくるにつれて、こういった魚釣りなどは女性も多くがやるようになった。
無論乳児の育児がある場合などは、家にずっと居たりもするわけだが、そうでなくなったときは割りと自由に活動できるようになってる。
なんだかんだで、十分な魚を釣り上げた俺達は村に帰ることにした。
「今夜は魚と山菜のごった煮ってところだな」
「ええ、楽しみね」
「たのしみでし」
「しみでしー」
みんなで手を繋いで帰ればもうすぐ日が暮れそうだな。
明日もいい日でありますように。




